彼が私の家にいても、私が対して気に止めない、というか、慌てない理由は二つある。一つ目は、よく彼が私の家に出入りするので、もう兄弟のような感覚であったこと。それから二つ目に、私には意識しているとある男性がいたからだ。それは五つ年上の会社の上司で、たまに私を夕飯に誘ってくれるその人を、私は好きだったのだ。なのに、どうして。
クリスマスも近づいてきた今晩、また彼が誘ってくれたので、私は以前から聞きたいと思っていたことを聞いてみた。
クリスマスのご予定はどうするんですか、と。彼のはきょとんとして「家で家族と過ごすよ」と言った。
どうやら彼は妻子のいる身で、私と食事に行くのは気分転換のようなものだったらしい。つまり遊び。家庭も円満で別れるつもりはないと。そんなの聞いてない! じゃあ初めからそういう素振りを見せろよ! 上司と別れてから私は帰り道にあるコンビニでお酒を大量に買い込んで、家までは泣くものかと堪えつつ家に帰った。そして鍵の空いている玄関で、ふとアポロさんがいることを思い出したのでした。

うわあ。今日は一人で呑んで泣きたかったのに。そういう金曜日だったのに。鍵は閉めたが靴も脱がずに玄関で立ち竦んでいると、灰色のスウェットを着たアポロさんが出迎えにやってきた。
「何かあったんですか?」
私の様子を見てから、アポロさんはそう聞いた。気のせいか、いつもより優しい感じだった。
涙が頬を伝う前に袖で拭って、うつむいたまま首を横に振った。
彼は「ふむ、そうですか」と言って袋を持つ私の手を解いて、お酒の入った重い袋をそっと持って行った。そしてリビングの手前で振り返った。
「今日の夕飯、鍋の予定でしたよね?
特別に私が作って差し上げてもいいですよ」
だから、早く着替えて顔を洗ってきなさい。そう言ったアポロさんに、私は鼻をすすってから、首を縦に小さく振ったのであった。

今日だけはこいつがいてよかったと思った。二人で炬燵に入って鍋をつつきながら、私は溜まりに溜まった愚痴を聞いてもらった。お酒も手伝ってか私の口はすらすらと動いた。上司の笑う声も頷くしぐさも思い出すだけで腹が立つ。もう二度とあんな奴には会いたくない等、私は散々言い散らかした。
一通り喋り終わって私はふわふわ眠くなっていた。頭を炬燵の机にくっつけると、机はひんやりしていて気持ちよかった。
『アポロさん、私眠たいです』
「炬燵で寝てはいけません、風邪を引きます」
『ベットまで運んでください』
「ほう? それは誘っているのですか?」
びっくりして慌てて顔をあげるとアポロさんはにやにやしていた。
『ふざけないでください、何言ってるんですか』
「ふざけてなどいませんよ。
お世話になっている隣人の女性がどうやら傷ついているようなので、体で慰めてあげようと思っただけです」
『ばっ、ばか! やだ! 変態!』
慌てて炬燵から出ようとして、炬燵の布団部分に手をついて立ち上がろうとしたら、変なところに手をついたせいで体ごと前に滑り、机に額をぶつけた。痛いし恥ずかしい。からからと笑うアポロさんの声が聞こえて、今度こそ慎重に立ち上がって振り返り、おやすみなさいと低い声で睨みつけた。
「私も寝ます、仕方ないから添い寝してあげましょう」
『いいです遠慮します!』
「でも、今晩は冷えるでしょう?」
リビングを出て寝室に一歩踏み込むと、確かに部屋は寒かった。エアコンをつけておけばよかったと後悔が押し寄せる。もそもそと布団に入るが、寒い。これは布団が温まるには時間がかかるだろう。
「寒くないですか?」
ついてきたアポロさんが開いたままのドアから私に聞いた。顔は見てないけど、にやにや笑ってるんだろう。寒いかなんて、そんなの聞かなくたってわかる癖に。ああもう、どうにでもなればいいんだ!
『寒いです、アポロさん』
私は彼に背を向けてぼそぼそと言った。そうですか、という彼の声と、ドアが閉まる音。それから足音がして、布団にアポロさんが入るもそもそという音。
「失礼します」
アポロさんの腕が、私のお腹に回る。背中には彼の体温を確かに感じる。これは、たしかに寒くない。いやでも私の心臓の音がよく聞こえる。私は彼の手に自分の手を重ねて、目を閉じた。すぐに眠るのは、難しそうだ。


寒くない二日目。




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