私の人生は灰色から薔薇色になった。

黄瀬涼太。中学生の時にモデルデビュー。部活に専念している所為で他のモデルに比べあまり雑誌には出ない。だけど、写真集を出せば即完売。重版が決定するほどの人気者。

そんな彼が同じ高校に入学したと聞いた時は嬉しくて嬉しくて家に帰った途端大泣きしてしまった。中学の時から憧れていた人物が同じ学校だなんて。
そうなれば見てるだけ、なんて惜しい。せっかく同じ学校なんだから自分の存在を知ってもらおうとドキドキしながら、でも中々行動に移せなくて、色んな女子に囲まれている黄瀬君を遠目に眺めていた。

「告白したらいいじゃない!」

親友に好きな人がいると打ち明けた。だけど名前は明かさない。親友も黄瀬君が好きだから。唯でさえ競争率の高い相手に更に敵が増えるのはごめんだ。
勇気が無いと言えば、アンタの好きな人が恋人作ったらどうすんのと返される。それもそうだ。なんで今まで気付かなかったんだろう。競争率が高い相手なんだ。親友を敵って思ってたのになんで気付かなかったんだ。こうしてウジウジしてる間に他の子が告白してるかもしれない。それだけは絶対に嫌だ。
翌日早速行動に移り、古風な気がするけど黄瀬君のアドレスを知らないので、彼の靴箱に、放課後にクラスの教室で待っていてほしいと書いた手紙を置く。
今までの弱気が嘘みたいに積極的になったなと思うが、自分の教室に入って時間が経つにつれ、怖くなった。
黄瀬君、手紙見てくれたのかな。迷惑じゃないかな。そんな考えが頭の中をグルグル回る。

そんな日に限って馬鹿みたいに時間が経つのが早く感じる。放課後になり、緊張しながら黄瀬君の教室に行くと黄瀬君がいた。他の人は誰もいない。取り巻きの女の子達もいない。もしかして黄瀬君がみんなを帰してくれたのだろうか。彼の優しさと手紙を読んでくれた嬉しさに気分が高揚し、足早に教室に入る。告白を誰にも聞かれないように扉を閉めるとその音に気付いた黄瀬君が此方を振り向く。
窓から差し込む夕日に当たり黄瀬君の髪の色が赤く色付いて綺麗だ。ぼーっと見惚れていると「手紙くれた子?」と黄瀬君に話し掛けられハッとして首を縦に振る。

「何か用ッスか?この後部活だから出来るだけ手短にお願いしたいッス」

初めて近くで聞いた黄瀬君の声。さっきからドキドキとうるさい胸を抑えて、黄瀬君を見上げる。部活があるのに聞いてくれるなんて。彼はどこまでも優しい人だ。手短に。時間を割いてくれた彼にこれ以上手間をとらせない為に、震えている口を開けた。言えるだろうか。あ、と試しに発声する。大丈夫声は出る。あとは勇気を出すだけ、勇気を。

「あの、私、黄瀬君の事が…」

好きです。

ドキドキからバクバクに音が変かる。告白した。告白してしまった。キュッと目を閉じて黄瀬君からの返事を待つ。怖い。この返事を待つ時間が。あんなに短く感じた時間が今は凄く長く感じる。

黄瀬君が一歩私に近付いたのを感じ、ゆっくりと顔を上げる。黄瀬君はちょっと笑いながら「ありがとう」と言った。

ここから私達の付き合いが始まった。

「また今日も彼氏にメール?てゆうか同じ学校じゃない!」

ケータイを弄っていると親友が後ろから現れる。うわぁと変な声を出しながら内容を見られないようにケータイを親友から隠す。生憎アドレスは黄瀬君の名前で登録していない。他の人にバレたら教えろって言われるから。
付き合い初めて一週間後、黄瀬君の家にお邪魔した時に、彼のアドレスを登録。これからはメールや電話で彼と通じる事が出来るんだと布団の中で悶えた。
彼は有名人なので学校で一緒にいる訳にはいかない。狙っている女の子達や彼のファン、そして芸能界にも響いてしまうから。
私と付き合ってるけど、女の子に囲まれている姿を見ると不安になる。そんな時は夜に電話を掛ける。迷惑ってわかってるけど彼の声を聞かないと落ち着かないもん。電話が終わったらその後は寝落ちするまでメール。

