とある金曜日の放課後。
今日は新生徒会が結成されてから、3回目の会議の日だった。
私は家に帰るなり、玄関で「お兄ちゃんいるー!?」と叫んだ。
2階の部屋から「居るよー」と、お兄ちゃんの声がする。
私は荒っぽく階段を上って、お兄ちゃんの部屋に直行。
ノックもせずにドアを開ける。
『ねぇ! 聞いてよ!』
「はいはい、どうしたの?」
勉強机に向かっていたお兄ちゃんが、くるりと椅子を回してこちらを向く。
最近のお兄ちゃんは優しい。特に、この件に関しては。
まぁ半分はお兄ちゃんのせいみたいな、ところもあるもんね。
『……手塚新会長が、私に仕事をくれない』
「あー。そういうことか。
くれないっていうか、まだ割り振りを考えてるんじゃないの?」
『割り振りはしたよ。副委員長の私以外には、ちょっとだけ、ある。
っていうか! 会長が仕事を抱え込みすぎるのよ!』
「ふぅん。例えば?」
『今日は4月の新入生歓迎会についての集まりだったんだけど。
まず1月に部長会を開くでしょ?
それの資料作り、連絡も会長がやるって言ってて。
当日の部長会の司会進行は部活監査担当がするみたいだけど……。
他にも新歓当日でのブースの位置決めや、講堂でのムービー作成の参加可否についてもこっちで集めるって言ってて……。
会計の仕事がまだなのはわかる。書記は今日も議事録作ってたし、仕事してる。
新歓は部活勧誘の行事だから、行事担当よりも部活監査が前に出るのもわかる。
いやそれにしても! 会長仕事しすぎでしょ!
確かに雑用だし、すぐ終わるような仕事ばかりだけどさぁ……』
「ま、確かにね。
正直全部会長がやらなくていい仕事かもね」
『いや、流石に全部とは言わないけどさ。
会長だって仕事やりたいんだろうし』
「いーや、それは間違ってる」
私が少し手塚会長を庇ったが、お兄ちゃんにばっさり切り捨てられる。
ちょっとむかつきつつ、聞き返す。
『……どういうこと?』
「会長の役目は、仕事を割り振って、期日までに仕事が完了するように、会員を管理することだ。
だから会長は、仕事自体に触れる必要はない」
『……成程。流石前会長の言うことはそれっぽいね』
「まだ怒ってる?」
お兄ちゃんが困ったという風に、私の顔色を伺う。
私は素直に、「うん、怒ってる」と返した。
「いちかはさ、仕事やりたがるから、会長には向いてないんだよな。
会長に向いてるのは、自分が仕事をやりたい人ではないんだよ。
全部が上手くいくように管理できる人だ。
あと、視野が広くて、全体のバランスをとれる奴がいいと思うんだよね。
それから口調も、あんまりキツくないほうがいい」
『どうせ私はキツいですよーだ。
でもまだ、手塚会長は仕事振れてないよ』
「じゃあ、いちかが教えてあげな。
会長とはこういうものなんです〜って。キツく言うなよ?
手塚君がそんなことでやる気をなくす奴だとは思ってないけど、今後お前と仲悪くなったらいいことないし」
『分かってる〜。
……ありがとう、話聞いてくれて』
「いえいえ。がんばれよ」
そういって笑う元会長は、なんやかんや頼りになるやつだ。
さて来週、どうやって新会長に伝えるか。私は部屋に戻って考えることにした。


