甘える
今宵は月が何とも美しかった。
このような夜は決まって「六郎、付き合え」と上機嫌な若に誘われて縁側へ。
城主がそのように幾日も酒を飲んでは、と告げても私の心配なんか気にもせず、杯を出す。
すると、後方にある曲がり角の影から突き刺さるようなものを感じた。
「どうやら客が来たみたいだ」
そうつぶやくや否や、若はそそくさと部屋へと戻られる。
何だか怪しい……。
「若、今宵はもうよろしいのですか?」
「よいぞ。六郎、ご苦労であった。好きにするといい」
若、何か私に隠し事をしていますね。
私が見抜けないとでも? まぁ、いいでしょう。後で必ず吐かせますので、今は。
そう思い、そっとしておいた。
若がおっしゃる「客」とは誰のことでしょう? 私には思い当たる節が――。
その一方、後方からの足音が大きくなっている。
城の者? それとも外の者? もしや、間者?
間者であっては大変です。私はいつでも戦えるように構えてこの場で待機する。
しかし、気の抜けた声を耳にし、一気に緊張がほどけた。
「りょ……ヒック。ろくりょ(六郎)ー!」
おぼつかない足取りでこちらに向かってくるのは、私が以前想いを寄せていた人であり、現在の恋仲である咲弥だった。
呂律がまわっていないということは、つまり……完全に酔っている。
私の目が届く範囲内で飲む分にはいいけれど、知らないところで飲むなとあれほど言ったのに。酔った貴女は私以外の人間にべったり甘えたり、抱き着いたりするのですから。
酒に酔えば何時にも増して甘えてくる。この日も例外ではない。
「えへへー、ろくりょー大好きだよ」
咲弥は私の膝に座ると、首に手をまわして抱き着いてきた。
猫がじゃれているようでとても愛々しい。
「わかっていますよ。私も貴女が好きですよ、咲弥。けれども、私の知らないところで酒を飲むなと言ったでしょう? どういうことです?」
甘えてくる彼女の頭をやさしく撫でてあげつつも、少しだけ口調を強くして注意した。
私の声に驚いたのか、体をビクッとさせた。抱きしめる力がわずかに弱まる。
「だって……だってぇ、ろくりょーに甘えたくて……」
「甘えたい、とは?」
「私って伊佐那海みたいに素直じゃない……上手に甘えられない。いつも言えずじまい。本当はろくりょーに甘えたい。すっごく甘えたいのに。だから、ね……」
――酒の力を借りて、私に甘えようとしたのですね。
貴女という人は……。
だから私は貴女から目が離せないのです。他のことをしていても貴女のことで頭がいっぱいになってしまうのです。
それ程、貴女のことを愛しているのです。
私も素直に甘える、甘えられるというのは経験したことがないので、どう接すれば良いものかわからないのです。しかし、若がよく「本能のまま伝えてみるがいい」と言っておられました。そのことが今、わかった気がします。
本能のまま、に。
「ふふっ、甘えてくる咲弥もかわいいです」
ああ、この上なく愛おしい。
私は撫でていた手をやめてそのまま下におろし、耳たぶに触れてはまた撫でる。これが気持ち良かったのか、咲弥は猫撫で声を出した。
「咲弥、二人っきりの時だけでも、お互いに素直になりませんか?」
「うん、素直になる。私、ろくりょー大好き!」
「はい。私も貴女が大好きですよ」
「貴女じゃヤダ。咲弥、でしょー?」
「くすっ。そうですね。咲弥、大好きです。咲弥を愛しています。他の誰にも渡す気はありませんから、そのつもりでいてください」
再び撫でる手をやめ、今度は頬に手を添える。私の肩に預けていた顔を自然と上に向かせるために。
ほんのり香る酒の毒に私も多少はやられてしまったのでしょう。ですが、感謝しています。この酒は若が貴女に「飲み水」として渡し、このようにしたのだと思いますから。
「これからも私だけを見てくださいね、咲弥」
私は可憐なつぼみに唇で愛撫をした。
[12/03/01]
炉伽さん、696番キリリクありがとうございます。
甘い感じのをということでしたので、頑張ったつもりです。いかがでしょうか。
※お持ち帰り&修正要望は炉伽さんのみ可
[終]