部活の練習は邪魔になるから見に行かないけど練習試合は必ず見に行く。いつもと違う黄瀬君が頑張っている姿を目に焼き付ける。格好良かったよって言うと凄く嬉しそうに笑いかけてくる姿は大型犬みたいで可愛い。幸せな毎日だ。
そんな感じでもうすぐ一ヶ月経つ。別れる気配すらない私に嫉妬した親友が私の頭を叩く。「全く!私より先にリア充しちゃって!あーあ、私も告白してあわよくば黄瀬君の彼女になれないかなーなんて。でも黄瀬君、恋人いるらしいね。良く話題に出すもん」

親友の言葉にドキリとした。話題に出すって、黄瀬君何してるのよ!なんの為に私が隠してると思ってるのよ!でも親友が私になんの反応も示さないと言うことは名前は出してないようだ。良かった。そうなると黄瀬君が恋人の話をしている事に興味が湧いてくる。私の事どう思ってるんだろう。親友から話を聞いた。

「『俺の恋人は可愛くて、優しくて、人の気遣いが出来て、でも寂しがり屋で我慢出来なくなったらメールとかしてくるんス!不安にさせちゃって申し訳ないから電話してるんスけどね。でも電話したら別に寂しいなんて思ってないとか言って!もー!ツンデレ!でもスッゴい可愛い!絶対幸せにするッスよ!』の繰り返し。初めは嫉妬しちゃったけど、黄瀬君すっごい幸せそうだから応援したくなっちゃった」

だからって彼女になる事は諦めてないけどね!
息づく親友の言葉より黄瀬君の言葉に顔が真っ赤になる。黄瀬君、ちゃんと私の事想ってくれてるんだ。良かった。廊下を通った女の子が黄瀬君に頑張れと声を掛けていた。そういえば今日は黄瀬君、モデルの仕事で夜遅くなるんだっけ。晩御飯抜いて寝ちゃう所があるから、家に行って晩御飯作ってあげよう。殆ど打ち終わっていたメールの最後にモデルの仕事頑張ってと付け足してメールを送る。何を作ってあげようかな。合い鍵が入ったポケットをポンポンと叩いた。
ガチャリと鍵を回して扉を開ける。リビングの電気を点けて、ここに来る前に買った晩御飯の材料をテーブルに置き、黄瀬君の部屋に入る。
時々部屋が汚くなってるから片付けてあげないと。彼の匂いが漂う部屋。恋人だけの特権。
部屋はあまり変わっておらず、掃除は大丈夫そうだ。
でも前に来たときには無かった段ボールがあった。何か買ったのか。中を開けると大量に手紙が詰めこまれている。凄い。全てファンからだ。
黄瀬君はファンを大切にする人で、もらった手紙は全部読んであげる。だから私の靴箱に置いた手紙も読んで教室で待ってくれたんだ。でもそんなに優しくしてると勘違いする女の子増えちゃうから気をつけてほしいな。親友の話を聞く限り、私にゾッコンみたいだけど。今度私も黄瀬君の取り巻きの子に混じって話を聞こうかな。きっと黄瀬君驚くだろうな。
フフフと笑って段ボールを閉める。立ち上がると段ボールの奥にもう一つ箱があるのに気付いた。
さっきは死角で見えなかったのか見落としていたのか、持ち上げるとそれは留め具つきの黒い長方形の箱だった。長さ的にレターボックスだろうか。もしかして私の手紙が入ってるとか!ワクワクと留め具を開けて中を見ると水色の封筒に入った手紙が一通入っていただけだった。

封筒から取り出し手紙を開けて読むが、お久しぶりですの言葉から始まる、なんのたわいもない内容。そんなものが私の手紙を差し置いてレターボックスの中に大事そうに仕舞われているのか意味がわからない。グチャグチャにしてやりたくなったが、もしかしたら手紙主が事故で亡くなったから大事にしているのかも知れない。
そう考えれば仕方がないと手紙をレターボックスに仕舞い、早く料理を作らなくちゃと黄瀬君の部屋を出た。今日のメニューはビーフシチュー。気に入ってくれればいいな。彼の帰りを待って一緒に食べれればいいけど、親が夜は必ず九時までに帰って来いとうるさい。そこは気を使って彼氏の部屋に泊まって来いとか言ってくれればいいのに。ビーフシチューが仕上がった頃には時間はもう八時半になっていた。黄瀬君の家から私の家まで二十分だからギリギリ家に間に合う。火を止めて、近くにあったレターセットから手紙を取り出す。

