「…ごめん。よく聞こえなかった。今なんて?」
「ですから」

彼女が、出来ました。

ファーストフード店内は自分と同じく部活帰りの生徒達や家族連れの客で賑わっていた。様々な音が飛び交う中、手前に座る男は自分の言葉が信憑性に欠けるのか、単に客の声に消されたのか、どちらにせよこれ以上尋ねてこないように三度目は一音一音丁寧に発した。
わかりましたかとそれまで復唱に開けた口は再びストローに向ける。私事を報告するのがここまで恥ずかしいのは初めてかも知れない。
顔の暑さを誤魔化すようにストローを一気に吸った。彼女と出会ったのは図書室の整理をしていた時。借りたい本が見つからないと話しかけられたのがきっかけ。次の日にお礼にとクッキーを焼いてくれ、以降話す機会が増え少しずつ彼女に魅力される。ああ、これが恋かと気付けば目が離せなくなった。
そんな矢先に彼女から告白をされ、嬉しくて二つ返事で了承。
恥ずかしいから人には言わないでほしいが、二人だけには話していいとの事。話す人物の名前を事前に教える条件付き。違和感を抱いたが、自分達の関係を知っている人物を自分も把握したいからとの事で納得。

翌日、早速火神君に報告すれば良かったなと頭をもみくちゃにされた。なんだかんだで面倒見のいい彼は前から僕が彼女と上手くいくか内心ハラハラしていたらしい。いい相棒を持ったと、少しだけ泣きそうになった。もう一人は彼女持ちの土田先輩に話してアドバイスを貰おうとしたが火神君に止められた。黄瀬の方がいいんじゃないか、と。

「お前が付き合い悪くなった原因を片っ端から調べて彼女が出来た事がわかれば喚き散らして一気に広がりそうだし。黒子っちに彼女がーとか」
「そう…ですかね」
「黄瀬の所為で別れるハメになんのは嫌だろ。それに無駄に女の扱い知ってそうだし、adviceならアイツにしてもらえ」

帰国子女の発音に少々イラッとしたが火神君の考えに賛成し、彼女は黄瀬涼太の名に動揺せずに許可し、二日後、つまり今だが誠凛にやってきた黄瀬君をファーストフード店に連れ今に至る。

飛ばしていた思考を戻すと、空気だけが口内に広がり、ストローから口を離す。蓋を開けると既に空の状態で口寂しさを覚えた。容器をテーブルに置いて立ちあがりレジを見れば、片手でも余る人数しか並んでいない。レジに並ぶついでに不要になった容器を捨てようと感覚で手を伸ばすが手首を掴まれ中途半端な姿勢を保つ。
何時もの戯れかと視線を寄越さないまま離すよう促す。が、手首が痛いくらいに締め付けられギリギリと骨が軋み表情が歪む。制止の声をかけようと彼に焦点を合わせるが、遮った彼の言葉に、息が詰まった。

「何でだよ」

今まできいた事の無い声色に背筋に冷たいものが走る。
けたたましさは収まっていない筈なのに自分の周りだけ水を打ったように、ドスのきいた声だけが耳朶を打った。何、何が。自分の言葉の何が彼の地雷を踏んだのか、彼の言葉の意味が理解出来ず、しかし得体の知れない恐怖が身を包む。俯いて顔が見えない相手の出方を静かに待っていたが、次第にふるふると体を震わせ始めたので気分が悪いのかと掴まれていない手とを差し伸べる。触れる直前に彼の顔があがり反射的に体が強張るが、相手の顔を見て呆気にとられた。

「酷いっ黒子っち!!俺と言うものがありながらぁああ」

びええと目を大なり小なり記号へ変換させた顔でむせび泣き。響く声に四方八方から様々な視線が飛んでくる。いつもは影が薄く気付かれない事が多いのに刺さる視線が痛い。ミスディレクションで置いて出て行こうかと考えたが手首を掴まれたままでは誘導以前にどうにもならない。力は先より入ってなかったがそれでも振り解ける程ではない。逃げ道を作らせないようわざとやっているのか。「黒子っち嘘って言ってえええ!なんでええええ」
「黄瀬君、ボリューム、落として下さい」

周りの視線など気にせずに騒ぐ口元に人差し指をあてれば途端に大人しくなる。よく出来ましたと頭を撫でれば満足げに目を細めて享受。ペットを扱っている感じがするが彼は中学からこうされる事を率先して望んでいたのでご機嫌斜め時等には活用している。

何時もの黄瀬君だと安心し、シェイクは帰り際にレジに寄ればいいだけだと座り直せば、ぐずぐずと鼻をならしながら叱られるのを怖がる犬のように蜂蜜色の瞳が此方を見つめる。怒ってないですよと苦笑すればほっと息を吐いて謝りながら手を離した。痕が残ったかも知れないがリストバンドで隠せば問題ない。
注文して手を付けずにいたポテトを摘み黄瀬君はしみじみと呟く。

「そっかぁ黒子っちに彼女か…ね、親友として今度会わせてほしいッス」
「…取らないで下さいね?」
「ヒドッ!黒子っち俺をショーゴ君扱いしてるっ」
「…すみません、黄瀬君と合わせたら、黄瀬君の方がいいって言われてしまいそうで、と言う意味だったんです」


「……俺に寝返るよーじゃ、そこまでの女だったって事ッスよ」

きっと大丈夫ッスよ。

それは僕に対してではなく、黄瀬君自身へ向けた言葉に聞こえた。


その後は雑談してから彼女と付き合うまでの過程を説明し、黄瀬君に協力してもらえないかと頼んだ。店を出れば街灯が道を照らしていた。息を吐けば白く色づく。春も近いというのに寒気が剥き出しの素肌に突き刺さる。「それでは黄瀬君、さようなら」
「うん、さよーならッス」

