木曜日の学校がこんなに憂鬱なのは初めてだ。登校して鞄を机の横に引っ掛けて、私は力無く机に突っ伏していた。そこにいつも通り元気な米屋の声が聞こえた。そしてがたりと前の席の椅子が動く音。
「紫苑おはよー、ってあれ。今日元気ねーじゃん? どうした?」
私は米屋の声に顔を上げた。机の上に両腕を置いてその上に顎を載せ、私の前の席に座った米屋を見上げる。
『失恋した……』
私の言葉に米屋は目を丸くした。
「は!? 紫苑お前、好きなヤツいたの? 俺知らねーんだけど」
『居たけど。米屋も絶対知ってる人だよ……』
「嘘だろ、誰だよ。……え、もしかして弾バカ?」
ごくりと生唾を飲む音すらした。そんなわけないじゃん。あんまりガチな顔で米屋が言うからつい吹き出してしまった。
『違うよ! ニュース見てないの!?』
「あぁ、そーいう事ね。え? お前ああいう奴がタイプなの?」
米屋が口元を歪める。その勘違いだけはして欲しくない。私は足で米屋の椅子を蹴った。
『そんなわけないじゃん。ガッキーの方だよ、ガッキー』
「……女じゃん!」
ぱちぱちと瞬きをした後、米屋は爆笑した。そんなに笑う事? ガッキーが結婚したら、落ち込むのは普通男子だ。まぁ私は男子じゃなくても落ち込むけど。
『女だからこそあの可愛さに憧れるんじゃないの? というか、ガッキーの前では私の性別とか関係ない。あーもう本当無理。十年くらい好きだったのに。私がガッキーを幸せにしたかったのに〜〜!!』
でもそれはできない。ガッキーは結婚してしまったから。その事実を話してたら余計実感してしまって、また落ち込んだ。もう一度机の上に組んだ腕に頭をうずめる。その私の頭を、誰かがぽんぽんと慰めるように優しくなでた。まぁ誰かって、こんなことするの米屋しか居ないんだけど。
「無理だろ、お前芸能人じゃないし」
ごもっともすぎる意見に私は黙ってられなくて、顔を上げて米屋を睨みつけた。不毛だとわかりつつも、これはもう理屈ではない。言わずにはいられない。現実がどうにもできないのだからせめて言わせてほしい。
『うるさいな! もう! それでも私がガッキーを幸せにしたかったの!! 好きだから!!』
「ふーん。でもガッキー結婚しちゃったじゃん。お前どうやって幸せになるの?」
私の怒りをさらりと米屋は受け流す。そして不思議な質問を投げかけてきた。思わず私の怒りも吹っ飛び、米屋と同じように首を傾げた。
『? 私の幸せの話してないけど』
「そうだけど。……ま、お前は心配しなくていいぜ。紫苑のことは、俺が幸せにしてやるから」
『……は?』
にやりと笑いながら言った米屋の意味が分かんな過ぎて、米屋をガン見する。米屋はにやにやしているだけだ。突然の告白に、私は意味が全然分からなかった。あまりに自然に言われてしまって、どうリアクションを取ったらいいかわからない。私たち二人以外の世界は、ざわざわといつも通りだ。そのギャップにも混乱しそう。
『え、何? 全然わかんないんだけど、なんかそういうのはやってるの? ドッキリ……?』
「ドッキリじゃねーし流行ってもねーよ」
『なんでこのタイミングなの……』
「俺、前から紫苑の事好きだなーって思ってて。次紫苑が落ち込んでたら、寄り添ってやるって決めてたんだよ」
ちょっと照れるように米屋が笑う。え、この反応は本気なの? タイミング可笑しくない? じわじわと頬に熱が集まるのが分かる。そうか、私って米屋にそう言われて嬉しいんだ。自覚するとなんだかこらえきれなくて、朝の教室で私は笑ってしまった。私につられて米屋も笑い出した。
「紫苑落ち込むことなさ過ぎてさ、いつ告ろうかと思った」
『そうだね、私あんまり落ち込まないものね。こちらこそ変なタイミングで告らせてごめん。で、返事なんだけど』
「ん」
米屋が穏やかな笑みでこちらを見る。何もかも、受け入れるという顔だ。私はたぶん米屋の、そういう所が好きだ。だからその笑みに答えるように、心から笑った。
『幸せにしてよ、期待してる』
「……よっし!!」
ぐっと米屋が拳を握る。そして嬉しそうににししと笑う。私を見ててくれて私を幸せにしてくれるという人が居るということは、有り難いことだなぁ。今日から私が幸せを願うのは、どうやら目の前のこの男になりそうだ。


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