平日、晴天。住宅街に建つ平凡な私の家では、鳥のさえずり、たまに歩く人の声、
もっと稀に、車やバイクの走る音が聞こえる。
宿題は午前中に終わらせた。お昼を食べ終えて、暇を極めた私は、ついにスマホに手を伸ばす。
メッセージアプリを開いて、上位3位に常にいる隣の家の幼馴染に、「今暇?」のメッセージを送る。マナーモードを解除して、スマホを目立つところに置く。
軽く部屋を片付けて、スマホを確認。「暇。」というシンプルな返信が来ていた。
「話さない?」と送って、やり取りしている相手の家がある側の窓を開ける。
カーテンが風にはためいて、春の花の香りがする。
そして数分後、足音がして、隣の家のカーテンと窓が開いた。
現れた私の幼馴染の少年は、私を見て「よっ」と軽く片手をあげた。
私も窓に近づいて、軽く片手をあげる。
『やっほー亮ちゃん』
「おー」
『何してた?』
「宿題やって筋トレして犬の散歩して飯食ったとこ」
『分かる。私もそんな感じ。本当暇だよね〜』
窓枠に肘をついて、ちょっといじけてみる。
いや、亮ちゃんが悪いわけじゃないから、亮ちゃんの前でいじけてみてもしょうがないのだけども。
同じく暇をしていた亮ちゃんが、いくつか提案してくれる。
「なんかゲームするか?
それかトランプとか」
『んー、家から出るのもなぁ』
窓から手を伸ばして盛る。ババ抜きのできない距離だ。
亮ちゃんが手を伸ばしても多分届かない。2mくらいの距離。
それを話したら、ちょっと笑われた。
「俺の家に来てやればいいだろ」
確かにそう。そうすれば、問題は何もない。
小さいころから私と亮ちゃんは両家を行き来しているから、リビングや部屋で遊ぶ程度、見慣れた光景だ。もはや自分の家のような感覚すらある。
ただ。なんとなくうっすらとある問題。
『外出自粛って言われてるからねー』
「二人で遊ぶくらい問題ないだろ」
『ま、そうだけどさ』
窓からこうやって話すことは、よくある。お互いの家で遊ぶことも、よくある。
勿論今からだって私の家から出て、亮ちゃんの家に行くこと自体は全然可能だ。でも。
『なんか遠距離恋愛してるみたいで、楽しくない?』
「はぁ?」
この状況を楽しんでみるのも、また一興かと。
そして、この手の話で亮ちゃんをからかうのは、楽しい。
不機嫌そうに「木之本とは付き合ってねーし、遠距離恋愛ってほど離れてもねぇ!」とか不機嫌そうにツッコミを入れつつも、窓辺から離れない亮ちゃんが、私は愛しくてたまらない。
『じゃあ、報われない恋かな?
ロミオとジュリエットみたいな!』
「はぁ…? どんな話だ、それ」
『シェイクスピアの有名な話だよ。
ロミオとジュリエットの両家は昔から対立してるのに、二人は恋に落ちてしまうの!
まさに禁断の恋よね』
「……楽しい話には、聞こえねぇけど?」
『燃え上がる恋がいいんじゃない! 立ちふさがる障害をどうやって越えるのか。
物語はそこを見るのが面白いんだよね。ロマンがあるよね』
「そういうのは、跡部とか長太郎と話したほうがいいんじゃね?」
『まぁ二人はロマンチストそうだからね。面白い返しをくれるかも。
亮ちゃんだったらどうする?』
「は? だから俺はそういうの向いてねぇって」
『でも亮ちゃんの意見が聞きたいのー。
ね、どうする? 
私たちはロミオとジュリエットで、私たちの家は対立してるから、家には遊びに行けないの。
窓越しで、両親には知られないように会話することしかできない。
さぁ、どうする?』
「面倒くせぇな……」
亮ちゃんが腕組みをして考える。そのうつむきがちな表情を、私はじっと見つめながら待つ。
少ししてから亮ちゃんが「そうだな」と口を開いて立ち上がる。
「俺の部屋から木之本の部屋までって、2mくらいだよな?」
『え? うん』
亮ちゃんが身軽に窓枠にお尻を乗せる。足を窓の外に出してぶらぶらさせる。
小さい頃は私もよくやったものだ。実際に二階の窓から落ちたことはないけど、下を見ると少し高くてくらっとする。
亮ちゃんは窓枠に手をひっかけて身を乗り出し、もう片方の手をギリギリまで私に伸ばす。
「そっちに行く。本気出せば届くだろ」
ほぼ窓から身を乗り出して、今にも本気でこっちまで来そうな意気込みすら感じさせる表情、真剣にこっちを見る目に、ちょっと面食らった。
『落ちたら結構ケガするよ?』
「例え話だろ?」
『そ、そうだけど……』
「んで、お前を攫ってどっか行く」
『おぉ……、亮ちゃん男前〜』
「これしか思い付かねーからな」
自信満々に私を攫う宣言をした後、ちょっと照れ笑いをした亮ちゃん。
なんというか、ちょっとびっくりした。
まぁロミオとジュリエットという体での話だけど。
そうやって真っ直ぐに、私と一緒にいることを選んでくれるのは、うれしかった。
でも確かに亮ちゃんは≪一回死んでみる作戦≫とか。
回りくどいのは、似合わない。
それにきっと亮ちゃんは見抜けない。いつだって素直だから。
そんな亮ちゃんじゃ、悲劇に至りかねない。想像してちょっと苦笑しそうになる。
「……で? 満足したかよ」
ちょっと照れたように、ぶっきらぼうに亮ちゃんが言う。
今更恥ずかしくなったのか、窓の縁にもたれかかって、横目で私を見ている。
そんな仕草もどうしようもなく愛しくて、つい笑ってしまう。
『うん、それはもう』
そう答えると、亮ちゃんも少しは機嫌を直してくれたらしい。そうか、と頷く。
「じゃ、次は俺に付き合えよ」
『ん?』
亮ちゃんに付き合うとは。ちょっと予想外で、首をかしげて次の言葉を待つ。
「チーズの散歩。
俺が木之本と歩きたいとかじゃねぇぞ!
そのほうがチーズも喜ぶから……、
ってオイ! 何笑ってんだ!」
『っふふ、ごめん。
いや、私たちらしくていいなぁと』
途中までそっぽ向いてたんだけど。
笑ってしまったのがばれて、また亮ちゃんに照れ怒りさせてしまった。
うん。いいね。チーズ(亮ちゃんちの犬)の散歩。
私たちには、遠距離恋愛も禁断の恋も、似合わない。
相応しいのは平和と日常。そして少しの喜劇くらいだ。
『すぐ行く。家の前で待ってて!』
亮ちゃんが、おうと頷くのを見てから、窓とカーテンを閉める。
髪を縛り靴下をはいて、携帯財布家の鍵を持ってスニーカーを履く。
ガラスの靴がなくても私のヒーローに会えるというのは、つくづく幸せなことだと思う。



私たち版・ロミオとジュリエット

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