焦る気持ちで、いつもより早いリズムで幸村君の部屋をノックする。
はい、と返事があった。私は食い気味にドアを開ける。
『幸村君、大丈夫!?』
幸村君はベットの上で上半身を起こしていた。
私を見ると、笑顔で頷く。
その様子に、私は安心して大きくため息をついた。
あぁ、見たところ元気そうだ。
荷物を部屋の隅に置いて、ベットのそばにある椅子に座る。
「驚かないで聞いて欲しいんだけど……、」
幸村君が口を開いて話し出すと、ふわりと花が幸村君の吐息から生まれて、幸村君の足の上、掛け布団の上に落ちた。
目を疑う。何もない所から花が現れた。まるでマジックだ。
布団の上の花と、幸村君を見比べてしまう。
私の様子に困った顔をしている。
聞きたい気持ちをぐっと抑えて、取り敢えず幸村君の言葉を待つ。
「俺、言葉が花になるみたいなんだ」
『……言葉が、花に』
「うん」
幸村君が話すごとに、まるで幸村君の吐いた息が花になるように、
何もない空間からふわっと、花が生まれては布団の上に静かに落ちる。
花だ。切り花が掛け布団の上に沢山、ある。
クリーム色や白っぽい、アネモネやバラや、名前の知らない花が布団の上に重なり合っている。
可愛いし、綺麗だけども。
『幸村君は、なんともないの?』
「うん。俺はなんとも。最初は驚いたけど、体に異常はないよ。
木之本にも、心配をかけて悪かったね。
どうやらこれは、病気ではないみたい。
呪い、かもしれないそうだよ」
『呪い?』
非日常すぎる光景を見せられ、非日常すぎる言葉を耳にすると、流石に怖くなる。
思わず深刻な顔になってしまったみたい。幸村君が慌てて「死んだりするようなものでは無いみたいだよ」と微笑む。
「この呪いは解けるらし。解く方法は分からないけど。
だから、そんなに心配しなくても大丈夫だよ」
『そ、そう……?
まぁ……、幸村君がそう言うなら。
体に別状はないんだよね?』
「うん。全然問題ないよ。
ただ、このまま出歩いたら、びっくりされちゃうだろうしね……。
それに花も散らかるし。
呪いが解けるまでは、大人しくしているつもりだよ」
そう言った幸村君の膝の上には、こんもりと花の山ができている。
確かに。幸村君の言う通りだ。
『そっか。じゃあ、早く解けるといいね』
「うん。
……で、その、君を呼んだ理由なんだけど」
『え? うん』
「その……。俺よく考えるんだけどさ。その。
大切なことは、言える時に言っておかないと、と思って……」
『? うん』
命に別状はないみたいだけど、幸村君は何か私に伝えたいみたいだ。
それも多分、真剣な話。
私は居住まいを正して、幸村君を見る。
「あの、俺、いつも君と話してると楽しくて。
いつも、俺に幸せをくれて、ありがとう」
『いえいえ、』
ふと、幸村君の言葉から生まれたお花が、布団の上に落ちる。
白い花の山の一番上に、一本、ピンク色の花が。
私の視線に気が付いて、幸村君が布団の上を見る。
そしてそのピンク色の花に気が付いて、焦り始めた。
「あっ、いやっ、これは、その……!」
その後も、ぽんぽんとピンク色の花が布団の上に落ちる。
白い花の上に、ピンク色が愛らしい。
突然どうしたんだろう。幸村君に変化があったわけでは……。
いや、話の内容が、変わったかな?
気になるけど、話の腰を折るのは良くない。
『ね、続き、聞かせて?』
ピンク色の花を一輪手に取って。
こんなに分かりやすいけど、私は笑って促してみる。
真っ赤になって気弱な表情をしていた幸村君が、視線を泳がせた後、私をまっすぐ見た。
真剣な顔だ。
「木之本……、
君のことが好きだ」
『……うん』
「……うん」
幸村君の部屋で、沢山の花の前で、幸村君の告白。
神妙な顔で、私は頷いて続きを促した。
でも、あれ?
『えっ、終わり?』
「えっ!? ……うん。終わり」
『好き、の、次は?
今後どうしたい、とかないの?』
「うーん……。気持ちを伝えられたら、それでいいかなって」
そう言って、幸村君が気弱な表情で笑う。
そ、そっかぁ……。私としてもは、もう一息欲しい所なんだけど。
ふと、幸村君の掛け布団の上を見ると、赤い薔薇が数本積もっていた。
数を数えると……、うん。丁度いい。
『幸村君、ちょっとこれ借りてもいい?』
「え? うん」
布団の上から赤いバラだけを選んで、小さな花束を作る。
私はそれを胸の前で持って、幸村君に向き会った。
幸村君は不思議そうに私のことを見ている。
『幸村君、さっき私に好きですって言ってくれたね。
ありがとう。私も同じ気持ちだよ』
幸村君の目が少し大きくなる。
そしてまた、顔が赤くなる。あぁ、本当に今日の幸村君は可愛いなぁ。
この呪いの影響で、感情表現が豊かになってるのかもしれない。
それか、また、追い詰められたのかもしれない。
彼は知っている、死の淵に、まで。
もしもそうなら、迎えに行くよ。私は、どこまでも。
7本の赤いバラを、私はそっと幸村君に差し出す。
『私は幸村君より欲深いから。
だから、もう一歩先が欲しいな。
お互い好き同士だから、ね。
私と付き合ってくれませんか?』
「っ……、俺で、いいの?」
真っ赤になった幸村君が、躊躇いがちに私に聞いてくる。
『勿論。私は幸村君のことが好きなんだから』
「ありがとう……」
幸村君が、嬉しそうに、そっと私の手から薔薇の花束を受け取る。
ぎゅうと花束を幸村君が抱きしめる。
その時、その赤いバラの花びらがふわりと舞った。
いつの間にか部屋中に沢山の花びらが舞っていた。
綺麗な光景に二人で言葉を失って、それから目が合って、二人で笑った。
花びらは少しずつ空気に溶け、いつの間にか全ての花がなくなっていた。
「木之本から貰った花、無くなっちゃった」
『また買ってくればいいよ。
あ、呪い、解けたね』
「え? あ、本当だ!」
不思議そうに幸村君が口元に手を当てる。
なにかぶつぶつと独り言を言っても、もう言葉が花になることはなかった。
『なんだったんだろうね?』
「あー…、うん。ちょっとわかった気がする」
『え? 教えて。気になる』
「えーと……。なんていうか、勇気をくれた、のかな」
『うーん? そうなの?』
よくわからないけど。
幸村君が幸せそうに笑っているから、これでいいかな。


恋草に咲く花
(積もった気持ちに、花が咲いた)

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