隣の席の甲斐君が、また眠りの国から帰ってこない。
次、移動教室なんだけどなぁ……。
名前を呼びかけたり、机に突っ伏した肩をゆすってみて、それで休み時間中に起きてくれたらいいほうだ。
こんな東京の進学校じゃありえない風景を見るようになったのは、一月ほど前くらいからだ。

ゴールデンウィーク明けの5月、私は親の都合で比嘉中に転校してきた。
最初の一週間は教室を覚えたり、友達を作ろうとしたり、色々躍起になってみたけど。
教室は覚えられたけど、友達は作れなかった。なんだろう、温度感が違う……。
学校生活にもなんとなく慣れたし、もうぼっちでいいかと腹をくくったら、
隣の席の男の子が、やっと視界に入った。
というのも、時々席にいない・だいたい寝てる・たまに起きてる、だから、意識しようにもできなかったのかも。
あとは、授業中に居眠りをして、休憩もそのまんま起きないときもある。
移動教室の時はそれが原因で席にいないこともある。つまり彼は遅刻欠席常習犯なわけだ。
ただ、隣の席の甲斐君は、運動神経はいいらしい。
体育の時は起きていたり友達に引っ張られていくけど、そうじゃないときは簡単において行かれる。
周りが薄情なのか、そういうものなのか。
ぼっちになって気が付いてしまった。
これは……、置いて行っていいのか?
なんとなく見捨てるのも辛くて、ある日、私は彼を起こしてみた。
その日たまたま、次の授業で出さなきゃいけない提出物(赤点救済措置のものだ)があったらしく、「起こしてくれて助かったさー」と感謝された。
それ以来移動教室のたびに起こしてあげるのが、なんとなく習慣になってしまって。
私が起こすようになってからこの数か月、以前よりも、彼が全力で寝てる頻度が増えたような気がする。気のせいかな……?
言い目覚ましが手に入ったから、全力で寝ていいと思ってない? 甲斐君?

なんて、甲斐君を起こすだけならまだよかった。
次第に私は、巻き込まれるようになった。

理科の授業前に、本当に甲斐君が起きなくて。
あと数分で授業が始まるって時に、やっと起きた。
やばい、けど大丈夫。休憩時間はあと数分ある。走れば間に合うはず。
目覚めた甲斐君は寝ぼけ半分に、引き出しやらロッカーやらをあさり始めた。
「あいー? 教科書どこいったかなー」
『私の見せてあげるから! 早くいこ!』
「じゅんに? 探すのにりーかったから助かるやー。
にふぇー」
『はいはい!行くよ!』
立ち上がった手ぶらの甲斐君の背を、片手で押して教室から出る。
流石に廊下で手をひっぱるのは恥ずかしすぎるから、甲斐君を見張りつつ歩く。
「あいっ、木之本。
ちょっとこっち来ちみー」
『授業始まっちゃうってー! 
……すぐ終わる?』
「おん!」
しょうがない。甲斐君に誘われるまま、廊下の突き当りから裏庭へ出る。
上履きのまま私も裏庭へ出る。
上履きの裏が汚れないように砂を避けて、できるだけタイルとコンクリの上を歩くことに集中する。