『お仕事お疲れ様。今日はビーフシチューだけど黄瀬君が帰って来た時には多分冷めちゃってるから、温めて食べてね。それから、レターボックスに入ってた手紙って誰?ちょっと嫉妬しちゃった(笑)』

こんな感じでいいかな。見えやすいようにテーブルの真ん中に置いて、黄瀬君の家を出た。

今日は黄瀬君が一週間振りに学校に来る。ビーフシチューを作った翌日に急遽出張ロケが入ったと言って学校を欠席していた。その間は黄瀬君の部屋は掃除してあげた。久々に見る彼氏の姿。でも学校で一緒にいるのは禁止なのは寂しい。

「おー、はよ黄…どうしたんだよお前?」
「黄瀬君どうしたの!?」
「大丈夫?ちょっと痩せた?」

ザワザワとみんなが騒がしくなり、黄瀬君が来た事がわかる。初めは明るかったみんなの声が段々暗くなったのに気付いた瞬間急いで近くによる。近くと言っても既に周りに人が集まってるから黄瀬君から私は見えない。黄瀬君を見ると確かに少し痩せている。髪の艶も落ちている。
明らかにおかしい黄瀬君の様子に周りはこぞって大丈夫かと心配する。黄瀬君はみんなを煙たがらずに苦笑いをして大丈夫だと言う。出張ロケが忙しかったのかな。どうしてそんなになるまで何も言ってくれなかったの。心配させたくないから?私じゃ役不足だから?

「黄瀬!ちょっとこっち来い!」

大きい声が黄瀬君を呼ぶ。振り向くとそこにはバスケ部のキャプテンさんがいた。ごめんね、ちょっと用事があるからと謝りながら黄瀬君はキャプテンさんの方に歩く。キャプテンさんはしっかりしている人で、黄瀬君を理解してくれている人だ。キャプテンさんには多分訳を話すだろうなと二人の後をついていった。


──────────

「黄瀬、正直に話せ。なんでそんなにやつれてんだよ。てか前からなんか変だぞ」
「…スンマセン。話せないッス」
「…ならお前の為じゃなく部活の為に話せ。エースがそんなんじゃ勝てる試合も勝てねーよ」

キャプテンさんの言葉に返答を詰まらせた黄瀬君が溜め息を吐いた。自分の為じゃなく部活の為だと言われたら黄瀬君も話さざるを得ないんだろう。下手をしたら当分部活が出来なくなるかも知れないのだから。

「ストーカーがいるんス。ソイツの所為でストレス溜まって。最悪な事に家にも勝手に侵入されて」

黄瀬君の言葉に唖然とする。ストーカーなんて、全然気がつかなかった。どうしてそんな大事な事今まで黙ってたの!?叫びたくなる気持ちを抑えて二人のやり取りを聞き取る。

「…他に具体的にやられたのは」
「メールや電話。と言ってもメールは気持ち悪くてフォルダ分けしてるけど内容までは見てないッス。電話も」
「お前の…その…恋人には話したのか。家に入ったのは恋人じゃないのか?合い鍵渡してんだろ」
「来る事前にはメールくれるんで絶対に違うッス。それに心配なんてかけたくない」

参るッスねと笑う黄瀬君が痛々しくて私は泣くのをこらえて踵を返した。

心配なんてかけたくない?それは違うよ。でも大丈夫、私がなんとかするからね黄瀬君。頬を叩いて私は決心した。ストーカーは私が絶対退治してあげる。
一週間振りに学校に来たのに、黄瀬君はまた違うロケに行ってしまった。今度は二日だけらしい。ストーカーが誰かを見極めるチャンスだと、学校から帰って直ぐに親に友達の家で勉強会をするから泊まる事を許してほしいと懇願。勉強嫌いな私がそんな事を言うと思わなかったのかとても嬉しそうに承諾してくれた。泊まるお家の方に迷惑かけないでねと見送られ、来る前にコンビニ弁当を買って黄瀬君の家に入る。
特に変わった所が無いのは黄瀬君が掃除をしたからだろう。このまま張り込んでいたらきっとやってくる筈。確信もないけれど、取り敢えず玄関から見えない所、黄瀬君の部屋の中に入ってストーカーが来るのを待つ。いざとなれば警察にすぐ連絡出来るようにとケータイを操作した。
二時間経つ頃に玄関から鍵を開ける音がした。この家の主は違う県にいるから違う。忘れ物も取りに来たなんてのも有り得ない。事前に確認してから仕事に出掛ける人だから。ということは

(来た!)

