4『藤宮月乃』


 4月6日

 かれこれ一時間、藤宮月乃は自分の家の玄関に突っ立ったままでいる。
 そんな月乃を悲しそうに見つめるのは、その母親。馬鹿な兄貴に、この月乃ありだ。嘆きたくなる気持ちもわからなくはない。
 そんな親不孝者な月乃は、一時間前からはずっと玄関扉の覗き穴に張り付いている。常に片目を閉じてるせいで、いい加減顔の筋肉はおかしくなりそうだった。
 それでも月乃は、その時を待つ。愛のために恋のために春のために自分のために、顔面を犠牲にして待ち焦がれる。高校二年生となる今日を、最高のスタートで迎えるために。
 小さな覗き穴の向こう側に、運命がついに姿を見せる。すぐさま扉を開けて、家を飛び出し――たいとこを、平静を装ってゆっくりと出た。
 月乃の家のちょうど隣、アパートの駐輪場。そこから自転車を引き出している彼。パーカにデニムなんてラフな格好だが、月乃の目にはなにより輝いてみえた。
 そう、彼こそが、月乃の愛する人。
 名前は榊原ひなた。所謂幼なじみのお向かいさんというやつだ。
 ひなたは月乃に気付くと、ほんの少し笑った。ひなたはあんまり満開の笑顔を見せない。いつも落ち着いてて大人びてて、でもふいに子供ぽくなる可愛さもある。どんなひなただって、ひなたがひなたである限り月乃は大好きだが。
 駐輪場の門を閉め、自転車を引きながら月乃の方に近づいてくるひなた。
「はよ。今日も早いな、月乃」
 うん、と思い切り頷いてしまいたいところをぐっと我慢し、いつも通り、大人っぽく微笑んで、少し目を逸らす。
「当たり前よ。生徒の見本となる生徒会役員だもの。早めに行かないと」
「だな。偉い偉い」
 綻ぶような笑い方をして、月乃の頭を撫でるひなた。その手つきが妹に対するようなものとわかっていても、ときめく心臓を抑えきれない。
「ご褒美に、今日も後ろ乗っけてってやろう」
「そう? ありがと」
 何気なさを装う月乃の頬の赤さに、ひなたは気付いているのだろうか。
 月乃はいつも通りひなたの後ろに乗って、服の裾を少しだけ掴む。
 ちなみにだが、生徒会所属というのは嘘だ。こうして時間を合わせるための口実。
 そんな月乃のことを、ひなたはとっくに好きなはずだ――と、月乃は想う。好きだとか付き合おうだとかを言葉にしたことはないが、とっくに二人の心は通じ合っている、と。
 月乃が、こんなにもひなたを好きなのだから。
 約束が欲しくないわけではない。だが、そんな形式上のことしなくたとも、とっくに愛し合っていることを知っているから、月乃はそれを強要しない。
 藤宮月乃は、今日も一方的にどこまでも幸せだった。

