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 私より上手な手作り菓子


 一か月前、私の彼氏である海野六郎へ手作り菓子を渡した。
 ただ、その菓子とは、店の食料品売り場によく打っている「手作りキット」で作った簡単なもの。しかも、クランチチョコ。「溶かして型に入れて完成」という不器用さんにでも出来ちゃう。
 そうです。私は、恥ずかしながらお料理が得意ではないのです。極々簡単なことしかできないのです。
 六郎は、あのクランチチョコを見て驚いたに違いない。ちょっと形がいびつなのもあるから(いわゆる失敗)。
 渡した次の日に「美味しかったですよ。来年もお願いしますね」ってにっこりと言ってくれたけど――。


「ど、どどど、どうしよう。もうすぐ約束の十時だ。六郎が家に来ちゃう! お返しとかくれるのかな……私、今までもらったことなんてない。今日のお洋服、これでいいよね。可愛いって思ってくれるよね? ドキドキする……どうしよう」

 私は初めてのホワイトデー・お家デートにすごく緊張していた。
 お洋服はワンピースにして女の子らしさを出して、メイクはいつも通りに「ナチュラルで可愛く」。部屋の掃除は隅々まで完璧にやって、準備は整っている。あとは待つだけ。
 居ても立ってもいられなくて、レースのカーテンを開けて外を見てみると、私の家方向に向かっているスラっとした人物が歩いていた。片手に紙袋を提げて。

「あ、六郎かな?」

 インターホンが鳴るのを待っていられず、窓を開けて顔をのぞかせた。

「ろっくろーう! 早く早くー!」
「咲弥っ!? 今行きますから、待っていてください!」

 走ってきてる六郎のために、お茶でも用意しよう。玄関の鍵も開けなくちゃ。
 私は一旦、自分の部屋を後にし、一階に降りた。


 
「はい、お茶どうぞ」
「ありがとうございます」

 ごくごく喉を鳴らしてお茶を飲む六郎。自分から「早く早く」と言ったけど、なんだか申し訳ない。そんな思いで見つめていた。
 それにしても、今日の彼もかっこよかった。柄の入ったカーディガンにシンプルなシャツ、足のラインがわかるボトムは黒色。派手すぎず・地味すぎずで、かっこいい。

「くすっ、そんなに見つめられると穴が開いてしまいます」
「あ、え? ごめん……つい」
「“かっこいい”と思ってくれたのですか?」
「……うん」

 恥ずかしい。言い当てられるなんて。六郎を直視できなくて、顔を両手で覆う。
 
「本当に咲弥は可愛いですね。こうしたくなります」

 すると、六郎は座っている状態の私をそのまま抱き上げて、自分の膝の上に座らせた。これは、世にいう「だっこ座り」そのもの。

「あ、あの……六郎?」
「なんでしょう?」
「は、はずかしい……です」
「ふふっ、私達はカップルなのですよ。これくらいのことが出来なくては次に進めませんよ」
「次って?」
「今はまだ秘密です」

 人差し指を口元に当てる目の前の彼は、悪戯っ子のように笑った。
 それから、真横に置いてあった紙袋の中から、手のひらサイズの箱を取り出しては、「はい」と渡された。豪華なラッピングに申し訳ないなと渋っていると「開けてみてください」と促され、赤いリボンを解いてみる。箱を開けると、ほんのりと苺の香りがする生チョコが入っていた。
 実は、彼は料理が得意。家庭科の先生からはプロ級だと推されるほどだ。
 だから、六郎に手作りのお菓子はあげるのに躊躇した。

「いい匂い! 美味しそう!」
「ありがとうございます。咲弥のために一生懸命作りましたから」
「それに比べて私のは……。ごめんね」

 何で手作りにしたんだろう。わかってるのに。
 料理ができないというよりも、料理嫌いな自分に腹が立った。もっと練習しなきゃって、練習するべきなんだって後悔した。情けなくて涙が出そうになる。
 でも、六郎はそれを読み取ったのか私の手にあった箱をテーブルの上に置いて、しおれたこの頭を撫でる。

「私は一流のショコラティエが作ったチョコレートよりも、咲弥が一生懸命に私のために作ってくれたチョコレートの方が何倍も何十倍も美味しいんですよ」
「ほんと? だって……」
「美味しかったです。また作ってくださいね、私だけのために」

 あんなの誰にだって作れるやつだもんとは言えなかった。六郎が遮って、きっぱりとした口調で発したから。
 それなら、また来年も作ろう。
 今度はちゃんと勉強して、もっと豪華なものを。六郎のために。
 私は笑顔でうなずいた。
 そうすると、テーブルの上に避難させた生チョコを一粒つまんで、私の口元に持ってくる。

「咲弥、私の作ったこれも食べてください。それとも、食べさせてほしいですか?」
「う、うんっ!」 
「では、あーん」
「あーん……っ、んぁっ……」

 目をつぶって口を大きく開いてもチョコの味がすぐに来なかった。
 その矢先、鼻先に生あたたかい微かな風を感じ、口の中に苺味が広がった。いつも交わす、甘ったるくて濃厚な口づけも共に。

[12/03/14]
加奈さん、13730番リクありがとうございました!
ホワイトデー・最後はイチャイチャということでしたが、いかがでしょう?
……イチャイチャってところが微妙な気がする orz
※お持ち帰り&修正要望は加奈さんのみ可

[終]



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