扉が開く音が聞こえ、急いで、でも音を立てない様にクローゼットの中に入る。外の様子が見えるように少しだけ隙間を残す。バタバタと近づいては遠ざかる足音に段々怖くなる。本当に来るとは思っていなかったと言えば嘘になる。普段弱気で泣き虫な性格が裏目に出て感情が表に現れガチガチとなる歯にしゃくり上げ音として出てしまいそうな声。聞こえてしまう。もし相手に反撃されてしまえば終わりだ。何か運動部に入っておけばよかった。口に手をあてて落ち着けと暗示をかける。

とうとうストーカーは私のいる部屋にまで入って来た。電気を点けられて暗闇になれていた視界が少しだけ眩む。それでも頑張って恐る恐るストーカーの顔を覗く。ストーカーが隙間から見える場所に立ち、確認できたストーカーの正体に、私は唖然とした。
(男!?)

平凡な男だった。日本人とは思えない髪の色をしているだけで、至って普通の男。こんな男が黄瀬君に付きまとって黄瀬君を傷付けていたのかと思うと許せない。震える手に叱咤してケータイを使って早速警察に連絡しようとした。が、ここで私は盲点に気がついた。ストーカーと同じ部屋で警察を呼ぼうものならストーカーにバレてしまう。平凡と言っても男だ。身長も私より高い。力では絶対に勝てない。どうして武器になる物も所持しなかったのか。私はいつも後々になって大事な事に気づく。…だから黄瀬君も私に話さなかったのかな。


「…コンビニの弁当?どうしてこんな所に。黄瀬君はロケで帰って来ないって」

ストーカーの言葉にビクリと肩が揺れる。黄瀬君の部屋の机に置きっぱなしだったんだ。最悪だ。
バレてしまった?
殺される?
ストーカーに殺されるの?
嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ
怖い怖い怖い怖い怖い

ガタガタガタガタ震えながらストーカーの行動に怯える。

ストーカーはコンビニ弁当を持ったと思えばゴミ袋に突っ込む。ゴミ袋を縛り上げて他に何か無いのかとガチャガチャと黄瀬君の机を漁り始めた。
一時はやり過ごしたけどこのままじゃあクローゼットの中も調べるに違いない。どうすれば、どうすればいいの!?

「そういえばクローゼット…」

ストーカーの言葉に息が止まった。もう駄目だ。
近づいて来るストーカー。ごめんね黄瀬君。私、役に立たない彼女だね。
ストーカーの手がクローゼットの扉を掴む。キイッと開いて段々明るくなる視界に涙が零れた。
おしまいだ。






──PPPPP、PPPPP

音が一定のリズムを刻んでなり続ける。
ストーカーの手がピタリと止まり、扉から離れる。音の正体はストーカーのケータイで、ストーカーは煩わしそうにケータイを開いて電話に出た。

「なんですか。今?さあ、何処でしょうね。わかってるなら聞かないで下さいよ。はい、はい。すみません。大丈夫です。え、だって君僕の服……え?……わかりました」

すみません後で掛けますと言って中途半端に開けかけたクローゼットを閉じる。電話を切ったストーカーはゴミ袋を掴んでそのまま家から出て行った。

遠ざかる足音にクローゼットから出た私の身体は汗でビッショリだった。あの電話がなかったら私は、今頃。安心した瞬間涙がボロボロと出て、感情のまま黄瀬君にメールした。
『ストーカーが今黄瀬君の部屋に来た。怖かった。ストーカー男だった。気をつけて』