「見ちみー! ひまわり!
でーじでっかいさー」
『本当だ、凄いね……』
裏庭を少し歩いたら、そこに沢山のひまわりが咲いていた。
花壇の一区画分。整備されているから、だれかが植えたのかもしれない。
沢山のひまわりが青空の下で、太陽の光を花全体で受け止めるように、生き生きと咲いている。
裏庭なんて普通に生活していると来る機会そうそうないから、素敵な景色を見せてくれた甲斐君に感謝だ。
ありがとう、と伝えようと思った時、授業が始まるチャイムが鳴った。
『あー! 授業!』
「次なんだっけー?」
『理科だって。理科室に行く途中だったでしょう?
あー…、ここからじゃ数分かかるかな』
裏庭に立ち寄ったので、下手したら教室から直行するよりも時間がかかる気がする。
やってしまった。遅刻だ…。
中学って遅刻で悪い評価になったりするっけ?
遅刻なんてしたことないからわかんないけど。
まぁ比嘉中では生徒が授業に遅刻してくることなんて、日常茶飯事だ。
浮く、ということはそんなにないと思うけど。
自分の中で、なんとなく嫌なのだ。
甲斐君はまだご機嫌にひまわりを眺めている。
今の状態の彼を動かすのは、起こすのと同じくらい労力を使いそうだ。
しょうがないと、手ごろな日陰のコンクリの上に腰掛ける。
7月とは言え、夏服から出た二の腕が暑かった。
今だけは暗く湿っぽい理科室が涼しくてオアシスなのではと思ってしまう。
ぼんやりとひまわりと甲斐君を眺めていると、ふと甲斐君が振り返って、笑った。
「たまには寄り道も、悪くないだろー?」
『……』
その無邪気な笑みに、私はなんて言ったらいいかわからなくて、ただ調子を合わせるように笑って見せた。
私のその笑みに何か問題があったのか、甲斐君は笑顔をひっこめて、不思議そうな顔で私のところへ歩いてきた。砂を避けたりせず、真っ直ぐに。
「木之本って、何考えてるかわからんさー。
ちっと言ってみー?」
ちょっと顔を寄せられて、びっくりした。
半身引いて、焦りながら出てきた言葉。
『……怒らない?』
口から滑り落ちて、私もちょっとびっくりした。
私の混乱が解決する前に、甲斐君は笑った。
「おん。絶対」
甲斐君が笑って頷く。そして、すっと寄せていた顔をひっこめてくれる。
そっか。
その言葉を聞いて、私はちょっとほっとした。
ほっとしてからは、さらさらと口先から言葉がこぼれた。
『授業、遅刻しちゃったから。
ひまわり凄くきれいだったけど、遅刻してまで今見るより、昼休みとか放課後とかに見たかったなって。
多分その時だったら、もっときれいに見えてたと思う』
甲斐君の言う通り、素直に、私が思ってることを言う。
甲斐君がしてくれた行動を否定するようなことを思っていて、あまつさえ本人に伝えてしまうのだから、気を悪くしたらどうしようと内心ドキドキしていた。
甲斐君は、私の予想通りに全くいかない。ある意味今はありがたいけど。
やはり甲斐君は、けろっとしていた。
「花は花だばーよ?
なまも綺麗に見えるさー?」
『確かに花は花だけど、見る側の気持ちとしてさぁ……』
「あきさみよー。
授業おくれるーとか、気にしなくていいやんに?」
『……』
首をかしげて不思議そうに言う甲斐君に、また言葉を失った。
気にしなくていい……?
あまりにも、世界が違いすぎる考えだ。
学校にいく。授業にちゃんと出席する。
今まで当たり前に私を縛っていたルール。
それらを守ることが当たり前だったのに。
甲斐君に指摘されたことで、途端にそれが窮屈で、不要なことに気が付いてしまった。
そして今、目の前にいる甲斐君は、それに縛られていない。
そんな甲斐君は、私の思う常識からは外れているものの、どこまでも自由で、楽しそうで。……少しだけ、羨ましいと思ってしまった。
私も捨ててしまってもいいのだろうか、なんて考えてしまいそうになる。
いつの間にか甲斐君は私から数歩離れたところに移動していて、またひまわりを見ていた。
ふと甲斐君が視線に気づいて、振り向く。
「ここじゃあ誰も、気にしないぜー?」
『そ、そうだけどさ。
……いいのかなぁ?』
「いいに決まってるやっしー。
気楽にやればいいだろー?
木之本はでーじまーめー」
そういって甲斐君はけらけら笑った。
甲斐君を見てると、それでいんだろうなぁなんて思ってしまうから、やばい。
一回授業を遅刻してしまったが最後。
今後、少しずつ、甲斐君のように“てーげー”に染まって、ぐずぐずになっていく様子が目に浮かんだ。
このままだとダメになっちゃいそうだなぁ……。なんて、怖くも思うけども。
朱に交われば赤くなるってやつだ。それでいいのかもしれない。
大きくため息をついて、空を見上げてみる。
相変わらずの快晴。空が青くて風は清い。
こんな日に、大人しく教室にこもって勉強なんて。
確かに、飛び出してしまいたく、なるよなぁ…。

『クラゲとか、見に行きたいなぁ……』
そうぽつりとつぶやいてしまったが最後。
ガッ、と手首をつかまれた。驚くべきことに、隣に甲斐君がいた。
あれ? さっきまで数歩離れたところにいたよね…!?
そして、甲斐君は、キラキラとした目で、こっちを見ている。
「だーるよ! わんも! そう思ってたさー!
うり、いちゅんどーー!!」
『えっ、今から!?』
「だからよー!」
うり、といって私を無理やり立たせると、甲斐君は走り出した。
私は教科書を持ってるから、走りにくい。
え? まじで行くの?
まぁ、いいか。これからは、こういうのも!


Mixiiiiing!!!
(まじりあっていく、きみと、ここの空気に)

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