週が明けて、月曜日。
朝自習が始まる時間より30分ほど早く登校し、生徒会室へ向かった。
ノックをすると、はい、と声が聞こえた。
予想通り、そこには手塚会長が居た。失礼します、と声をかけて部屋に入る。
学ランをぴしっと着こなした会長が、一旦パソコンから顔をあげてこちらを見る。
『おはようございます、手塚会長』
「おはよう、木之本副会長」
『先週あった新歓の役割分担について、お話があるのですが、少しお時間頂けないでしょうか』
「あぁ、構わん」
よかった。手塚会長が画面を保存している間に、私は会長の近くの椅子を引いて座る。
『先週の会議では、役割分担がほとんど会長に偏っていました。
雑務とは言え、もう少し副委員長や庶務、書記等に割り振ってもいいのではないでしょうか』
「いや、ほとんど雑務だ。手を借りるほどのものでもない」
『いえ。その雑務でも、手塚会長の時間を奪っているのは確かなのではないでしょうか。
現にテニス部が朝練をしているのに、会長は参加できていないじゃないですか』
先ほどちらりとテニスコートによって確認した。
元気な声と、テニスボールが跳ねる音はここまでは聞こえない。
でもきっと、出たいはずだ。しかも手塚会長、テニス部の部長だし。
「……確かに。木之本の言う通りだな」
手塚会長が腕を組んで、ため息交じりに言う。
いくら手塚会長の考えていることが分かりにくいといっても、さすがにその仕草からは僅かな不機嫌が読み取れる。
やばい。今の口調きつかったかな。あぁでも、事実だ。
私は言わねばならない。
『兄から聞きました。
会長とは≪仕事を会員に割り振り、進捗を管理するのが仕事≫だそうです。
今の手塚会長は、仕事を自信でやっていますが、それは良くないことだと思います。
他の会員の仕事を……、奪っているのではないでしょうか』
あ、だめだ。優しい表現なんて思い浮かばないまま言ってしまった。
言い方までお兄ちゃんに聞くべきだった。
「ふむ。そうか。仕事をしないのは落ち着かなくてな。
俺が会員の仕事を奪ってしまっていたのか」
『あぁいえ……。会長を責めている訳ではなくてですね……。
すみません。もっとこう、いい言い方ができなくて』
私の言葉を繰り返す手塚会長の言葉が、私の胸にも刺さる。
仕事を怠けているわけではないのだから、本来会長は責められるべきではない。
謝っては見たものの、これは今後響くかもしれない……。
副会長として、これはどうなのだろうか。
そんなもう間に合わないかもしれない自己反省をしていたら。
「いや、木之本の言うことは最もだ」
思いの他、会長は優しい口調でそう言った。
ただ表情はいつもと変わらない、口角一つ上げることのない無表情だ。
言葉は私の意見に耳を傾けてくれてるようだけど、実際どう思ってるのか全く分からない。
私は何と言ったらいいか分からないまま、会長の表情を伺う。
「世話をかけてすまない。
……今更で、悪いのだが、仕事の割り振りを手伝ってくれないだろうか」
表情は相変わらず変わらないが、少し弱った口調とその言葉に。
私の意見を採用してくれたことが理解できると、私はとても嬉しかった。
『は、はい!』
私は大きく頷くと、手塚会長も少し安心したように「よろしく頼む」と言った。

残りの20分で仕事の割り振りを行い、今後の判断軸も設けた。
私も仕事を貰った。校内放送をかけ、今日の昼休みに任意参加で補足の会議を行うことも連絡をした。
昼休みの会議は任意と連絡したにも関わらず、全員が参加してくれた。
司会は今回は私が担当し、会長から今後の仕事の割り振りの判断軸等を説明し、次の新歓での仕事の割り振りもし直すことを連絡した。
各自、先週配布した昨年度資料をよく読みなおして、今年はどのようにするか今週金曜日の会議までに考えて来るように、と話して解散となった。