ギュッとケータイを握って、その日は黄瀬君のベッドで眠った。彼の匂いに包まれて、凄く気持ちがいい。
起きて直ぐ警察に行ったが全く相手にしてくれなかった。
だったら私がなんとかしないと。昨日は黄瀬君に心配させるようなメールを送ってしまった。黄瀬君はただでさえ自分の事で精一杯なのに。ストーカー相手が男なら黄瀬君も事務所には言いづらくて誰にも話せなかったんだね。大丈夫。退治するから。今度は大丈夫。スタンガンも買ったんだ。相手をこれで身動きさせなくすればいい。
黄瀬君の彼女なんだから、彼の為に頑張らなきゃ。

二日後の土曜日、午前中のみの授業。

黄瀬君は久々に部活をするそうだ。バスケをしている姿を見るのは本当に久々な気がする。気落ちしていないか心配で、私は見に行く事にした。体育館はファンが既に待ち構えていて、ちょっと遠目になって仕方が無いけど、二階に上がって黄瀬君を見つめる。彼は丁度ダンクを決めた所だった。久々の参加なので練習はミニゲームに変更されたらしい。モデルをしている時も格好いいけどやっぱりバスケをしている時が一番だ。少しだけ調子を取り戻したようで幾分か顔色が良かった。ファンの応援に手を振ったりとサービスしてあげている。
今日だけは黄瀬君と一緒に帰ろう。心配かけてごめんねって、きっと大丈夫だよって黄瀬君を安心させる為に、手を繋いで一緒に帰ろう。

黄瀬君が、試合終了の合図ギリギリにダンクを決めた。

練習が終わって校門の前で待つ。空がオレンジ色に染まって綺麗だ。
次々と校門から出て行く人達。その中に黄瀬君はいない。どうかしたのかなと思っていたらキャプテンさんと一緒にやって来た。久々に参加したからキャプテンさんも安心したのかな。何かいっぱい喋ったのかな。邪魔していいのか悪いのか、黄瀬君に声を掛けようとしたら、黄瀬君がこっちに気付いて、驚いた顔をしたあと、とろけるような笑顔を向けてくる。
甘い笑顔に私も微笑みかえすと嬉しそうに黄瀬君が走ってきた。今まで周りにバレないようにしてたのに、バレちゃうよ?でも決して嫌では無い。けどみんなにどんな目で見られちゃうか心配。でも私は黄瀬君の笑顔に絆されて黄瀬君が来るのを、少しだけ両手を広げて受け入れる準備をした。

「黄瀬く──」


「黒子っち!!」


スッと、私の横を通り過ぎる。まるで見えてないと言わんばかりに。視界に入ってないと物語るように。固まった私の横を通った後、ガバッと黄瀬君は誰かに抱きついたようだ。

黒子っちって、誰?

「黒子っち黒子っち!なんで?なんでここにいるんスか?」
「おい黄瀬!テメェ鞄放り投げてんじゃねぇよシバくぞ!って、透明少年じゃねぇか。よう」
「いったぁ!だからって鞄投げないでほしいッス!黒子っちに当たったらどうするんスか!」
「お前が身を呈して守ってるから透明少年には当たらねぇよ」
「こんにちは笠松さん。黄瀬君の様子を見に来ただけです。ご迷惑でしたか?」
「そんな訳無いッス!スッゴい嬉しいッス!」

黄瀬君とキャプテンさんの後に続く聞き覚えのある声に急速に温度が下がった気がした。別にいつも聞いている声じゃないけど、最近聞いた事がある声。
後ろを振り返って、黄瀬君の傍にいる人物を見る。
何故、なんで、どうして、黄瀬君、ソイツは、その男は


「黄瀬君離れて!!」

思ったり大きい声が出た。シンとした空気が辺り一面を包み込む。黄瀬君はこっちを振り返り首を傾ける。
意味がわからないみたいな顔をされて、腕の中に閉じ込めている男と顔を合わせる。
何でそんな奴を抱きしめてるの?
何でそんな大切そうに抱きしめてるの?
ソイツが今まで何をしたかわかってるの?
ああそうか、犯人を知らないのね。

「黄瀬君、ソイツから離れて良く聞いて。ソイツ、黄瀬君のストーカーよ!」
「…ハァ?」
「二日前にソイツ、勝手に黄瀬君の家に入って中を物色してたの!クローゼットから見たもん。声も聞いたもん。間違いないわ。メールや電話の犯人もソイツよ!黄瀬君、私に迷惑かけたくないから教えてくれなかったみたいだけど、私知ってるんだよ!黄瀬君がストーカーに悩まされてるって。だから、黄瀬君にストーカーの正体教えて上げたじゃない!」
「…メール寄越したの、アンタッスか」


