私とあのひとの出逢いは、決して喜ばれるものではありませんでした。
 私はその頃、流されるがままにほかのひとのそばに居座っていて、きっと出逢いや過程を記したならそのひとのほうがよっぽどに祝福される恋でしたが、私にはいつも罪悪感がありました。友愛と恋愛をしっかりと区別出来ないのは私の悪癖で、そのひとに抱く感情がきっと友愛であるということに薄々と気付きながら、ひとりになりたくない一心で恋をしているふりをしていました。相手の幼さと素直さに身を委ねているのは、あまりに楽で、手放してはいけないように思えたのです。
 自分の「最低」をいっそ面白く思いながら私はふらふらとからだで遊び続け、それでもそのひとは愛想を尽かさず、そのうちそうしてそのひとを苦しめることが楽しくすらなってきた頃に、私はあのひとを見つけました。
 あのひとの名前を、仮に「惣」としましょう。
 私は一目で惣を気に入り、その日から惣のもとへ訪れるようになりました。猫のように気紛れに顔を見せる惣のことを、私はとても好きでした。でもそれは運命の出逢いだなんて綺麗なものではなくて、惣が私の好みであって、私と同じような「最低」の匂いを私が嗅ぎ取ったからに過ぎません。
 独占欲と我儘の塊である私が、惣が欲しいと思うまでにさして時間はかかりませんでした。
 単に気紛れなだけかと思った惣はどうやら忙しいひとであることがわかった私は、家へ訪れていいかと尋ねました。惣はまるでこれまでの私のように「別にいいよ」と笑ってみせ、私はその夜すぐに、惣のもとへ行きました。
 外にいる時となんら変わらず、私が笑いながら惣に「好き」と言うばかりの時間が過ぎ、そのうち惣は寝てしまって、私はそっと家に帰りました。
 次の日惣からの連絡を待ちわびてみるも、なかなか来ず、夜になってようやく来たときには思わず「遅い」と垂れた私に、惣は「お前に私の時間をすべて捧げなきゃならないの」となんでもなさそうに言いました。
 私はすぐさま惣から逃げだし、一度別れを告げたはずの恋人のところへ帰りました。そのひとはまだまだ私を想ってくれていましたので、そこでようやく安穏を得たのです。今思っても私の行動は気持ちが悪いし、でも、今思っても、私はやっぱりそのひとのところへ逃げ戻るんだろうということでした。私はひとりを恐れる寂しい女でありました。
 ですがその後も惣と途切れることはなく、ぽつりぽつりと話していたのですが、私が惣の無感情に怯えて逃げるたび、「クソガキ」と惣が呟きました。そのことを糧に何度も何度も惣と会うことを繰り返し、そのうちに私は恋人よりもよっぽど惣を想っていました。
 私はわざと恋人の名前を何度も持ち出し、最初は「ふうん」と答えていた惣が、段々と「可哀想だね」と私の恋人を下に見始めた頃、私は胸の内を打ち明けました。もとより好きだ好きだと言っていた私ですから、「惣と恋人になりたい」と言うのにさした勇気もいらず、惣もわかっていたように頷くだけでした。
 元からそうであったように私は惣をなにより優先しだし、惣はその頃ただ単に優越しかなかったのかもしれませんが、ともかく、私のその行動を喜んでくれました。
 狙ったわけでもありませんでしたが、私が恋人に別れを切り出したのは奇しくも四月一日のエイプリルフールの日でありました。
 それでもそのひとは私がイベントに便乗することが嫌いだと知っていましたから、冗談だろうと笑って弾くことなどせず、泣くこともなく、そっと話を聞くだけでした。「だってお前はあいつが好きなんだろ」とそのひとが言って、私はなんだかほっとしたのです。惣はそのひとの見えるところで私にくっつくことをしていました。
 なんの感慨も感動もなく終わったそれを惣に伝えると、彼女はやはり嘲るように笑っただけでした。
 とにかく、まず最初に、私たちはセックスをしました。受け身であることを嫌がった双方でしたから、なかなかに体を重ねられずいて、結局は私が折れることで私たちは最初を迎えました。ですが私は、その時のことをあまりよくは覚えていないのです。その時だけでなく、惣との情事はそこまではっきりと記憶してはいません。日常の中の当たり前として溶け込んだ、当たり前の行為であったのだと解釈したい次第です。
 付き合ってよくわかったのは、惣がとてもとても忙しい人間だということです。朝から夜まで働き、疲れ切って帰ってきて、私を置いて寝てしまいます。当時私はそのことが寂しくて虚しくて仕方がなく、そのことで何度も惣を困らせ、別れを選択肢に含みました。
 毎回喧嘩の原因はこのことでしかなく、つまりは、私の幼稚さが原因でした。
 彼女を傷つけることに私は快楽を得ていたのです。それは今も昔も変わらず、私の発言で、私の行動で傷ついてくれる確かな情になにより「愛」を覚えていました。言葉などははなから信用しておりませんから、私が信じるのは嫉妬、悲壮、束縛なんていうマイナスの感情。それを与えられてはじめて愛を感じられるのです。
 やがて三度目の大喧嘩をした時、惣は私に疲れ切って、ひとりになりたがりました。そこで私はやっと目が醒めて、「ごめんなさい、置いていかないで」というようなことを繰り返し繰り返し言いました。
 そして私たちは今後どれだけ喧嘩をしても、本当に離れて最後となるその時以外、感情に任せた別れの言葉は吐かないことを約束しました。五月中旬、その約束はまだ守られています。
 私たちは外部との接触を減らし始めました。傷つけることは好きでしたが嫌がることを続けるのは私の趣味でありませんでしたので、惣が嫌がったらそのたびに接触手段を断ちました。やがてずっと昔に好きであったひととの終わりを自ら招くため、メールアドレスを変え、惣へ誠実を誓いました。
 私は惣が望めばいくらでも過去のことを話しました。ですが実際のところ私は私自身を惣にすべて把握されたくて、自ら己の過去すべてを惣に委ねたのです。もちろん私も惣のことを聞きましたが、惣はあまり自分のことを話そうとしないところがありましたので、それを実感した時ふと私は悲しくなることもありました。
  
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