学校を出ると、濡れた匂いが鼻についた。
 朝家を出るとき、天気予報では雨などと言っていなかった。私は置き傘が嫌いだから(気づいたらなくなっていたりして、疑心暗鬼になるから)、当然傘は持っていない。
 いつもならば友達の傘に入れてもらうか駅まで走ってしまうかするが、今日は不幸なことにいつも一緒に帰っている友達はデート(!)だし、今日友達にもらった漫画たちは紙袋入りだ。「通り雨だよ」という担任の言葉を信じて、ここで待つしかないらしい。
「もう、ついてないなあ」
 ――そうぼやく声が、重なった。
 振り返って、悲鳴を上げかけた。真後ろにいたのは、私の好きな人だったのだ。
「あれ? 誰かと思えば、上原じゃん」
 心臓が跳ねた。まともに話すのなどこれが初めてなのに、彼は私の名前を知ってくれていた。それだけのことが、とてつもなく嬉しい。
「上原も足止め喰らってんの?」
「う、うん……」
 どうしよう、顔が見られない。
「やばいよなあ、この雨。俺走ってこうかな……」
「あ、ええと、先生、通り雨だって言ってた、よ……?」
「まじ? 俺HR若干寝てたから聞いてなかったんだわ。さんきゅ、じゃあ待ってみる」
 ふと恐ろしくなった。これでもし雨がやまなかったら、私は無駄に彼の時間を潰したことになってしまう。
「あの、でも、やっぱり、なんか、その……やみそうにないし、友達の傘とか、入れてもらったほうがいいかも」
「でも上原は待つんだろ?」
「え……うん」
「じゃあ俺も待つよ。上原を信じる」
 ――ああ、だからその笑顔がプレッシャーだというのに!
 ばくばくうるさい左胸を押さえ、意味もなく空を見上げる。なにしろ会話がないため、間が持たない。携帯をいじるのもなんだか感じが悪い。
 永遠にも思えた沈黙を、あ、と漏らして彼が破る。振り向くと、申し訳なさそうな彼の顔。
「やばい、俺折りたたみ持ってた……」
 鞄から出てくる紺色の折りたたみ傘。
 彼が眉を下げて笑った。
「……どうする?」
 ――神様、あんた性格悪い!
 内心で神様を罵る私への罰のように、雨音はますます激しくなって、私を追い詰めるのだった。


おまけ

「悪いな、狭くて」
「いや、あの、こちらこそ、ごめん。肩出ちゃってる」
「上原こそローファー濡れてる。俺が無駄に背あるからだよな、ごめん」
「あ、じゃあ、私が傘持てば、」
「背、足りるの?」
「……足りません」
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