集合解散を考慮して45分で開かれた会は、正直怒涛だった。
あと緊張した。
これでよかったのかなぁ……。もしかしたら、仕事したくなかった子もいたかもしれないし。
なんて考えながら教室に戻る準備をしていたら、2年生の書記の女の子がニコニコしながら寄ってきた。
「木之本先輩。今日はお疲れ様でした」
『ううん。今日は突然呼び出しちゃってごめんね』
「いいえ。嬉しかったです、お仕事貰えて!
折角生徒会に入ったので、私もお役に立ちたいです」
『ほ、本当……? よかったぁ』
私もつられて笑顔になる。そうかそうか。それなら本当に良かった。
「あの、私から一つ提案してもいいですか?」
『何?』
「新生徒会になって、まだ日が浅いじゃないですかぁ。
1年生の子とかは緊張してると思いますしぃ、親睦会とか開きませんか?
どの人がどんな性格なのか分かってたほうが、これから仕事しやすいと思うんです」
『成程。それは大事だね。
うん、私から会長に話しておくね』
「えへへ、ありがとうございますぅ!
副会長さんが女の人で、話しやすくてよかったです」
じゃあ私はここで。と書記の女の子は軽く会釈をすると去っていった。
話しやすいなんて、はじめて言われた気がする……。
女子っていうだけで話しやすいのかなぁ。うん。いずれにしてもよかった。

後日私から会長に親睦会のことを伝えると、来週の1回分を使って行えることになった。このことは今週の会議時に伝えることになった。
「木之本、個人的に聞きたいことがあるのだが」
『はい? なんですか』
「俺は……、絡み辛いだろうか」
『えっ!?』
そりゃまぁ、そんな無表情で堅苦しい言葉で話されたら……。
否定の仕様がない。
「その反応を見ると、そうなのだろうな」
『えーっと……。その。はい』
「誰とは言わないがな。生徒会員から「俺も敬語で話さないとだめ?」と言われた。
大人びているとはよく言われるが、そんなに壁を感じてもらわなくてもよいとは思うのだが……」
『そうですよね……』
そうですよね、とは言ったものの。
手塚会長が大人びているのは今に始まったことではないし、口調が固くなってしまうのも、威厳があっていいと思う。なんか安心できるし。
手塚会長が変わらなければいけない、ということはないと思う。
だとすれば、変えるべきは私たちのほうだ。
……ん? というか、もしかして。
私が敬語で会長に話しかけるからでは?
私は去年から生徒会の先輩には敬語だったし、兄弟とは言え、会長である兄にもゴリゴリの敬語だった。
その延長で手塚会長にも敬語で接してしまっているけど、それが堅苦しい原因なのでは……!?
『あの。会長。その責任、私にあるかもしれません……。
私は会長に敬語で接してるので、それでその会員もそう思ったのかもしれません』
まぁ多分会長にそんな気軽なこというやつは、部活監査担当のアイツだと思うけど。
私の敬語をあまり気に留めていなかったというように、手塚会長が頷く。
「あぁ、そういえばそうだったな」
『えぇと……。その、ご提案なのですが。
敬語、やめてしまってもよろしでしょうか』
変な質問だ。私が勝手に始めたのに。
手塚会長も戸惑いがちに、頷いた。
「あ、あぁ。構わない」
『ありがとうございます。じゃなかった、……ありがとう。
会長って呼ぶのも、堅苦しいのかなぁ……』
「……ふっ」
『……!』
手塚会長が、笑った。え、私の敬語じゃない言葉遣いがそんなに面白かったのだろうか。
確かに今の私の「ありがとう」は滅茶苦茶固かった。なんか変だったけど。
へぇ。手塚会長って、そうやって笑うんだ。
しばしその表情を眺めていたけど、ぱちりと会長と目が合った。
『あっ、すみません。じゃなかった、ごめん。
私のため口、そんなに面白かった?』
「いや、そういう訳では……」
そういいながら、また会長の頬に笑みが浮かぶ。
いや、絶対面白かったんじゃん。それ。ちょっとむっとする。
「色々世話を焼いてくれて、ありがとう。木之本。助かる。
では、今週の会議でもその話し方で頼む」
『う、うん』
私の返事に、また少し会長が笑う。そんなに面白いかぁ……?

