階段を転びそうになりながら駆け下りる。もう少しで昇降口と言ったところで、カツカツカツ!と殺意のある靴音が聞こえてきた。あの口裂け女だ。
幸村君に握られていない手をポケットにつっこみ、触れたものを取り出す。歯で角を切って後ろ手で中身を投げる。靴音が止み、ガリリリリリという音が響く。
「今のは!?」
『飴です! 桃味の! あれは《口裂け女》です。《口裂け女》の対処法としては普通べっこう飴ですが、用意できなかったので代用品です! 桃味なのは、気休め程度の邪気払いです!』
そんなことを話しながら上履きのまま昇降口を出る。今は気にしている場合ではないいが、不思議なことに昇降口にはあるはずの彼らと私の鞄がなかった。
『とりあえず、学校の敷地から出ましょう!』
「わかった!」
上履きでごつごつとしたコンクリートの上を全力で走る。飴を食べ終わったのか口裂け女の走ってくる足音と、異常に大きい笑い声が近付いてくる。このままでは追いつかれる、私の足が遅いから……! 正直今は反動のように足を動かしてるけど、足は重いし疲れたし、肺もこれ以上空気が入らないみたいに広がりっぱなしだし、喉も痛い。校門までのたった数十メートルが、遠い。私がいたんじゃ幸村君まで逃げ遅れるかもしれない。幸村君には、彼を待ってる人たちがいるんだ。私は幸村君の手が振り解けないものかもがいてみる。しかし抜けそうになった手を、彼は強く握りしめた。
『幸村君、私が居ては、足手纏いになりますから、もう離して……、』
「きみを置いては行けない!」
凄い剣幕で怒られた。えっ、そんなに怒ります?
「俺はきみのことをなにも知らないけど、きみが何度も俺を助けてくれた恩を、返したいと思ってる。だから一緒にここを出て、明日も学校で会って、話がしてみたい。っだから、俺と一緒に、最後まで逃げ続けてくれないか?」
『は、はい……!』
助けるなんてほどのこともしてないし、恩を返されるようなこともしてないなと正直思う。
でもそこまで話す余裕もないし、幸村君がそう言うなら、そうしよう。私がなんとか返事をすると、幸村君は少し笑ってさらに速度を上げた。本当にもう、呼吸が出来てない。苦しい。疲れで視界も霞みかける中、校門に集まる制服の数人の少年を見つけた。
彼らは手を振っていたり、声援? を送っていたりと様々だ。あと五m、四m……、そして私達は二人で門の外へ出た。すぐに止まれるようなスピードではなかったので、私達はそれぞれ校門で待機していた人たちに抱き留められた。
「幸村!」
「幸村部長ーー!」
「精市っ」
「幸村くん!」
私は何とかジャッカル君に抱きとめていただく。でもこれで終わりじゃない。大変申し訳ないけどジャッカル君の胸板を両手で押して、その反動で起き上がり、校門に向き合う。そして笑いながら凄い形相で髪を振り乱しこちらへ掛けてくる《口裂け女》に。

『元いたところへお帰り』

塩を撒き散らすようにかけた。
女は悲鳴を上げて、瞬く間に空間に溶けるように消えていった。何もなくなった空間を見つめながら、私ははぁはぁと息を整える。
「終わった……のか?」
『はい……、まぁ多分、大体は、』
「幸村!! 無事で何よりだ!!」
「幸村くん〜! 心配したぜぃ!」
「幸村、怪我はないかの?」
『……』
え〜〜。凄い喋るじゃん……。ここは幸村君大好きサークルなんですか??
なんて思ってるとジャッカル君や柳生君に「永山も無事で良かったぜ」とか「ご無事でなによりです」なんて声かけてもらった。二人とも優しいね、ありがとう。あとジャッカル君さっき突き飛ばしてごめんね。

息も整ったところで、とりあえず校門のあたりに盛り塩を作る。それから一握りの塩をみんなに配って、それぞれ自分にかけるよう説明。
「柳先輩、なんで塩なんてかけるんスか?」
「塩には清めの効果があるとされている。元は死や出産に対する穢れへの清めとしてだったが、現在その範囲は怪我や病気などの厄を払うことにも繋がると解釈されている。葬式の時にも清めの塩を貰うだろう? それと同じような要領だ」
「なるほど……?」
切原君はわかってなさそうな返事をした。とりあえず塩はかけてくれてるから、大丈夫ということにしておこう。私がここでやるべきことは一通り終わったかな。彼らはまだ色々話しているが、私は一足先に失礼させてもらおう。
校門の端の辺りには、下駄箱から消えていた私たちの通学鞄があった。柳生君と仁王君に話を聞いたみんなが、気を利かせて持ち出してくれたらしい。その中から自分の鞄を回収。
ただし靴だけはどうにもならなかったので、幸村君と私は仕方ないけど今日は上履きで帰ることに。簡単に身支度を整えて、比較的に落ち着いてそうな柳生君に声をかけた。
『柳生君、ちょっといいですか? 皆さんに伝えて欲しいのですが、この後はできるだけ人通りの多いところを通って帰ってくださいね。帰宅後のお風呂も忘れずに。私は今日のことを早く記録したいので、お先に失礼します』
「ご丁寧にありがとうございます。本来ならばご自宅まで送りたいところですが……」
『いいえ、お気になさらず』
「あっ、永山さん!」
真田君やら丸井君やらに囲まれていた幸村君が、私の様子に気付いてこっちに来てくれた。律儀だ。
「今日は力を貸してくれてありがとう。永山さんがいなかったらどうなってたんだろうって場面ばかりだったよ」
『いえいえ。少しでもお役に立てたらならよかったです』
「明日、学校で会えるよね……?」
何故だか不安そうに聞かれる。もちろん、私はここの在校生ですので。幸村君に安心して欲しくて、笑顔を作る。
『もちろんです』
「そっか、よかった。引き止めてごめんね、じゃあまた明日」
まだ解散する様子の無いテニス部のみんなとお別れして、私は一人歩き出した。背後はずっと賑やかで、角を曲がる時に振り返ってもまだ幸村君達が手を振っていた。
今日は本当に、面白い経験をしたと思う。


 

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