 かなり早めに教室へ着いてしまうのは、もう日課というべきだった。一人本を読みながら、ふと、配布されたクラス分けのプリントを見直す。
 愛するひなたと一文字違いの、その男。
 榊原ひなせとは、もう一年もまともに口を利いてなかった。原因はひなせが家を出たことによる。あのことを知っている月乃は、どうしてもそれが許せなかった。
 ひなたではないことで埋まり始めた脳を総ざらいするように、イヤホンを耳に突っ込んで本の世界に没頭する。そこから抜け出したのは、友人である岡倉泉が話しかけてきたときだった。
「つーきの。おはよ」
 女子の群れというものが苦手で、誰ともグループを組まない月乃は、同級生の中では少し浮いている。その自覚はあった。だが泉はそんなことを気にもせず、いつも笑顔で月乃に話しかけてきてくれていた。おそらく、同学年では一番仲が良い相手だろう。
 泉の性別のことは知っていたが、そんなことは些事だった。それに、普通の女子よりよっぽど可愛らしく、よっぽど話しやすい。
「おはよう、泉」
「今日もひなたと来たの?」
 月乃の想い人を知っている泉は、笑顔のまま訊ねる。頷いた月乃に、泉は「ほんとに好きだね、ひなたのこと」と苦笑を浮かべた。
「当たり前よ。男はひなたとその血を引いた子供やひなせを中心に続いていく家系以外すべて滅びればいいとさえ思ってるわ。そうすれば全員私とひなたの血族になって、私は胸を張って人類すべてを愛していると言えるのに」
「えー。じゃあ、ひなせはどう? ひなせ、めちゃくちゃ近い血族じゃん」
 どこか期待するような表情の泉に、月乃の眉間が寄った。
 意識的に月乃を避けている、あの男。自分のことを棚に上げ、月乃はそう思う。
「あ、っと……ごめん、かも」
 不穏な空気を感じ取ってか、泉が一歩引く。するとそこに、銀髪の有村朋が姿を見せた。泉の頭部に腕を乗せる。
「つかさ、お前の想いが一方通行だとは考えねえの?」
 失礼極まりない。ひなたの親類でもない男の相手は、月乃が嫌うことの一つだ。
「あり得ないわ。寝言は寝てから土の下で言ってちょうだい。私とひなたはいつだって相思相愛、前世から繋がっているのよ。だってね、今日だってひなたったら、私をここまで送ってくれたあと急いで仕事に行ったのよ。きっと恥ずかしくて私の顔をずっと見ていられなかったのね。顔も真っ赤だったし」
「や、遅刻しそうだっただけだろ。顔が赤いのはきっと息が上がってただけだ」
「遅刻しかけてまで私と一緒の時間を過ごしたかったのね、ひなたってば。結婚したらそんなことも言ってられないっていうのに……ああ、そういうシャイでピュアなところも愛しているけど。例えひなたが道を踏み外して有村のような羞恥心の欠片もない存在になりはてたたとしても、ひなたがひなたという存在である以上、私は愛する自信あるけど。私が藤宮月乃でひなたが榊原ひなせであるというだけでも、運命というのは成り立つの」
 饒舌に喋り倒す月乃に、朋が舌打ちをした。
「お前って、ほんっと、人の気持ちがわからん奴だよな」
「……びっくり」
「なんだよ」
「山猿の有村なんかにまともなことを言われるなんて。苛立ちを通り越してびっくりだわ」
「お前なあ!」
「こら朋、あんたが月乃に口喧嘩で勝てるわけないでしょ。大人しく諦めようねー。月乃の迷惑だからねー」
 園児に接するような口調で、泉が朋を宥めにかかる。
「ほら山猿、あんたのせいで泉に迷惑かかってるじゃない。だから男は嫌いなのよ」
「こいつも男だろうが! 同じように接しろよ!」
「はぁ!? どこからどう見ても女の子よ! 見た目も心も女の子ならそれは女の子なのよ、神様がちょっとつけるもん間違えただけじゃない。男だって言うなら訊きたいところね、あんた泉を男子トイレに放り込めるの!? そんなことした日には男子みんなが狼よ、ああ汚らしい汚らわしい! だからひなた以外の男は嫌いなのよ山猿のあんたを筆頭にね! 反論出来るもんならしていいわよ、聞くだけ聞いてあげるわさあどうぞ!」
 月乃に圧倒され、朋が黙り込んだ。
「はい論破! さっさと自席戻りなさい、この野獣!」
 終いには朋の足をきつく踏みにじる。
 そこまでするか藤宮月乃、とクラス中が朋の暴発を恐れるも、
「……藤宮に口では勝てねえ……」
「だから無理って言ったのに。朋も馬鹿だね」
 案外朋は素直な性格なので、すごすご退散していった。そのままひなせを誘い、教室を出て行くのが見えたが、それは月乃の知ったことではない。
 心底、どうでもいいのだ。
 弟であるひなせのことは死ぬほど嫌いだが、ひなたのことは死ぬほど愛している。
 それだけが今の月乃をつくるすべてであり、今までもこれからも、ずっと続いていくはずの運命だ。月乃の愛は歪まない。
 恋愛に、兄弟は関係ない。

始業式が終わると、教室は一気に騒がしくなった。
 月乃一緒に教室へ戻ってきた泉は、真っ先に朋の説教へ向かった。始業式に遅れて参加してきたバカップルは、すでに二人だけの世界。
 ひなたのいない喧噪だけの世界から逃げだそうと校庭のほうへ目をやる。イヤホンも嵌めてやろうかと思っていたところで、生徒会長の矢坂依子が姿を見せた。
「遅れて申し訳ありません。着席してくれますか?」
「おら、静かにしろー。さっさとやることだけやって帰りたいだろ、お互い」
 依子と連れだって教室に入ってきた担任の吉野理は、教卓に日誌を置くと、もう自分の役割は終わりだとばかりに教壇の中心を依子に譲った。
「矢坂」
「はい、先生」
「あとは全部お前に任せた」
「もちろんです」
 すべてを丸投げにした吉野を咎めることなく、どこか上機嫌そうに笑う依子。変な女だ。
 好きでもない相手に雑用押しつけられて喜ぶなんて人間がいるとは思わなかった。
「今日から一年間、C組を担任してくださる吉野理先生です。先生に迷惑がかからないよう、協力してクラスを作り上げていきましょうね」
 偽善にも似た単語を並べて、そこに作られた笑顔を添える依子。
「おー、お前らよく聞けー。基本的に俺はなんもしないから、なにかあったら矢坂に言うように。特に女子。他の先生に嫉妬されて俺がセクハラ教師って言われないためにも」
 どこまでが冗談かわからない吉野の言葉に、女子らが軽く笑う。
「彼女にでも嫉妬されんのー?」
「馬鹿言ってっと全員美術1にすっぞー」
 あたし選択美術じゃないもーん、という女子の声。依子はちらりと吉野を見るも、
「ということで、女子はもちろん男子も、なにかあれば遠慮なく私にどうぞ。私から先生にお伝えしますから」
 すぐに完璧に無完全な笑顔を浮かべて、吉野の怠慢をカバーする。なんだか言葉の端々に捉えようのない違和感は感じるものの、その正体はわからなかった。
「じゃあ矢坂、あと出席取ってそのプリントに書いてある通り進行すればいいから。矢坂ならやれるだろ?」
「はい。先生はゆっくりしていてください」
「さんきゅ。そんじゃお前ら、矢坂の言うことよく聞いとけよ」
 吉野は教壇から捌けると、あろうことか煙草とライターを取り出した。ただの手癖であったのか、さすがに火を点ける前に我に返ってしまい直したが。
「ええと、今日の欠席は江川さん、佐原くん、時雨さんと……あ、あと保健室に橘さんが貧血で運ばれましたよね。他には……」
 依子は一通り教室を見回す。するとその途中、ある一点で目を止めた。その視線の先を追ってみると、遅刻をしたバカップル二人が小さく笑い合っている光景。
「いませんね。じゃあ、先に進めさせてもらいます」
 すぐに視線を引きはがして、依子は笑顔で真実を隠蔽した。
 本来は教師が伝達すべき事項が書かれたプリントを依子はつらつらと読み上げ、明日からのことを一定のトーンで伝えていく。見れば泉と朋は二人して机の下で携帯を弄ってお互いにメールをしているし、動物系バカップルはさりげなく手にiPodを持ち、一つのイヤホンを共有し合っていた。
 そして、ひなせ。
 あくまで偶然、視界にひなせが入ってきてしまう。
 すぐさま逸らしたが、今年一年、ずっとこんなことが続くのかと思うとうんざりした。

 2年前 10月24日

 一度だけ、ひなたとデートをしたことがある。
 男友達のプレゼントを買いたいと嘯いて、ショッピングセンターまで付き合ってもらったのだ。その頃すでにひなたは働き始めていて、その日きっと、ようやく取れた休みだったのだ。
 それを、月乃が無理やり連れ出した。
『どういう系欲しいの?』
 それなのにひなたは、嫌な顔一つせず月乃の誘いを受けてくれた。三日間かけて決めた服を、可愛いとも褒めてくれた。
『なにも考えてないけど』
『マジかよ。アクセサリーとかは?』
『じゃあ、それでいいわ』
 プレゼントなんてあげる予定はない。ひなたと歩けるだけでよかったのだ。
 それなのに、欲が出た。
『アクセっつーと、ネックレス、リング、ピアス……中学生じゃまだピアス開いてないか』
『……指輪がいい』
『指輪? そいつ、指輪好きなの?』
『約束みたいで、好き』
『じゃあ指輪にすっか』
 結局、選んだのはごついシルバーリングだった。もちろん男物。財布を忘れたと言って、その場ではひなたに払ってもらった。すぐに返しはしたが。
 初めて、ひなたに買ってもらった指輪だった。
 今でもひなたの前以外では常につけている。それがどれだけ大切なのか、その指輪一つにどれだけ縋っているか。月乃のそんな気持ちが、ひなたにはわかるまい。

 4月10日

 ここ数日、ひなせの様子がおかしいことに気付いてはいた。
 朋や泉と話していても、時たま上の空になるし、バイトがない日の放課後は、朋たちと教室で駄弁っていたりしたのに、授業が終わるなりさっさと帰る。
 それに、あれだけ意識していた月乃を、眼中にも入れなくなった。
 他のなにかが、ひなせを支配し始めている。
 出会ってから今まで、ひなせを支配するものといったら月乃でしかなかったのだ。それなのに、今になって他のなにかが。
 そんなことを登校中、ひなたに話した。
 ひなたはただ笑って、ふうん、すごいね、と返した。
 なにがすごいのかは、はぐらかされた。

 4月11日

 どうして榊原ひなたが好きなのか、と訊かれると、月乃は答えられない。
 いつからだったか、と訊かれても。
 小学校から一緒で、最初に仲良くなったのは、ひなたでなくひなせだった。同学年だったし、あまり優等生すぎないところも気に入っていた。
 ひなせを通じてひなたに出会って、いつからか、ひなたの優しさに埋まるようになった。
 心地よかった。大人びていると言われる月乃を、子供のように扱ってくれる優しさが。遊んでいる時、お腹がすいたといえば躊躇いもなくお菓子を買ってくれる優しさが。ひなせと喧嘩をしたと言った時、優しく笑って慰めてくれる優しさが。
 ひなたはいつでも、月乃に優しかった。
 そうしてあの日にあんなことがあって――初めて自分がひなたを守れるという嬉しさに、ますますひなたを好きになった。ひなたを救えるのは、月乃だけだと思っていた。
 ひなたには、月乃しかいない。
 そう、思っていたのだ。
 なのにいま、月乃の目の前で、ひなたが知らない女と歩いていた。
 土木関係の仕事をしているひなたは、薄汚れた作業着を着ている。似合わないと思った。カジュアルでラフな格好の似合うひなたに、そんな格好は似合わない。
 それに、隣を歩く女も。
 ショートカットにした茶髪も、Tシャツの上に羽織ったグレーのパーカも、膝丈の白いシフォンスカートも、ハイカットのスニーカーも、小さな身長も、可愛らしい笑顔も、すべては月乃と正反対で、月乃ではなくて、全然、ひなたには似合わなかった。
「ひなた」
 呼んだ声は、小さく掠れていた。二人は月乃に気付かない。
「ひなた!」
 定食屋に入ろうとしていた二人が振り向く。てっきり驚くかと思っていたひなたは、月乃を見て小さく微笑んだ。
「うす、月乃」
「ひなた。これが例の月乃ちゃん?」
「おお。挨拶しとけ」
 ショートカットの女がにっこり微笑む。
「秋(あき)野(の)砂(さ)耶(や)です。ええと、藤宮月乃ちゃんだよね。ひなたからよく聞いてるよ」
 どうして、馴れ馴れしくひなたを呼び捨てるのか。どうして、ひなたが月乃のことを砂耶に話すのか。どうして、一緒に歩いていたのか。
 醒めないで。壊れないで。思い知らせないで。
「月乃。これ、俺の彼女。高校ん時の同級生。今こいつは大学生」
 大きすぎる指輪が、月乃の指から転がり落ちた。
 ドブに落ちた指輪が、あのときのものだったと、ひなたは気付いただろうか。
「うわ、月乃ちゃん、いま、指輪! 私拾ってあげる!」
 動けない月乃に代わって、砂耶が溝に近寄る。躊躇なく、白いスカートで地べたに膝をついた。「無理だって」とひなたに声をかけられても、腕をドブに突っ込んでいる。
 いい人だった。初対面の月乃のために、スカートを汚せる人だった。
「ほら砂耶、やめろって」
 ひなたはそんな砂耶の腕を取り、半ば強引に立たせる。だが砂耶はまるで我が事のようにドブを見つめたままだ。
「でも、大切な指輪だったら……」
「月乃、今の、そんな大切な奴だったか?」
 醒めてしまった。壊れてしまった。思い知らされてしまった。
 恋愛ごっこが、終わってしまった。
「ううん、全然。どうでもいいやつだから気にしないで」
 子供でいられる時期は、もう終わったのだ。自分勝手にひなたを好いて、自己中心的にひなたを振り回せる時期は、もう、終わっていたのに。
 気付きたくなかっただけだ。
 あのときのことがあるから、ひなたは月乃に優しくしてくれていただけ――なんて、事実には。
 知っていたのだ。ひなたは月乃を好きでないことなんて、とっくに。恩人に義理を返すように、妹の世話を焼くように、優しくしてくれていただけだ。
「砂耶。悪い、先入って席取っといて」
「はーい。カウンターでもいいよね」
「おう」
 大人な砂耶は、事情を訊いたりなんかしない。月乃にそっと微笑みかけて、店へ入っていく。
 ひなたはいつものように月乃の頭を撫でた。少し乱暴で、でも、温かい手つき。
「嘘、ついてたな、お前。あの指輪、プレゼントなんかじゃなかったじゃねえか」
 気付かれていた。気付いていて、砂耶の前では黙ってくれていた。優しかった。
「あんな男物、無理して嵌めやがって。似合ってねえよ」
 今喋れば、きっと、泣いてしまう。
「昔からお前は素直じゃないよな。好きなものを好きって言えない、欲しいものを欲しいって言えない、泣きたいときに泣けない」
 格好つけていたかった。大人なひなたに、肩を並べて歩きたかった。子供のように駄々を捏ねるのは、格好悪かった。
「でもひなせの前だと、そういうの全部言えてただろ、お前。言うこと聞いてくれないあんたなんか嫌い、ひなせなんかもう知らない、どっか行け、死ね、って。そういうふうにいれるのが、一番、いいんじゃないか」
「わ……私、は」
 涙がこぼれた。もう、止まらない。
「うん」
「ひ、ひなたが、好きで」
「うん」
 自分とひなたを置いて、一人でどこかへ行ってしまった。ひなたの話を、苦笑いで聞いてくれなくなってしまった。
「ひなせ、なんか」
 月乃のそばに、いてくれなかった。
「ひなせには」
 それが、寂しかった。
「ただ、一緒にいてほしかった……!」
 大嫌いだ。
 本当に。
 なにもわかっていない。恋に恋する馬鹿な月乃を、そばで笑って見ていてくれれば、それでよかったのに。どうして、一人で、どこかへ行ってしまうのだろう。
「行かないでって、言えなかったっ……ひなたのせいにして、幸(みゆき)のせいにして、全部、人のせいにして……私が寂しいから、行かないで、って、言えば、よかった……っ」
「うん」
 こんなに泣くのは、何年ぶりだろう。大嫌いなひなせのために、どうしてこんなに泣いているのか。考えないようにしていた自分には、もうわからない。
 ずっと、ひなたのことを考えていた、自分には。
「ひなたが、好きなの、本当に、ずっとっ……」
 ひなたを言い訳に、ひなせのことを考えていた、自分には。
「好きだったの……!」
 だから、勘違いな想いは過去に押しやるのだ。
 ひなたくんすき、おれもすきだよつきのちゃん。そんな時期は、とうに過ぎた。
 思い通りにいかなくても、泣き喚くはめになっても、優しくなくても。それでも、月乃が本当に好きなのは、ひなせだった。
「俺も好きだよ。大切な妹みたいに思ってる。だから幸せになってほしい。俺なんかじゃなくて、月乃が本当に好きな奴と、ちゃんと」
 過去の恋は、いつ始まって、いつ終わったのか。
 今の恋は、いつ始まって、
 ――今も、続いている。
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