散切り頭を叩いてみれば文明開化の音がする!、言葉に新鮮味が無くなってきた、今日この頃。
今日の帰宅時にも、日常通り、柳沢が話しかけてきた。帝大の黒い軍服風の制服に、マントを自慢気になびかせて。
対する私は矢絣に海老茶の袴。どこにでもいる女学生スタイルだ。
どこにでもいる、学生達の帰宅風景だ。
「木之本! 今帰るところだーね?」
『そうだけど』
「あいすくりん、食べていかないだーね?」
『あら、素敵なお誘いありがとう。
いつもごちそうになって悪いわね?』
「お前、そればっかだーね」
そんな軽口を言い合いながら、行きつけのカフェーに二人で向かう。
通う学校は違えども、小さい頃からの幼馴染なので、こうやって寄り道するのは、よくあることだ。
流石に毎回ごちそうになってるわけではなく、私だってたまには出してる。
今日は、私がごちそうしてあげてもいいかな、とも思ってる。
そう思わずにはいられない理由があるから。

先週、私に縁談の話が舞い込んだ。
地方の旧家の呉服屋の子息が、私と結婚したいとのことらしい。
私も年ごろだから、縁談の話の一つや二つあってもおかしくない。
そしてこちらはそうそう相手を選べる立場でもないことも、承知済だ。
それにしても地方かあ。折角東京に実家があるのに、きっとこっちには戻って来辛くなる。
柳沢とも、こうして頻繁にお茶をして、しょうもない話をすることも、もうできなくなるんだろうなぁ。

「……聞いてるだーね?」
『あっ、ごめん。聞いてなかった。何?』
いけない。ぼーっとしてた。
行きつけのシックな色合いのカフェーで、いつものあいすくりんを注文して。
忙しそうに働く女給さん、高いところにあるステンドグラスの窓、おしゃれな照明を眺めたり。
人の話し声や食器のぶつかる音、適度な音量で流れているジャズ風の音楽を聞いているうちに、上の空になっていたみたいだ。
慌てて何でもないように装って、柳沢に続きを促す。
「父親が自転車を買ったんだーね。
俺も乗っていいって言われてるから、お前も乗せてやるだーね。
風が気持ちいいんだーね!
週末に河原とか、どうだーね?」
『週末かぁ……』
そろそろ色々、準備しなくちゃいけなくなるかもしれない。
答えを渋っていると、柳沢が不思議そうに私を見てきた。
「珍しいだーね?
新しい物好きの木之本が、即答しないなんて。
なんかあっただーね?」
鋭い。まぁ、そりゃ、私たちの付き合いは数年レベルではないから。
本当は言ってしまいたい。縁談の話があること、私はそれに乗り気じゃない事。
添い遂げたい相手は……。
『ううん、なんでもない。
週末の件は、一旦保留でいいかな?』
私がすべてを隠して笑っても、柳沢はじっと私を見ただけで、「了解だーね」と詮索せずに受け入れてくれた。
嗚呼、そんなところも。
ありがとう。と、私は小さくお礼を言うことしかできなかった。