懇親会は、私のため口効果もあってか、随分盛り上がった。
私のため口と、案外話してくれる手塚会長の話や、部活監査担当君の盛り上げの会あって、終始笑い声が絶えなかった。
生徒会の1.2年生の中には、手塚会長がテニス部部長であることを知らない人もいた。
サッカー部部長の部活監査担当君と手塚会長の火花が散る場面もあって、なかなか見ごたえがあった。
今回もさりげなく私の隣に座ってくれた書記2年ちゃんが、
「今年の部活対抗リレー、テニス部とサッカー部、どちらが勝つか賭けませんかぁ?」
なんて言い出した時は、この子も結構面白いんじゃ?と思ったりもした。
新発見だ。

なんにせよ、今年の生徒会はうまくいきそうだ。
下校時間10分前に懇親会はお開きとなり、片づけを終わらせ、全員で生徒会室を出る。
『あ、ジャージ教室に忘れちゃった。
取りに行ってくるから、みんな先に帰ってて』
「はぁい! また来週です、副会長〜!」
随分懐いてくれた書記ちゃん達と反対方向に教室に行こうとしたら、すっと手塚会長が私の隣に並んだ。
「俺も忘れ物をした。一緒に行ってもいいか?」
『うん。いいよ。
手塚かいちょ……、手塚君は何を忘れたの?』
今は生徒会の時間じゃないし、こっちのほうがいいか。
2人で教室に向かって歩きながら、なんとなく話を振る。
「……電子辞書だ」
『うわ。それは困るね。週末に宿題が出来なくなっちゃう』
「あぁ」
つい女子と話す癖で、笑顔で同情してしまう。
手塚君はどうせ表情変わらないから、そんなことしなくていいんだった。
とか思いながらふと手塚君を見ると、思いのほか柔らかい表情をしていたから驚いた。
だから、自然とこんなことを言ってしまった。
『手塚君、なんか柔らかくなったね』
「柔らかく……?」
全く分からないという顔をする手塚君に、少し可笑しくなって、私はまた笑ってしまう。
「あまり自覚はないが、そうかもしれないな。
木之本も、最近よく笑うような気がする」
『え? そうかなぁ』
「あぁ。新生徒会になってから、木之本には色々と助けてもらった。
ありがとう」
『いえいえ。副会長の務めだもの』
「それで、その……、礼をしたいのだが」
『え?』
「再来週の日曜日、何か予定はあるか?
もし無かったら、1日貰えないだろうか」
……予定は、無いけど。
えっ? これは……? どういうことなの?
頭が追い付かないまま、取り敢えず返事をする。
『な、無いです……』
「そうか。良かった。
木之本は普段、どういうところで遊ぶんだ?
行きたいところとかはあるか?」
『そうだね……、ショッピングモールで洋服見たりとか、本屋に行ったりとか……。
カラオケとかスポッチャとかも行くかなぁ。
行きたいところ……? うーん。手塚君と出かけるなら、博物館とか行ってみたいかも。
手塚君は博物館とか、よく行くの?
なんか行ってそうなイメージあるけど』
「いや、あまり行かないな。だが興味はある。
では来週までに、近郊の博物館について調べて来る。
その時に集合時間や場所等について、連絡しよう」
『あっ、うん。よろしく……?』
丁度私の教室に到着した。
手塚君は「俺も取ってくる」と、彼の教室にささっと行ってしまった。
私は教室に一歩入って、立ち尽くす。
え? これ……、デートの誘いじゃないよね?
だって滅茶苦茶業務的だったし……。
礼? え? 副委員長として当たり前のことをしただけだけど……。
私にだけ?
「……木之本?」
『あっ! そ、そうだ、ジャージ……!』
いつの間にか私の隣に戻って来ていた手塚君が私の声をかけて、我に返った。
慌ててジャージを回収して、教室を出る。
「先ほどの話だが、そういえば返事を貰っていないな」
そう手塚君に言われて思い出した。確かに。返事をしていない。
『あの、えっと、行きます……。よろしくお願いします』
「そうか。よかった。よろしく頼む」
『は、はい……』
2人で廊下を歩く。
頬が熱いのは、落ちかけの夕日のせいか。
きっと、手塚君の頬も赤いから、夕日のせいだ。


恋ぞつもりて。
(淵となりぬる)

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -