序章


 私立某高等学校、中庭。
「改まって、なに?」
 桜吹雪の向こうに立つ少女が、俺を真っ直ぐに見つめている。
 小柄な身体と儚げな美貌から、中学の頃は数え切れないほどの人数から告白を受け、それをひたすら断り続けてきた少女。正しく着た制服と二つに結った黒髪が優等生然としていた。
 そんな彼女に、俺は今日、告白する。
「無花果(いちじく)鈴(す)珠(ず)。お前のことが好きだ」
 風が流れる。俺はその勢いを殺さず、続けた。
「だから、結婚してほしい」
「順序ってもんを知らないの?」
 長年蓄え続けていた想いは、最もな意見で一蹴された。だがこの毒舌家なところも含めて、俺は鈴珠という少女のことが好きなのだ。だから、めげない。
「この高校に受かったら、お前に告白しようって決めてたんだ」
「別に理由なんか訊いてないんだけど」
「晴れて俺もお前も受かった。だから結婚してくれ」
「訊いてないってば。それに『だから』の意味が全然わかんない」
 鈴珠は退屈そうな表情のまま、溜息をつく。
 そして正直に、残酷に、返事を寄越した。
「わたしは好きじゃないから。ていうか、きもい。あとうざい」
「な、……ちょ、待った!」
 用は終わったとばかりに踵を返す鈴珠。慌ててその後ろ姿に手を伸ばすが、その手はまるで汚物のようにはね除けられ、代わりに向けられたのは、侮蔑の視線。
「人の嫌がることはやめましょう――って、さっきの入学式でも言ってたでしょ。ルールよ、ルール。亜麻にモラルなんて期待してないけど、その代わり、ルールくらいは守って」
 そう言って、今度こそ本当に去ってしまう。俺と同じシャンプーの匂いが漂った。
 俺はすぐさま周囲を見渡す。さすがに入学初日から振られたところを目撃されたくはない。人気がないことを確認して、とりあえずはとその場を立ち去ろうとした。
 だが、そのとき。
「それで、いいのか?」
 遥か高みから、迫力に満ちた、いっそ高圧的なまでの声が響いた。
 誰もいないはずだったのに。
 声のもとへと目を向ける。
 そりゃあ、見つけられるはずもなかった。真上だ。俺の真上に、その人はいたのだ。桜の木の枝に跨って、俺を見下ろして――見下して、いた。
 右は短く左は長いというアシンメトリーな前髪が印象的なロングヘアは、光によって金にも銀にも変わる、不思議な色のアッシュグレー。黄色人種には無茶な色の髪からして、カラーリングをしているのは一目瞭然だ。なのに風に靡くその姿からは傷みがまったく見受けられない。
 着ているパーカは、目が痛くなるほどのビビッドカラー。それにボーダーのニーハイソックスを合わせ、規定の制服成分は下に穿いたチェックスカートのみ。
 その人の存在は、あまりに、サイケデリック。
 圧倒的なのは、何も色合いに限った話ではない。これほど奇抜な格好をしているにも関わらず、彼女は、美しいのだ。原色ファッションが似合ってしまうくらい、とてつもなく。
 さらさらの髪、透明の肌、豊かな双丘、それから、意志の強そうな瞳。
「ルールに自分を支配されたままで、いいのか?」
 神様お手製のような美しさの少女の、ハスキーで艶のある声が楽しげに弾む。
「お前の想いはそんなもんだったのか?」
「……違う」
「なら、戦え。戦って掴み取れ。ルールを変えろ」
 枝を鉄棒か何かのように掴み、ぐるりと一回転、俺の目の前に降りてくる。逃げようもない美貌を突きつけられ、つい一歩引いてしまった。その分一歩詰め寄ってくる。
「一番(いちば)合戦(かせ)鼎(かなえ)、二年」
「え、……ああ。出雲郷(あだかえ)亜麻(あま)。新入生、っす」
「そうか、出雲郷か」
 にっと口端をつり上げる。この人は、自分を一番美しく魅せる笑顔を知っていた。
「出雲郷、ルールを変えたくば生徒会に入れ。会長は私だ。生徒会に入れば理不尽なルールを幾らでも変えられるぞ。私を見ろ、校則違反の塊だろ!」
 自覚はあったのか。
「ルールを正せ! ルールは守るものでも破るものでもない、正すものだ! 縛られるな、出雲郷亜麻! ルールを作ってみせろ、出雲郷亜麻! お前の願いはなんだ!」
 びりびりと響く。一番合戦先輩の声が、迫力が、衝撃が。
 グレーの髪、ビビッドなパーカ。パステルな桜は、一番合戦先輩で眩み消える。
「俺の、願い……」
 俺が自分の手で掴みたいものは。ルールを壊してまで、叶えたい想いは。
 鈴珠。
 ずっと、好きだったのだ。それこそ、生まれる前から、ずっと。
 この五十公野高校を志したのは、鈴珠がここに入学すると知ったからだ。その頃の俺の学力では敵わなかったここに入学できたのは、鈴珠の力――鈴珠のおかげと言ってしまってもいい。
 それくらい、鈴珠のことが、好きだ。
 だから俺は、鈴珠と――否。
「妹と、結婚したい!」
 ――春、四月。晴天。私立五十公野高校、中庭。入学初日。
 今思えば、一番合戦先輩の呆然とした顔を見たのは、後にも先にもこれが初めてだった。

「……ええ、と……なんだ、そうだな、あー……もういいや、よろしくな出雲郷!」
「ええ、よろしくお願いします! 妹との結婚を認めてもらうために頑張りますよ俺!」

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