それから数日が経った。柳沢への返事はまだしていない。
思えば、なんで保留なんて言い方してしまったんだろう。
確実に行けないに決まってたのに。そう言ってしまえばよかったのに。
一体私は、何の可能性に、かけていたんだろう。
そんなこんなである日帰宅すると、母がひそめた声で、私を居間に呼び出した。
嫌な予感がした。話を聞いてみると、やはりというべきか。
私の縁談は破談になったらしい。相手の家から断りの申し入れがあったそうだ。
なんでも、縁談予定の家は、実は旧家の呉服屋ではなく、呉服屋に染め草をおろす商家だったらしい。
父は最近それを調べ上げ、こちらから断ろうと思っていた矢先、先方からの申し入れが先に入ったそうだ。
これはその相手に直接聞いた話ではないけれど、その潰れかけた商家は、最近とある財閥の傘下に入れてもらえることになったそう。
しばらく傘下に入る関連で忙しくなりそうだから、この縁談はなかったことにしてほしいというのが本音だろう。
そもそも私に縁談を持ちかけたのは、先方の状況的に持参金目当てだったのだろう。
財閥の傘下に入り安定を得られた先方としては、こちらとの縁談は、もうどうでもいいのだろう。
つまり、お金目当てに持ち掛けて来られた縁談は、謎の財閥によって破談になった、ということだ。
私はしたくない縁談をしなくて済んだし、先方も金銭的安定を得られたから、悪くない結果だ。
ただ私の縁談が消えた理由を、どう世間に説明するかだ。
私が、ちょっと残念な女になりかねない。こればっかりはため息だ。
母親の顔色もよくない。父親なんて立腹だろう。私に甘いから。
夕食の時間まで一人になりたいところだが、母親がまだ立ち上がらない。
話はまだ終わらないのか。
「今回の縁談は本当に残念だったわね。
でね、心理的にいちかもまだちょっと整理がつかないと思うんだけど。
もう一つ話があってね…」
やっぱり。仕方ない、もうまとめて聞いてしまおう。
後回しにしていいことなんて、何もない。腹をくくって母を真正面から見つめる。
「先方を傘下に入れた財閥がね、いちかに縁談を、って」
『……なるほど? ちなみになんて所?』
その財閥も縁談相手を探していたのか。フォローのような、あまりにも完璧なタイミングだ。
こちらに拒否権はないみたいなものだけど、どうせなら安定してて、東京の財閥の名前が聞きたいなーなんて思っていたのも束の間。
母の名前から聞いた財閥の名前は、毎日のように呼ぶ幼馴染の家の名前だったのだ。

週末、待ち合わせ場所に行くと、自転車と一緒に柳沢が待っていた。
結局明確な返事は出せず、保留としか言ってなかったのに。
柳沢は私に気が付くと、驚きもせず、「よっ」と片手をあげた。
私はどんな顔をしたらしいか分からなかった。
それだけで柳沢は色々察したのか、「とりあえず河原まで行くだーね」と言った。

二人で待ち合わせ場所から河原までの道を歩く。
自転車を押してるからか、いつもより柳沢はゆっくり歩いている。
表情を見られたくなくて、ちょっと後ろを私が歩くから、余計遅く感じる。
人気もまばらになってきたあたりで、どうやって切り出そうかと迷っていたら、
予想外に柳沢のほうから口を開いた。
「木之本、怒ってるだーね?」
『え? 何が』
「縁談、潰したこと」
『潰したって、表現』
ちょっと笑ってしまう。確かに、そうかもしれないけど。
少し気まずそうに、柳沢が続ける。
「家に振り回されて、木之本が苦労しかねない縁談は見過ごせなかっただーね。
俺の家からも縁談の話を上げといたけど、嫌だったら断ってくれても……、」
『え? ちょっと待って? 止まれ』
強引に遮って、柳沢の足を止めさせる。自転車邪魔。
柳沢と向き合う。いつもの阿保みたいな笑顔、どこ行った。
あ、でもそれは、私もそうか。
『私がいつ、嫌だって言った?』
「……は?
え、いや、だって……、
木之本、自動車屋に嫁ぎたいとか、武士の旧家がいいとか、
色々言ってただーね?」
確かに。それは言った記憶がある。
図星過ぎて一瞬言葉に困った。でも、それは人前だから。なんで察してくれないの。
『っそういうのは! 女子ならだれでも見る夢でしょ? 建前よ!
現実を見るなら……、あんたでいいよ』
「無理することないだーね?」
うわ、なんだこの男。私の言葉を全く信じてない、冴えない表情をしている。
『あーもー! 本当に鈍い! あんたがいいって言ってるの!
世界中の誰よりも、私は柳沢がいいってこと! 馬鹿!』
言ってしまった。女子に言わせるとか、本当ありえない。
信じられないといったように、柳沢がぱちぱちと瞬きをしている。
口半開きだし。阿保面。
そしてその阿保面が、見慣れた、ちょっと崩れたように笑う。
いつもの見慣れた、阿保面だ。
「木之本、お前。
ちょっと、男前すぎるだーね?」
『馬鹿。男前かもしれないけど、心は乙女だから。
私のこと、世界中で1番幸せにしてよね?』
「任せるだーね。
ま、木之本のことなら、誰よりわかってる自信あるだーね」
そう言って笑う柳沢は、なかなか頼もしかった。
まぁ、確かに。その通りだと、私も確信できる。
伊達に幼馴染続けてないもんね!


岡惚れどころか 本惚れ数年 思い遂げたは数分前

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