私には好きな女の子がいる。クラスの大人しく可愛い、とある女の子だ。そして私はある日その女の子に助けられた。黄緑色の隊服、学校とは違うショートヘア、大きな斧を振るうその女の子は私を見ると驚きに目を大きくした。近界民との戦闘が片付いて、私が一方的に思いを寄せる女の子……小南桐絵は、同じチーム?の青い服の人と話していたけど。私は武器を持っていない彼女の手を勝手にとって大きな声で宣言した。
『私も、ボーダーに入る!』

入隊テストに合格し、私はボーダーに入ることが出来た。しかし桐絵ちゃんはボーダーの中でも特別な「玉狛支部所属」で、私は同じチームになれなかったし、その他にも色々違うとわかって落ち込んだ。けど、必要以上に桐絵ちゃんに好き好きアピールを振りまく私を、桐絵ちゃんは憎からず思ってくれたようで、時々桐絵ちゃんは玉狛支部に呼んでくれるようになった。
「今日は私が夕飯当番だから手伝いに来なさいよ」とか「私のカレー好きなんでしょ?」とか。桐絵ちゃんが呼んでくれるならどんな用事でも行くと伝えているのに、私が言葉を尽くして桐絵ちゃんのご飯を褒めたからか、彼女はよく食事当番の時に呼んでくれる。おかげで私は桐絵ちゃん以外のご飯を食べたことがない。余談だけど。
それにしたって桐絵ちゃんと一緒にご飯を作るのは楽しい。桐絵ちゃんが仕方なく用意してくれたお揃いのエプロンをつけて『新婚みたいだね』と微笑んだのは記憶に新しい。私が『桐絵ちゃん、エプロンに合うね』と褒めると、彼女は照れ隠しのように「エプロンが似合うって微妙じゃない?」と唇を尖らせた。
『えー? エプロンだけじゃないよ。桐絵ちゃんはなんでも似合うと思うよ。私、桐絵ちゃんのウェディングドレス姿が見たいな』そう戯れに言うと、桐絵ちゃんは肩をすくめた。「誰と結婚するのよ」その台詞に、私は何気なくを装って『もちろん私。私はパンツルックにしようかな』なんて言ってみる。調子に乗らないでと怒られるかなと思いながら、隣で鍋をかき混ぜている桐絵ちゃんを盗み見る。彼女は少し考えた後、思いついたようにぽつりとつぶやいた。
「あんたもドレスにしなさいよ、パンツよりそっちのが似合うわ」
桐絵ちゃんのその言葉に、私は思わず付け合わせの野菜を切る手を止めて、彼女を見た。
『本当!? 桐絵ちゃん、私と結婚してくれるの?』
「えっ? あっ! そういうことじゃないわよ! あたしたちまだ17よ? 結婚なんて早すぎるっての!」
桐絵ちゃんが私の問いかけでやっと自分の言葉を理解したらしい。熱気で蒸された赤い顔で否定する。私は笑顔で彼女の否定を『そうだよね』と受け止めた。
私は自分の異常さを再認識して、一人自嘲した。

私の記憶で一番幸せであったであろう日を、走馬灯のように私は思い出していた。不運にも私が防衛任務の日、いつもの数倍かわからない量の近界民が攻めてきた。非番の隊員を集めてはいるものの、町はどんどん荒らされ、ボーダーは劣勢と言わざるを得なさそうだ。
一体の近界民と戦う間に、他の近界民が建物や橋を壊していく。やめて、桐絵ちゃんの愛した町を傷つけないで。桐絵ちゃんの大事なものは、私が死んでも守る。ベイルアウトなんてしない。少しでも町を、桐絵ちゃんのために。
片手片足が無くなり、本部から撤退命令が出ても、私は無視し続けた。そろそろトリオン漏出過多かな、なんて思っていたら、近界民の手がぬっと伸びてきた。この手は押し潰す手ではない、目的をもって連れ去ろうとする手だ。ここまでか。最後に目を閉じて、桐絵ちゃんの笑顔を思い出した。
目を閉じてすぐ、刃物が硬いものを切り裂く音がした。目を開けて私が見たものは、跳ねた後ろ髪と、生命力の若葉色。
『きりえちゃん……?』
私は小さい声で名前を呼ぶ。幻覚かと思った。
振り返った桐絵ちゃんは私を見るなり、なにもかも吹き飛ばしそうな怒声を上げた。
「何してんのよバカ!!!!」
近くに居た数体の近界民を一瞬でがらくたにすると、桐絵ちゃんは地面に転がった私を抱き起した。
遠くからはまだ近界民の暴れる音が聞こえる。
『桐絵ちゃん、私のことはほっといていいから、』
先に行って。そう言おうとした私の言葉は桐絵ちゃんに遮られた。
「バカな事言わないでよ!! あんた、私のウエディングドレス姿、見たいんじゃなかったの!? こんなところで死ぬんじゃないわよ!」
桐絵ちゃんが怒ってる。彼女はさっきからなんで怒ってるんだろう。私は桐絵ちゃんのなんの役にも立ててないみたいで、無力さが歯がゆくて情けなくて泣きたくなった。目の奥からじんわりと涙があふれてくる。
『ごめんね、桐絵ちゃんの大事なものを守りたかったの』
「あんたもその一員なのよ、ばか」
私を見下ろす桐絵ちゃんの翠色の瞳から涙が零れ落ち、私の頬を伝った。そっか、私も、桐絵ちゃんの世界に居たんだ。
轟音が近寄ってくる。戦闘はまだまだ終わらないようだ。桐絵ちゃんは鋭い瞳でその方角を見た。私の頭を撫で落ち着いた口調で言った。
「早くベイルアウトしなさい。あたしもすぐに行くから」
私はその言葉に今度こそ素直に頷いて、光とともに本部へ帰還した。

