アネモネを咲かせて ○
数日後、なまえの目が覚めたと連絡が入り、すぐに病室へ向かった。 扉を開ければ中にはすでに祖父がいて、白いベッドに横たわったなまえと言葉を交わしていた。起き上がるのはまだ辛いのだろう。
「なまえ」
名前を呼ばれたなまえは反応してこちらを見る。ああ、久しぶりに見るその瞳の色がひどく懐かしい。
「随分遅かったのう承太郎。早く傍にいてやるんじゃ」
手招きをされて、ベッドサイドの椅子に座る。
「あなたが承太郎さんですか? ジョセフさんから聞きました、私を助けてくれたんですね。ありがとうございます」
そう言ってにこりと微笑まれたが、対照的に病室の空気は凍っていった。
なまえは承太郎の記憶をなくしている。 ジョセフや他の人間は認識していた。しかし、目が覚めたなまえは承太郎を知らない人間だと思っている。
「俺はお前の友人だ」
恋人なんて甘い関係ではなかった。けれど友人ほど離れた関係でもなかった。 それを言えるほどなまえは俺に対して警戒心を解いていないだろう。 今のなまえにとって俺は、目が覚めたら突然現れた初対面の男だ。それでも助け出した恩人ということであからさまな拒絶はされていない。
「だから助けに来てくれたんですね」
お前のことをもう手放したくはない。そんなことを言ったら不審がられるだろうか。
「……そうだ」
少しだけ、なまえと出会った頃の話をした。ぽつりぽつりと紡いで、それを聞いていたなまえは申し訳なさそうに目を伏せた。
「ごめんなさい。何かを無くしてること、私にもわかるんです。それはきっとあなたのことで……」
ふいになまえは、うぅ、と額を押さえた。
「おい、大丈夫か。どうした」 「っ、いえ、思い出そうとすると痛くなって……」 「無理に思い出そうとしなくていい」
そうだ、無理に思い出させる必要はない。なまえはここにいるのだから。
「また明日来る」
もう手放さない。 戻る
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