──もうこんな、子供じみた恋なんて夢想はやめる。






 下駄箱で靴を履き替え、例年通り葵も寧々も下履きは置いたまま、この校舎から去る。わざと遠回りで歩き校庭を通り校門から出る。わざと遠回りをしたのには、実は意味がある。この光景を目に焼き付けておきたいと思った。この学校が教えてくれた、さまざまなものがつよく心のなかで揺らめく。忘れたくないし、忘れられるはずもない、そんな濃ゆい男鹿が来てからの二年間だった、そう思う。そこで、見慣れた後ろ姿が葵の目に映る。二人の細身の男子の姿。見慣れた黒髪と銀の髪がやわらかくそよいでいる。彼らは近くの駄菓子屋から出てからの帰り道だった。またいつものようにコロッケを買っていたのだろう。二人の後ろ姿を、知らずに追っていた。
「男鹿っすよ、姐さん」
 そんなこととうに理解している。葵は寧々の言葉を胸のなかで噛みしめながらゆっくりと歩を進める。きっとこの気持ちを言うのにはまだ自分の気持ちはどこか足りないと分かっているから、無謀なことには踏み出せないのだと感じつつ。寧々には見えないように表情を曇らせた。
「…そうね」
 男鹿と古市の姿は遠ざかっていく。いつものようにベル坊は男鹿の紙をぐいぐいとやっているのが見えた。それもまた懐かしい過去の光のように葵には映る。そう、眩しすぎたのだと思う。魔王に魅入られたはずなのに、どうしてこんなに人間らしくて、輝いているのだろう。まるで自分のほうが悪魔に憑かれているみたいに暗いな、と感じるときすらある。むろん、暗黒武闘のこともあるのだろうが。男鹿への思いについて葵は後悔しているわけではないけれど、それを前向きに捉えきれずにいた。後ろ暗い気持ちで、好きだなんて言われたのなら男鹿にとっても迷惑だろうと思ってしまうのだ。なによりも伝わらないもどかしさに我慢できなくなったのは、なによりも葵自身だ。
「姐さん!」
 寧々が葵を現実に引き戻そうとする。葵はつよい視線を取り戻し、寧々を見据える。
「いいのよ、もう」
「姐さん………」

 そこから先、言葉はなかった。分かれ道で「じゃあ、姐さん…また」と寧々が弱々しく言ったのが、高校生最後の言葉だったのはすこし気が重い感じはするものの、これでよかったのだとどこか安堵していた。気持ちがざわついてしかたがない日々ももう終わる。ある意味、この恋を諦めることは平常に戻ることと同意だという安堵感があるのだった。そう思えば重い足取りはいつしかすこしずつ、いつもどおりへと戻ってゆく。
 一人で帰る帰り道、あと数歩いけば曲がり角、その数十メートル先にはもう葵の家の門が見える。曲がった先には逆光で光る影が伸びていた。寒い時期の影の長さは、その存在感を大きく増すものだと初めて知った。
「誰っ?!」
 葵はそのシルエットに見覚えがなかったので身構えつつ、逆光から目を慣れさせようとしかめっ面で睨みつける。
「おいおい、久しぶりに会ってそれはねえだろ葵」
 目が慣れると長めでバサバサと無造作ふうにカッコつけてあるリーゼントに金に染めた不良髪。さっきふと思い浮かんだその人が、さも当たり前みたいにそこにいるから声も上げられない。どうしてふと思い出したのか。それはきっと、こうなるであろうことを葵のどこかで予見していたからなのかもしれない。そこにいる南の子連れ番長・哀場猪蔵の姿を見てその場にへたり込みそうなほど、葵は安心感を強めていた。
「どうして…? 哀場くん」
「はー、よかった、忘れられてなくて。なに気の抜けた声出してんだよ。俺だって卒業決まったんだからな」
 屈託なく笑う哀場の姿はあの夏の日のことを思い出す。彼の笑みはあの頃となにも変わらない。まっすぐな視線も。葵への気持ちもきっと。だからこそ会いに来たのだろう。
「デートしよ?」
「……相変わらずねえ、哀場くん」
 デートかどうかは別として、帰り道からは逸れることにした。哀場猪蔵のいる方向とは反対の、邦枝家からは背を向ける格好になる。それを分かって笑みを貼り付けたままついていき、すぐに葵の横に並ぼうとする。歩いてきた道を戻りながら二人はまだ明るい石矢魔の道を歩く。
「どうして急にこんなところまで?」
「実は俺、こっちで、…ってももう少し都市部の方だけどさ、こっちで就職決めたんだよ」
「ハァ?! 就職!??」
 思わず声が裏返る。こんな普通の会話を、このトンデモ男の哀場猪蔵とすることになるだなんて、誰が予想しただろうか。そしてこのパッキン金の頭の色、これで就職を決めたというのだろうか。哀場はそんな葵の様子など見慣れた様子で鼻で笑う。
「おーよ、葵に早く会いたかったのもあるけど、月初めからは仕事しなきゃなんねえし、住むとこはサッサと決めなきゃなんねえからよ。そのとき千代と一緒にくるぜ。今日は不動産回り」
 哀場猪蔵は妹のためにも、自分のためにも働かなければならない生活苦を続けてきた少年だ。彼にとってみれば就職することは高校を出る最終目的でしかない。そして、哀場の惚れた女を迎えに来るのもまた、彼のなかでは当然のことだったわけで。
「言ったじゃねえか。諦めたわけじゃねぇって。アイルビーバック、てよ。言った通り、迎えに来たんじゃねえか、葵」
 一番欲しいときに手を差し伸べてくれる、哀場猪蔵という男のことが懐かしいと思ったのは、あの夏の日の匂いがしたからかもしれない。葵は、彼のそのまっすぐに己を貫く彼の姿がとても眩しかった。伸ばされた手に手を置く前に、葵は揺れ動く心を抑えながら、逆に後ずさった。こんなふうに弱い心で揺れていいはずがない、そう己に言い聞かせながら。
「言ったじゃない。私だって、好きな人がいるもの」
「とんぬらのことか。それでも俺は、…構わねぇさ」
 哀場はそこで立ったまま待っている。そこからむりに動くわけでなく、葵が動くのを気長に待っている。今までだってそうだ。強引に好きだと彼は言ってきたけれど、無理強いしてきたことはない。どこまでも男らしく、なおかつ紳士だ。だから男鹿とは違う意味で、きっと惹かれていた。時折懐かしく、そちらに縋りたいと願うほどに。なにより、先に諦めた恋を色褪せさせるためには、もしかしたら彼は必要なのかもしれなかった。なぜなら、彼から近寄ってきてくれて、望む言葉をくれるから。ほしいと言わずに彼はいとも簡単に、葵の願いを叶えてくれる。それで心が動かないほど乙女心を捨ててなどいない。
「葵、俺は今だってお前のことが好きだ、大好きだ。心底惚れてる。前にもいったけど付き合ってくれないか」
 この哀場猪蔵という男、なんの臆面もなくよくこんなセリフを吐けるものだと、いつも驚かされる。葵のほうが照れてしまって彼の顔をまっすぐに見返せない。これだけサッパリキッパリした分かりやすい言葉、理解できない高校生はいない。ずっとほしかった言葉。きっと、もらって一番喜ばしい言葉。伝わる言葉。嬉しくても素直な感情が出せずにいる、葵を見て哀場はその場で手を伸ばした格好のまま、その手をグーパーしながらいう。
「葵がとんぬらのこと好きならそれはそれでいい。でも今はほら、俺がここにいる。こっちに来いよ」
 葵は返事をしない代わりに、うつむいたまま手を伸ばすと、すぐさま彼の大きな手に包まれた。その手は温かかった。