ぼすん。傷ひとつない生身が、ベイルアウトマットに落ちた。
不謹慎ながら、私は幸せをみ締めていた。今死んだ方がいいな、私。桐絵ちゃんの腕の中で意識を失った。死ぬならあの死に方がいい。
マットの上でそんな妄想に耽っていたら作戦室の扉が開いた。そこには怒った顔の桐絵ちゃんが立って居た。
桐絵ちゃんはつんとした顔のままつかつかと部屋に入ってきて、マットの上に腰を掛け足を組んだ。私は起き上がって桐絵ちゃんの隣に座った。機嫌を伺うようにそっと話しかける。
『桐絵ちゃん、さっきは助けに来てくれてありがとう』
「ふん。弱っちいのを助けるのも仕事だもの。それで、あんた週末暇? 暇なら玉狛に来なさいよ」
桐絵ちゃんの口調は不機嫌そのものだけど、一応返事はしてくれた。ほっとして、どんな贖罪でもしようと思ったけど、私はカレンダーを思い出して首を傾げた。
『いいけど、あれ? 週末は夕飯当番じゃないよね?』
「夕飯じゃない。選ぶのよ、ウェディングドレス」
バツの悪そうな声で、桐絵ちゃんがぼそぼそと呟く。突然の呼び出し理由に、私は首を傾げた。
『どういう意味?』
「なんでそんなに察しが悪いわけ!? 着てあげるって言ってるの! あんたの夢、叶えてやるわよ!」
真っ赤な顔の桐絵ちゃんに、私はやっと彼女の言いたいことを理解をした。そして狼狽えた。
『……いいの? だってウェディングドレスって、結婚前に着ると婚期が遅れるとかあるし』
あれ、私は何を言っているんだろう。最悪の状況を先に潰しておきたい、そんな保身の言い訳じみた言葉が出てくる。
彼女はそんな私を「なに馬鹿なこと言ってるの?こいつ」と言う瞳で見た。そして一言。
「あんたと結婚するんだから別にいいわよ」
『へ』
開いた口がふさがらない。今度こそ私は何も言葉が浮かばなかった。ぱちぱちと瞬きをしながら桐絵ちゃんを見る。桐絵ちゃんは私の前でよくする照れた顔で、ぽそぽそと言葉を続ける。
「籍とか結婚とかはまた考えるとして、ウェディングドレス着てあげる。結婚の約束もする、あんたの夢を叶えてあげる」
『なんで……?』
混乱から私の言葉は短いものしか出てこない。そんな私を気にもせず、桐絵ちゃんは私の手を取った。必死そうな瞳は、何かに怯えているようだった。
「だからあたしの言うことも聞いて」
『な、なに?』
桐絵ちゃんの為だったら何でもできる覚悟はしていたけど、彼女は何を私に求めるのだろうか。世界征服でも世界救済でも、彼女の為なら身を粉にできる。私は桐絵ちゃんの手に手を重ねた。
「あたしより絶対先に死なないこと」
ぎゅうと、痛いくらいに桐絵ちゃんは私の手を握った。何を約束させられるのか、緊張していた私は胸をなでおろして笑った。その約束なら、できそうだ。
『えー? 桐絵ちゃんったら心配性! もうあんな無茶しないよ』
「絶対よ? 絶対だからね? あんたはあんたの身を守ること。……約束して」
桐絵ちゃんの不安そうな瞳が私を射抜く。この瞳の前で私は絶対に嘘はつかない、いやつけそうもない。『約束するよ』私がしっかり頷くと、やっと桐絵ちゃんは笑った。私もつられてふふふと笑う。
『ありがとう桐絵ちゃん』
素敵な約束だねと私が笑うと、桐絵ちゃんは慌てて口をつんと尖らせた。
「違うわよ! あたしのためだし!」
その言葉に、私は更に嬉しくなってしまった。そう、私は桐絵ちゃんの世界に生きているのだ。私は桐絵ちゃんのために、将来を誓うのだ。


真っ白な誓い

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