親友(になった覚えはないが)の頼みなら喜んで協力すると言ってくれた。黄瀬君を部活以外でこれほど頼もしい存在だと思った事は無い。
火神君も自分の事のように喜んで応援すると言ってくれた。自分はこれほどまで良い友人に巡り会えたんだとしみじみ思う。
部活に恋にと高校生活を満喫してなんぼ、試合はもう始まった所です。なんちゃって。
らしくもない自分のテンションに笑いが込み上げてきた。





明日もまた、頑張ろう。


















──目先の幸福に浮ついた黒子は気付かなかった静かに黒子の背中を見つめる褪せた瞳の、眠る獣の本性を──





「―――――クソッ!!」

耐久性や弾力性を物ともせずシーツがブツリを音を立てベッドの中に刃を埋める。狙いを定めずに淡々と進める継続的な行為はベッドに新しく傷を付け、無用の長物へと変貌させる。
頬を伝う水滴が、汗か涙かわからぬままシーツに吸収された。

「ふざけんな…なんで…なんでっ」

枕もろとも貫通し深く刺さった刃を横一文字に切るように動かせば鳥が飛翔した後のように羽毛が散らばり落ちる。秒針が刻む音だけが流れる部屋の中、一通りの感情をぶつけた残骸を確認し、荒い息遣いを落ち着かせる。零れるように乾いた笑いをあげ次第に大きくなる声色に反し抜けていく力をそのままに、ナイフが床へと音を立てた。刃が月明かりを反射させ黄瀬の瞳を無気味に照らす。「なんで、黒子っち」

好きだった。大好きで大好きでたまらなかった。常軌を逸していると自覚する程に愛していた。
ウィンターカップでは自分を特別に感じていたと告白された時は、少なからずとも脈があると期待した。教育係の視点だとしても。友情から恋愛に発展させれる自信が自分にはあった。絶対に手に入れる、自信が。

疎いあの子に少しずつ恋愛感情を教えて、自分に興味を持たせていこうとしていた。
なのに、なのに。
彼女が出来た?見ず知らずの女が、黒子の女?黒子が、女のモノ?


そんなの誰が認めるかよ

「…消す…確実に仕留めてやる」
協力すると約束したが、黒子の幸せを他人に預けるなんて冗談じゃない。刹那でも黒子の思考を奪う存在を潰してやりたい。嬉しそうな黒子には悪いが一番醜い方法で別れさせてやる。女よりも自分の良さを理解させればいいだけだ。大丈夫、恋愛事は自分に都合がいい。

「女を落とすってのはちょっと無理かな。黒子っちベタ惚れみたいだし」

嗚呼、憎らしい恨めしい疎ましい羨ましい。その感情を自分へ向けてくれればどれほど幸せか。先ほどは渦巻いた感情を抑えられず、黒子の前で本性を晒す愚行を犯したが、直ぐにいつもの“黄瀬涼太”へ戻し事なきを得た。黒子も気のせいで片付けただろう。
黒子にだけは仮面の裏を見せる訳にはいかない。畏怖ではなく、慕情の対象として自分を特別に想ってほしい。力で抑制する愛などいらない。一方的な想いでは意味がない。


苦楽を共にし、死が別つその日まで自分は彼の隣で生き、彼は自分の隣で笑って過ごすのだから。

「女が黒子っちの事本当に好きなのか確かめてから行動すればいいか」


黒子の話を聞いて疑問に感じた「二人だけには話していい」条件。火神はまだ納得出来る。黒子に取って大切な相棒故、共に行動する時間が多い人物だ。バレるのが時間の問題なら話しておく方が得策だろう。火神自身黒子が女に惚れているのを知っていたのなら話すのも当然。問題は先輩から自分へ変えても「動揺せず」許可をくれた部分。動揺しないと言うことは、端から自分の存在も範囲に入れていたと言うことだ。
恥ずかしいから隠してほしいと言いながら他校の生徒には明かしてもいいこの矛盾の意味は。

黒子の友人だからか、他校だから誠凛に広がる恐れは無いからか、それとも自分に存在を知ってほしいからか。
考え過ぎかも知れないが、どちらにせよ、ただじゃ済まさない。

黒子を俺から奪った事実に揺らぎない。


「だから、ごめんね、黒子っち。黒子っちの幸せ、潰しちゃうね」

大丈夫。黒子は仮初めの幸せに浸っているだけだ。女を消した後、対価として、一瞬だけ黒子の感情を女に譲歩してやる。そして悲しみに暮れる黒子を自分が抱き留めればいい。傷心を癒やす言葉を耳元で囁けばいい。俺なら、黒子っちを悲しませないと。そうすれば、黒子は自分の下へ堕ちる。

細い手首を掴んだ掌を開閉して、うっそりと舌を這わす。彼に触れた部分は心なしか甘く感じる。きっと彼自身が甘美なのだろう。感触ではない本物を隅から隅まで味わいたい。何も知らない無垢な心を自分の色に染め上げてしまいたい。
遅効性の毒のようにじわじわと浸食させて、自分がいないと何も出来ないと脳に認識させ、ただ、自分の言うことだけに頷かせるのだ。
考えただけで酷く高揚する。高ぶる熱を抑えれるのはただ一人だけ。嗚呼、待ち遠しい。黒子が、自分だけのモノになる日が。


「虚像じゃない、本物の幸福を教えてあげる」









だから早く紹介してね。







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