黄瀬君の声が低くなる。ストーカーを守るように黄瀬君が前に出る。

「…ストーカーはお前だよ。いつも大量にメールしてくる、夜中にも電話かけてくる、留守電にも音声残しやがる、家に勝手に上がって変な料理を残して部屋物色するわ気持ち悪いんだよ。人が大切に仕舞ってた、黒子っちが一回だけ書いてくれた手紙勝手に開けて読んだだろ。置き手紙みたいなのに、手紙に嫉妬した、なんて書かれてたから正直血の気が引いたッス。黒子っちが何かされちゃうんじゃないかって精神的に参ったッスわ。幸い黒子っちの事知らなかったみたいだけど。そしたら二回目のロケの時に黒子っちが俺の家に行くなんてメール来たからもう怖くて怖くて急いで電話したッスよ」

黄瀬君、何を言ってるの?

「電話掛け終わった後直ぐにメールが来て、たまたま開けてみたら、ストーカーが男だった、気をつけてなんてメール。どうやら接触寸前だったみたいッスね。黒子っち無傷だし本当に良かった」
「おかげさまで…と言うべきでしょうか」
「それで黒子っちにストーカーの存在バレたけどね。思いっ切り怒られたッスよ。でも黒子っちが励ましてくれたおかげで元気出た。恋人の存在って偉大ッスね。で、俺確かに告白されたッス。でも色んな子に告白されてるから正直覚えてないけど、俺断り方は一貫してるんで、確かにありがとうって言ったッスよ?でもその後直ぐに言葉付け足したッスよね。時期によって変わったけど」

俺には好きな子がいるから付き合えない、もしくは付き合っている子がいるから無理だって。

そんな事言ってないよ黄瀬君。ありがとうって言ってそこから私達、付き合い始めたんだよ。

「…話聞いて無かったんスか。俺の恋人はアンタじゃない、黒子っちだよ。いい加減警察に行こうと思ってたから丁度いいや。メールもあるし電話も音声残ってる。マンションのエントランスに監視カメラもあるし、出張ロケの時から家にもカメラつけたし証拠なら揃ってるッスよ。何より犯人が目の前にいる。ああ、後一つ付け足すと俺練習試合でアンタに笑った事ないッスよ。そん時は黒子っちがたまたま見に来てくれたから。じゃあこのまま警察に連絡させてもらうッスわ。……所でさ、」


アンタ、誰?


黄瀬君の言葉に頭が真っ白になる。
今まで黄瀬君との思い出はなんだったの?
私達、恋人同士だったじゃない。
冷えた頭から出て来た過去の私。

黄瀬君にメールをしたけど返信は一度もなかった。
電話をかけたけどいつも留守番電話に繋がった。

ファンから送られて来た手紙の中から幾ら探しても私の手紙は見つからなかった。

私が作ったご飯は翌日ゴミ箱の中に入れられていた。

でも、合い鍵はくれたじゃないか。

でもアレは確か黄瀬君の家から合い鍵を持ち出して作った鍵だったっけ。

その時に置いてあったケータイからアドレスも赤外線で送ったんだっけ。

アドレスが変わっても家に入ってケータイ見たんだっけ。

そもそも、私、黄瀬君と


コクハクイライシャベッタコトアッタッケ?




「いやぁああああああああああああああああ」


嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ。
私は彼女なんだ。
妄想じゃない。
妄想なんかじゃない!

ブレザーから取り出したスタンガンを向けようとしたらキャプテンさんに抑えこまれ身動きが取れなくなった。スタンガンを取られた私は警察が来るまで、泣き喚くしか出来なかった。


黄瀬君に守られている水色の男が憎い。
殺してやると叫ぶ度に抱き締められて、背中をさすられている男が憎い。
黄瀬君が甘い声を出しながら宥められてる男が憎い。
黄瀬君に甘やかされている男が憎い。



ストーカーは目の前にいる男じゃ無くて、私だった事は最後の最後まで気付かなかった。











『偽』恋人物語

支部に書くの忘れてましたが元ネタは世にも奇妙なあれです。

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