散々に時間をかけて整えた髪が、満員電車のせいで乱れた。
「すいません、降ります! 降りますー!」
奥の方に押し込まれてしまっていた私は、必死に声を上げて電車を降りる。それでもまだ背後からは走るような勢いの人たちが電車から這い出てきていた。
始発であるこの駅では、みんながみんな、とにかく椅子に座りたがって、走るのだ。大人も学生も、人を押しのけるようにして。
だから、そんなピリピリした空気の中、ぼやっとホームに突っ立つ私のことは、変なものでも見るようにしてくる。
たった、二分間。
戦場の始発駅で、二分間だけ、私は好きな人に会える。
始発電車の車掌だった。車庫から出てくる電車に乗り込むため、私たち戦士の少し横で退屈そうに待っているのだ。
最初の電車が滑り込んできて、この始発電車に乗り換えるまでの二分間だけ、私はその人に会える。
一週間に一度の木曜日。それが今日。
到底座れそうもないような遅さで電車待ちの列に並びながら、横目でそっと彼を伺う。
私の好きな彼は、おじさんなんかじゃなくて、車掌さんには珍しい若い人だった。少しぱさついた髪と、きゅっと細められた目。盗み見とはわかっていても、つい見てしまう。
そんな私を戒めるように、電車がホームに滑り込んできた。風が巻き上がり、緩めたシャツの襟に尖った風が入り込んでくる。
車掌室と車両。私と彼が別々の場所に乗り込む。
車掌室近くに立って息をつく。これだけのことが、私の恋なのだ。あまりに馬鹿馬鹿しくて自分でも笑えてくる。
だがそのとき、車掌室のガラス越しに彼が見えた。どきりとする私。
そして彼は、微笑んだ。
私を見て、私に向かって。
その場で叫びだしそうになってしまう。これは一体どういうことなのか。
私にだけ? それとも目が合う人すべてに?
振り回されているとわかっていても、爆発寸前の頭ではそれを咎められない。ああ、ほんとうに――、
「電車って、やだなあ……」
車掌室の扉にぺったりと頬をつけてぼやく。独り言に、奇異の目が向く。
そんな私の痛々しさなど関係なしに、電車は走っていく。
私と彼を乗せて、走っていく。