ざわざわと大人数が存在する会場で、私はふと見覚えのある後ろ姿を見かけた。茶色い髪、伸びた背筋。私は確信を持ちたくて、回り込むように会場の柔らかい絨毯の上をふわふわと歩いた。そして彼の横顔を見て、回れ右をした。
えっ、やっぱり二宮君だ……!? なんでこんなところに……?
私は慌てて二宮君から距離を取るように、壁に向かって歩いた。いや、お互い結婚適齢期なわけだし、この場にいてはいけないということは無いんだけども。でもこう、似合わないかな……と言うのはある。
二宮君と私は同じ歳で、ボーダー入隊も私が少し遅かったかなくらいのほぼ同期だった。と言っても二宮君はあっという間にB級、A級と上がっていったので、同期という親しみやすさはあまりない。
防衛隊員としての私の成績は《良く言って普通》くらいだったので、後輩が育ってきた頃に人手の足りない本部の部署に入ることになった。現在もボーダーで二宮君が前線で活躍していることは知ってる。二宮君は高嶺の花だ。私の中で。恋とか言うレベルではない。だからなんというか、案外私と同じ世界に彼も居るという現実に、びっくりしてしまったのだ。
というか私、二宮君を見かけて良かったのかな。いや? 実は見間違いだったり? 私はもう一度視線を彷徨わせた。二宮君は背が高い。案外早く横顔を見つけた。うーん、やっぱり二宮君だよね? そうだとしても、誰にも言わないので、私。彼のためにも周りのためにも。
そんなことを思いながらじっと彼を見ていたら、ぱちりと目が合った、ような気がする。彼は人と話していたし、私を見たのではなく私がいる方向へ顔を向けていただけだと考えるのが妥当だろう。その証拠に彼の視線はすぐに他へ移った。しかし、その考えは間違いだったらしい。
さて、私も恋人を見つけなくっちゃ、ときょろきょろしていたとき。ずんずんとこちらへ向かってくる人がいた。あ、どいてあげなきゃ。そう思って移動しようとしたとき、茶色い髪が視界をかすめ、私はついそちらを見てしまった。向かってくる人影は、なんと二宮君だった。あっという間に距離は縮まり、二宮君は私の目の前で足を止めた。
どうしたらいいか分からず、私は二宮君のネクタイやらボタンやらを見ていた。派手ではないけど一級品であることがわかる、隅々まで行き届いたデザインだ。現実逃避しかけた私を連れ戻したのは、久しぶりに聞く低い声だった。
「雪野、」
『は、はいっ』
名前を呼ばれて慌てて目を合わせる。見覚えのある仏頂面。至近距離で見るのは随分久しぶりだけど、まぁ、お変わりないようで。
二宮君は黙って私を見下ろしている。え? これ私が話し出した方がいいの? なんとなく察して、私は気合を入れて深呼吸をした。
『ええと、二宮君。お久しぶりだね』
「あぁ。こうして話すのはな」
『うん。それにしても偶然だね? まさかこんなところで二宮君と会うとは』
「……東さんと加古に世話を焼かれてな。2人の顔を立てるために、一応来ては見た」
『成る程、そうだったんた』
それならなんか頷けるかも。二宮君は思い出し不機嫌みたいな顔になってしまったけど、私は理由を聞けてなんとなくホッとしかけた。
しかし《2人の顔を立てて》という建前があったとしても、実際そういう歳な事実は変わらない。うぅ、二宮君が結婚かぁ。そりゃあ生きてる人間はいつか結婚してしまうけど、なんというかアイドルのような願望を、私は二宮君に持っていたらしい。今やっと気がついた。今更遅いな、なんてひとりで沈んでいたら、二宮君に携帯を差し出された。
「雪野、連絡先を聞いてもいいか」
『え? あ、うん。いいけど……』
お互いボーダーにいるし、社内メールでいつでも連絡は取れるんだけど。まぁ彼氏もいないし断る理由もないので、連絡先を教える。
「お前を食事に誘いたい。来週か再来週の週末は空いているか?」
えっ。……ええっ!?
空いている。どちらも空いているどころか、日曜日の明日も空いている。予想外すぎる展開に、思わず『私でいいの?』と言う言葉が勝手に落ちた。
慌てる私が面白かったのか、余裕そうな笑みで二宮君は言った。
「お前を、と言っただろう」
そうだけど。そうだけど……。私は信じられない思いで携帯を両手で握りしめて言った。
『空いて、ます。今週も来週もその先も』
「ふっ……。ばかめ、そんな先の予定は聞いてない」
『えと、はい。そうなんだけど。だから二宮君の好きな時に、いつでも誘っていただければ』
「なら来週土曜日にするか。詳細は連絡する」
またな、と二宮君は踵を返し、出口の方へ歩いて行ってしまった。会が終わるまでに時間はたっぷりあるのに。何故。女1人分の連絡先を確保してくるように、なんて課題でも出ていたんだろうか。それにしても。出会いは求めていたけど、こんな、こんないい出会いが起きななんて思ってなかった…!
服は、靴は、髪型は。そんなことを考え始めたら、わたしもここに居ては居られない。緊張と楽しみとで、落ち着かない足取りで私も出口へと向かったのだった。

The time has come!!

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