六月二十七日。今日は防衛任務だった。いつもよりボーダーから遠いところにゲートが発生したこと以外は通常通りで、その地区担当の私たちの部隊が討伐に向かうことになった。到着してみるとゲート発生時に確認した数より何体か増えていたので、増援を要請してから私たちは討伐を開始した。
B級中位の私たちでは増援が来るまで食い止めるどころか、攻撃手がトリオン漏出過多でベイルアウトしてしまい、狙撃手と私だけに。困ったなぁ、私もどちらかと言えばサポータータイプで火力としては不十分なのに。狙撃手と二人で少しずつ数を減らしていたら、私の背後から丸いアステロイドが飛んできて、一発で近界民を破壊した。振り返ると髪を風に揺らした加古ちゃんが屋根の上に立って居た。
『加古ちゃん、来てくれたんだね! あれ、今日非番じゃなかったっけ?』
「そうよ。たまたまボーダーに来ていたら手を貸してほしいって頼まれちゃって。紫苑ちゃんが困ってるって聞いたから、特別に助太刀に来たの」
私も屋根の上に上がり、加古ちゃんと連携して一体ずつ近界民を倒していく。火力が上がったので随分と倒しやすくなった。
『助かるよ、本当にありがとうね』
「ううん、可愛い紫苑ちゃんのためだもの。それより、ねえ紫苑ちゃん。これが終わったら防衛任務は交代の時間よね?」
『え、そうだけど』
「じゃあ終わったら甘いもの食べに行かない?」
『甘いものか……。さすが加古ちゃん、余裕だね』
今まさに近界民と戦っているというのに、加古ちゃんは余裕たっぷりの涼しい顔だ。まさに強いから美しいと言ったところか。私はまだ全然その域に達してないので、緊張しながら一体一体突撃銃で相手をしている。正直加古ちゃんと雑談をしながらなんて余裕はない。私は結構必至だ。
「余裕って程じゃないけど、この後のご褒美があった方がやる気が出ると思わない?」
『それは確かに。じゃあ行こっか』
「うふふ、やったわ! 今の時期だとマンゴーや白桃のケーキが出てるころかしら。でもショートケーキやガトーショコラも捨てがたいわね」
余裕な彼女の独り言に、私は笑い声で返事をした。さて、私もご褒美のために全力を出し切らないとね!

加古ちゃんのおかげで数十分で討伐完了となった。レーダーでも討ち漏らしはないとのことで、少し離れた所を狙撃ポイントとしていた狙撃手も撤退を始めたらしい。
「さて、私達も本部に戻りましょう」そう言って上機嫌の加古ちゃんが手を差し伸べてくれる。ちょっと休憩、なんて発想は彼女にはないらしい。パワフルだなあ。
「あら、疲れたかしら? じゃあ私がお姫様抱っこしてあげるわ」
『それは流石に恥ずかしいって!』
「誰も見てないわよ」
確かにここは警戒区域だから彼女の言う通り人目は無いけど、三門市には近界民対策として大量の監視カメラがある。一般の人の目に触れないだろうけど、ボーダーのカメラには映ることは避けられそうもない。
待ちきれないわ、そう言いたそうに口をとがらせる加古ちゃんに、彼女がそうしたいならいいかと、私は両手を彼女の方に伸ばした。彼女は嬉しそうにほほ笑むと私を軽々と横抱きにして、ボーダーへ向かって屋根の上を軽快に駆けはじめた。

加古ちゃんは同性の私から見ても強い。強くて美しい。しかし強いというのは多分、実力だけじゃない。心の持ちようとか余裕とか、そう言ったものからにじみ出るものがある。
だからこそ、彼女は『強いから美しい』のだと思う。彼女からこうやってぐいぐい来てくれなければ、私と彼女は横に立つことすらなかったかもしれない。私が抱えるささやかな引け目なんて知らずに、今も一緒にケーキを食べに行くために私を抱き上げてボーダーへの帰還を急いでいる。
何も言わなければ颯爽と帰城する女騎士みたいだ。そんなことを思っていたら唐突に加古ちゃんが口を開いた。

「ねえ、紫苑ちゃん。いつかこうやって紫苑ちゃんを守る役割は、私じゃなくなるかもしれないわ」
『え、どういうこと?』

なんていうか、マイペースな彼女らしい突然の台詞だ。ツッコミどころが多い。今私って守られてるんだ、とか、いつか代わりが現れるってこと?とか、それは誰なんだろう、とか。
彼女には色々なことを相談しているから、彼女には何か心当たりがあるのかもしれない。私の聞き返しに、彼女はいつものようにミステリアスに笑った。
「でも勿論、私が許可を出すくらい強くてかっこいい人じゃないと、このポジションは譲れないわ」
『加古ちゃんの合格が出ないと駄目ってことね。じゃあ審査のほど、よろしくお願いします』
「ええ、任せて。それまでは私が紫苑ちゃんの事をしっかり守るわ」
『よろしくお願いします』

加古ちゃんの肩に甘えるように頭を預けて、私はそう言った。彼女の笑い声が頭のすぐ上から響いてきて、私も笑った。
どうして加古ちゃんはこんなに私に優しいんだろう。ただ単に、同期の女子が私達二人しかいないから? それとも私があまりに頼りないから? どっちもな気もするし、なにかほかの理由があるのかもしれない。
そんなとりとめもないことを考えていたら、あっという間にボーダーの出入り口に到着した。加古ちゃんは私を下ろして自然に私の手をとった。
トリガーで開いた扉をくぐる前に、彼女は私を見つめて「好きよ」と優しい声で言った。私も彼女を見つめ返して『私も。加古ちゃんのこと好きだよ』と返す。加古ちゃんには振り回されるし勝手にコンプレックスを抱いたりしてるけど、でもいい友達だと思っている。だから私は迷わず即答して笑った。
加古ちゃんは嬉しそうに笑ったのを見届けて、私達はどちらともなく一歩踏み出し慣れ親しんだボーダーの中へ入って行ったのだった。


姫百合の君

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