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 一輪の花


 春になると思い出す。
 あの頃がひどく懐かしい、と。
 その時期になると、私は一人で河原へとやってきて一輪の花を供える。
 目を瞑り、合掌すると脳裏をかすめるのは、私を未だに引きずらせる記憶――。



 あれは、“裏”というのを体に刻んだ十代後半だった。

 一人、河原にたたずむ少女がいた。
 若のお使い帰りで偶然通りかかったのだが、不思議と目に留まった。その少女の眼差しは、どこか怪しげなものを帯びていたが気にすることなく過ぎて行った。
 しかし、その少女と数日後に再び会う時が来た。
 若がお連れしてきたのです。新しい女中だ、と。
 歳が近いこともあり、すぐに打ち解けた。
 一緒に若のお世話をしたり、休暇中は城下に行ったり、自分の身は自分で守るという方針から護身術を教えてあげたり。私達は常に離れずに過ごしていました。
 そして、私は少女――咲弥に惹かれていったのです。

 ただ、私達はお互いに知らな過ぎたのです。   



 新月の夜、上田城内が煙に包まれた。
 城内はざわつき、敵の急襲かと武器を手に持ち構えるも、その場で次から次へと倒れていく。この煙は毒、かと確信する。
 若を狙う輩が侵入したか……否、元からそのつもりで紛れ込んでいた者が――間者がいる。でなければ、怪しまれずに大仕掛けができるはずがない。
 一番可能な人物は、間違いなくあの人。

「貴女だと思いたくはないのですが……」 

 信じたくはないのですが、咲弥がそれに近しい者だ。
 普通は間者だと思わない人物こそを疑った方がいい。まさか、十代半ばくらいの貴女を誰も間者だとは思いもつきませんから。それこそが策、なのですね。
 私は口元を布で何重にも覆い、更に、自らに術をかける。若のいる部屋をぶち破って入った。

「……やはり、貴女でしたか。咲弥」

 忍装束をまとい、苦無をまわす少女がいた。クスクスと冷笑するその顔は、私と一緒にいた咲弥ではなく、別人。
 コレ見なよ、と指された方に視線を向けると、痛々しい光景が映った。
 手首、足首に苦無が突き刺さり、息絶え絶えしい若がいた。

「ろ、六郎っ、逃げろ……かなりの強者だ、お前と互角に争えるかもわからぬ……ぞ」
「わ、若っ!」

 力の最後を振り絞り、私を逃がそうとする若。そう叫んだのが気に食わなかったのか、間者は若の腹を足蹴にする。

「幸村さん、黙っていてくれます? あまりしゃべると、貴方、私がヤル前に死んじゃいますよ?」
「ぐぅっ……!!」
「あ、そうそう。六郎、一歩でも動いたら、貴方をヤルから」

 その眼、その表情、その空気は正しく任務を遂行する忍そのもの。
 私の頭の中が混乱して、どうすることが一番良い方法なのかが導き出せない。わかったことは、咲弥は間者で上田の敵であり、狙っているのは若ということ。それだけ。
 親しい人を殺めることは避けたいが、甘いことは言えない。それが乱世ですから。
 だから、せめて私が貴女を――。
 私は重たい空気を切り裂くように、強力な術を唱える。若は気を失っているから、平気だ。

「なっ、何これ……耳が、耳がっ! あっ、あぁっ!」

 耳を押さえて庭に出ようとする足をすかさず掴む。
 されど相手は忍。私を巻き添えに転がって、体勢を立て直した。


「いい情報をもらったから、帰るわ。さようなら、六郎」

 城に背を向けて闇に乗じようとする奴を、逃すわけにはいかない。

「待ちなさいっ!」

 今から立ち直して追っても間に合わない。
 私は研ぎ澄まして、短剣を二つ、心の臓に狙って撃った。まばたきを数回した後、闇の中から耳をつんざく鈍音がした。
 どさっと落ちてくる人間は、朱に染まっている。
 これで、もう、少女の生きる道を断った。
 明日、呼吸をする少女は存在しない。

「苦しいですか、咲弥……」
「はっ、苦しいですって? 聞いてあきれるわ。私は忍、徳川の忍よ。敵に情けをかけるんじゃないわよ……六郎」
「ええ、確かに。若をあのようにした責任と、城をこのようにさせた責任をとって頂きます」
「そうね。ほら……早くしなさい。早く、っ! ゴボッ!」

 吐血して咳き込む咲弥を見ていられない。
 私がもっと側へ近づこうとするも、一喝される。

「な、何やってんの! 私を誰だと思ってんの?! 敵よ、敵! 介抱するんじゃない! さっさと、とどめをさしなさいよ……。もう、もたないから」

 こんな別れ方なんてしたくなかった。
 好いた人を殺めるなど、出来れば通りたくはない道だった。乱世だってわかっているのに。仕方のないことだとわかっているのに。
 あぁ、苛酷すぎる。
 あれほど自負したのに、辛い。

「咲弥、私は、貴女を殺めたくはありません……」

 短剣の切っ先を首元にやっても、その先に進めない。
 視界が涙でぼやけて、咲弥の最期がとらえられない。
 その時、剣を握る私の手にひと肌の温度を感じた。

「優しいね、六郎。私ね……最期に、貴方と出会えてよかったよ」
「やっ、やめてください、咲弥!」
「……さよなら、六郎……(大好きだったよ)
「あぁあぁぁぁぁっっ――!!!」


***


 ――咲弥、私もいつしかそちらへ行きます。ですから、また逢いましょう。今度は、敵としてではなく、友として。 
 私は咲弥と出会った河原に手を振り、若の待つ城へと戻った。

[12/03/10]
今回は悲恋。最期のシーンを書こうと思ったのですが、六郎の叫び声で終わらせました。

[終]



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