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 はじめて


 願っても無いことがありました。
 憧れの六郎先輩に告白され、付き合うことになりました。
 恋愛経験がほとんどない私は、何をするにもはじめてのことばかり。
 最初は手をつなぐことにすら抵抗があった。だけど、一年経った今ではどこに行くにも仲良くつなぐまでに成長した。キスの仕方だって漫画やアニメでしか見たことがないし知らないけれど、彼が優しくリードしてくれる。「色々なやり方があるのですよ」と私相手にお手本を見せてくれるから、真似してやってみることもできた。
 でも、まだしていないことがある。互いを激しく求め合う行為、を。


***


 ある日の授業の休み時間、教室で友達と恋愛話をしていたら「まだやってないの? もう付き合って一年経ってるのに?」と言われた。
 私は不安な気持ちに襲われた。
 確かに、その通りだ。驚くのにも理解できる。
 ファッション雑誌やインターネットのアンケートには、「初エッチは付き合って二、三か月経ったら」という回答が最も多い。待たせないのも、待たせすぎるのもよくないとのことだ。たいていは男の方から誘ってくるみたいだが、あの人はそんな素振りを見せたことが一度もない。
 私は彼を求めているのに、彼は私を求めてはいないのだろうか?
 私のことを大切に思ってくれているから? それとも、私に興味がない?
 正しい解答までたどり着けない。
 こうなったら、直接聞く。それが一番だと思う。
 そして、私は携帯電話を手にし、電話帳で彼の名前を検索した。

「も、もしもし六郎?」
「はい。咲弥、どうかしました?」

 電話越しに聞こえる彼の声はいつも穏やかで優しい。本当は直接聞きたかったんだけど、電話で聞いてみようとあの事について切り出す。

「あ、あのね……私達、付き合って一年経ったでしょ? だ、だから……その……あ、あ、あのね……」

 ダメだ。恥ずかしすぎて、次の言葉が出ない。
 それに、彼が私を求めていないって言ったら――。
 どうしよう。何て言ったらいいんだろう。わからないよ、六郎。
 なんとか言葉をつないで途切らせないようにしても限界があるわけで、黙り込んでしまった。
 すると、彼は私のこの状況を目で見てわかっているかのように返す。

「……くすっ。では、今から私の家に来られますか?」

 うん、と返事をした後にすぐさま電話を切り、携帯電話を片手に部屋を飛び出す。
 親には友達の家で一晩勉強してくると告げ、玄関の鍵を開けた。



 彼の家と私の家は大して離れていない。彼が進学して、うちの近くのアパートに一人暮らしをするようになったから。
 電灯が目印の曲がり角を進むと、ひときわ目立つ立派な五階建てのアパートが見える。その最上階隅に彼がいる。私はエレベーターで向かい、インターホンを押した。

「お待ちしておりましたよ、咲弥。どうぞ」

 私を出迎えてくれるのはいつ見てもカッコいい彼氏。にっこりして「早くこちらにおいで」と手招きをする。

「うん。お邪魔します」

 一歩踏み入れると、私の大好きな匂いが鼻をくすぐる。アロマや香水なんかよりも、六郎のにおいが一番落ち着くのだ。
 好きなだけ堪能していると少し離れたところから呼ばれた。通されたのはいつものリビングではなく、大きなベッド、本が数冊あるだけの彼の寝室だった。
 六郎はベッドの上に座っていて、おろおろする私にまた手招きをする。

「咲弥、おいで」

 こくりとうなずき、隣に腰を下ろそうとしたその時、視界が一転した。
 背中にあるのはふかふかなベッドで、天井が目の先にある。目の前には大好きな六郎の凛とした顔も。押し倒されたのだと理解するには時間がかからなかった。
 刹那、熱い口づけが降ってきた。
 角度を変えてはして、また口づけをする。息ができないほどに。

「はぁ、はぁっ……ろくろ、う?」
「咲弥……っ」

 ぐにゅりと柔らかい彼の舌が口内に入ってくる。
 歯列をなぞられ、舌を絡め取られ犯される。それに応えて私も同じことをしてやった。
 甘い吐息が互いに漏れて頬にかかる。
 求め、求め合うことはとても素敵なことで幸せなことなんだと改めてこの行為で気付かされた。
 名残惜しそうに放すと、口を紡いでいた銀の糸がぷつりと切れた。
 六郎は寂しさをうめるために私の頭をあったかい手で撫でる。突然、「黙って聞いてくれますか」と目を細めて問うた。うなずく私を見ると静かに話し出す。

「咲弥。私は貴女を愛していますよ。だからこそ、次の段階に進めないでいました。いつもいつも、貴女と会い、デートするたびに私の抑えが利かなくなっていることに自覚していました。けれど、傷つけてしまわないかと不安でした。それが逆に貴女に不安を与えてしまっていることに先ほどようやく気付きました。今まで不安にさせてすみません。私はもう、このストッパーを外しますがよろしいですか?」

 彼がこんなにも悩んでいたなんて知らなかった。こんなにも思ってくれていたなんて気付かなかった。
 嬉しくて嬉しくて目頭が熱くなる。
 彼への答えはもちろん一つしかない。
 私は涙を零しながら、大きくうなずいた。

[12/03/07]
続きは年齢制限モノ。シリーズ『傀儡の蝶』にて同じタイトル名で後編を公開してます。

[終]



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