願わくば 17
ぱらぱらとアスファルトに染みをつくったと思えば、あっという間に水溜まりが波紋を広げていく。 部屋に降り込まないように窓を閉めていると、困った顔のホリィお母さんが呟いた。
「どうしましょう。承太郎ったら、傘を忘れて行っちゃったのよ」
朝の予報で雨だって言っていたのに。ホリィお母さんの言葉に立ち上がる。
「私が届けに行ってきます」
先日、迎えに来てもらったのだから。貸し借りだとか、恩だとかは違うと思うけれども。 承太郎の高校に行くのは初めてだから少しだけ浮き足立っているのもある。そして、いつも私より早く帰ってくる承太郎が少しだけ遅いのも気になっていた。
高校の門の前で立ち尽くす。 なにも考えずに来てしまったけれど、他校の生徒が敷地内に入るのはいけない気がしてきた。学校から帰ってきてすぐ出発したので、ブレザーのまま出てきてしまったのだ。 放課後で人は少ないようだ。けれど、さきほどからそばを通る生徒達にちらちらと視線を向けられて居心地が悪い。 この際、もういいや。探しに行こう。待っているだけではきっとキリがない。 そう思ったのもつかの間、校舎の方から女生徒の声がかすかに聞こえた。
「好きなんです!」
すごい、告白現場だ。 野次馬精神が顔を覗かせ、初めて出くわすそれに誘われるまま窓のふちから様子を伺った。女生徒の後ろ姿と、見上げるほど背が高くて、黒い……彼と目があった。
「あっ」 承太郎だ。 彼も同じように驚いた顔をしていて、私はパッと窓から離れた。承太郎の視線の先を追って振り向こうとする女生徒の顔が見える前に、元来た道を走り出した。 向かい風と雨で、走る足が濡れていく。靴下が気持ち悪いくらいに。心臓がばくばくと音をたてているのは何故だろう。
「なまえっ!」
ぱしり、腕をとられてとうとう足を止める。見れば承太郎も濡れ鼠になってしまっていた。
「…ごめ、ん」
何故謝るのか、と怪訝な顔で承太郎が私を見る。 傘を、届けに来たんだけど、 「邪魔しちゃったよね」
まさか承太郎が告白される場面に鉢合わせするとは思っていなかった。 やっぱり承太郎は誰から見ても魅力的な男の人だ。告白くらい、されるだろう。
「そんなわきゃねえだろうが」 「わ」
承太郎が脱いだ学ランを私の頭に被せてきた。雨の水滴を吸っているのか、ずっしりと重い。承太郎の体温が肌に触れた。 無我夢中で走ってきたから、私はいつの間にか傘を放り出してしまったようだ。気付けば髪も制服も濡れて冷たかった。
「……帰るぞ」
また、腕を引かれて歩きだす。
さっきの女の子はいいの。おいてきちゃったの? あの子になんて答えるの、なんて答えたの。 胸中のモヤモヤが気持ち悪い。その正体がわからないから、余計に。 ただ、承太郎が誰かに取られてしまうのは嫌だ。 戻る
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