16.06.28



最初に迷ったんですよ、哀場猪蔵のことを書いたとき、実はクライマックスにこいつを出しちゃおうかな、ってw
だからラストを選べるという、ストーリーブックふうにしてしまったんですが、自分は葵ちゃんが可愛ければ相手は誰でもいいので両方書いてしまったのでした。

幸せになれるのはこっちだし、男鹿のことさえ諦めちゃえばそのときは苦しくても、一生幸せになる可能性が高いよなっていつも思うのがアイバーと葵ちゃんの組み合わせだったり。。
なにより葵ちゃんがずーっと受け身でいいっていうのが、べるぜらしい感じじゃない(なぜなら肉食系女子ばっかりだからw)のもあるというか、普通の恋愛ものっぽい感じはする。女子が憧れる、一方的に許されて好かれるパターンの少女マンガっぽい感じなので、ひねりようがないっていう意味ではあんまり面白い展開にはならないかも。
壁ドンさせてもいいかなとも思ったんだけど、そこまでベタにしたって「だから何?」になっちゃうのでやめた次第。そもそも壁ドンも股ドンも僕は大嫌いだからね。。


それでも、「諦める」「諦めない」っていうありがちな枝分かれで、どっちに転んでもちゃんと幸せになれるんだよっていうのはある意味癒しというか、そういう含みもありの上で選べるようにしてみました。
こっちでは古市と寧々が寄り添う姿もないんですが、これからの生活が落ち着けば告白っていう流れになるのは、なんだか微笑ましい感じもします。


なにはともあれ、あれ以上原作が終わってなければなにかとアイバーは食い込んできただろうな、と思わせるキャラです。記憶から消えてないよ!ww


で、今回悩んだのが、「選択式にすんのはいいけど、ページとかどうしよう?!」ってことだったんですね。
短い話なので、話としては、内容もないし書けたものの、別ページ作るか!みたいな感じにしました。色を変えなきゃ分かりませんからね、パッと見については。
今までにないタイプの(同人では見ないなぁって話ですよ念のため)ものになったんじゃないかと思います。ただ今って地雷地雷ってもうそんなに手も足もないのかい?ってほど二次創作の人らって面倒な方も多い(失礼)のでこういう試みって嫌がられるんだろうなぁきっと。あんまりうるさくない人がこのサイト見てくださってると、信じて……(あくまで、どうなるかは読んでれば分かるような作りにはしてますけどね、あえて。いちいち苦情受け付けてらんないし。金取ってるわけじゃないだけにね、、)


悪くないほうの意見と、苦手ってレベルでの意見がくればいいなぁ。
私を傷つけない程度の意見お待ちしてます(笑)




2016/06/28 18:24