放課後ラプソディー




放課後の静まり返った廊下を、靴音を鳴らして歩いていく。

窓から見える空は澄んだ青に夕陽のオレンジがかかった色で、
それは絶妙な光の光線を放ち、鮮やかなグラデーションを描いていて素直に綺麗だと感じた。


いきなりだが、人には誰しも日課というものがあって、それは人それぞれで異なる。

例えば毎日早朝にランニングをするだとか、この時間には読書をするということがある。
それは俺も同じことで、毎朝おは朝の占いを見る。ラッキーアイテムを揃えにいく。
バッシュの紐は右から結ぶ。
そんな習慣がたくさんある。

だけれど俺にはその習慣の中で必ずこれは行う、と思うことがもうひとつあった。



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先ほど職員室で担当から手渡された鍵の中の一つを複雑な鍵穴に差し込む。

いりくんだような構造のそれは見た目とは裏腹に少し右に捻れば簡単に開き、
その俺の体温で少し暖かくなった鍵をポケットの中にしまうと
教室の中央に置かれた大きいそれの椅子に腰をかけた。


小さな鍵を差して蓋を開ければ、敷き詰められたように並べられた白と黒の鍵盤。

俺が習慣としてかかせないのが
二週間に一回だけある全部活を一時間遅らせるという日に音楽室のピアノを弾く。

何でも部活の部長同士が集まって話し合いを執り行うという時間らしいが
俺はその時間にこうして音楽室のピアノを引くのが好きだ。


生徒たちの喧騒に巻き込まれず、静かな空間の中、
ピアノの繊細な音楽を奏でるこの時間が一番落ち着く一時だった。

けれどそんな習慣は少し前から変わって音楽室に来てピアノを弾くのは
ある相手に会うための口実になっていた。


自分ながら何だか情けない。
そう思って気を紛らわそうと鍵盤に指を乗せた瞬間、
音楽室のドアノブがカチャリと捻られる音がする。

その音につられてそちら側を見てみれば案の定、やつがいた。


「緑間くん、もう来てたんですね」

「…当たり前なのだよ。習慣になっているからな」

「遅れてすみません、黄瀬くんに引き留められちゃって」


そう申し訳なさそうに縮こまる黒子に「大丈夫なのだよ」とだけ言って再びピアノに向き合った。
黒子もそれに何も言わず、荷物を生徒用の椅子に乗せると、ピアノの前の椅子に俺と背中合わせになるように座った。

「緑間くん」

黒子が俺の名前をこのタイミングで言うのは「どうぞ弾き始めてください」という意味だ。

そんな黒子に、「今日はこれにしようと前々から決めていたのだよ」と伝えると
鍵盤に指を乗せ、旋律を奏でた。


始めの入りは優しく、音が高くなっていく部分はクレッシェンド気味に、
連符が入り乱れる部分はジャズをイメージしてリズミカルに。

春の出会いを表現する。


今まで何度も練習し続けたフレーズを頭の中でリピートしながら鍵盤の上で指を走らせていく。

黒子は何の曲か気づいたようで「懐かしいです」とメロディーに溶け込むように呟いた。

「…何というタイトルかわかるか?」

「…夜想曲、ですね。……僕たちが初めてここで会ったとき君が弾いてくれた曲」

「……そんなの覚えてないのだよ」

「緑間くん嘘はよくないですよ。君は今日がそれから一年だと言うことを知ってたからこれを弾いたんじゃないんですか?」


そう黒子が淡々と言う確信づいた言葉が何だか恥ずかしくて
眼鏡のブリッジを押し上げながら「どうだろうな」とだけいって曲の続きを弾こうとする。

と、その瞬間鍵盤に添えられた俺の手を、上から優しく包みこむように黒子は制止させる。


「待ってください。そこのフレーズ僕も一緒に弾きます」


そう言って俺の隣に座り直した黒子に、目を丸くさせながら「お前弾けるのか?」と聞けば「失礼ですね」と機嫌を損ねたような声が返ってきた。

「僕だってちょっとは練習したんですよ」

「…そうか。…なら右手を弾いてくれるか?俺は左手を弾く」

「はい。分かりました」


黒子は微笑むと右手を鍵盤に添える。
俺はそんな黒子とは逆の左手を鍵盤に添えると、空いた右手を椅子に置かれた黒子の左手にそろりと忍ぶように重ねた。


「…緑間くんも積極的になったんですね」

「……うるさいのだよ」

「…そういえばあの時もこうして手を握ってくれましたね」


まあ、あの時はすぐ離しちゃいましたけど、
そう苦笑する黒子を一度だけ睨むと曲の続きを弾き始める。
それを追いかけるように黒子も指を走らせる。


演奏はもちろん称賛できるようなものではなかったけれど、
音色はとても優しくて聞いてて安らぎを与えられるようなものだった。

そんな繊細な音楽に不覚にも、心地よい感覚に陥った。
そう、旋律の美しさに浸っていたとき黒子がふいに言葉を漏らした。


「…緑間くん、」

「何だ」

「………好きです」


ジャンッ!

唐突な黒子の言葉に思わず鍵盤を叩きつける。
わなわなと肩を震わせて黒子を見れば、
「やっぱり緑間くんは緑間くんでした」とくすくす笑うやつがいた。


きっと顔を真っ赤に紅潮させているだろう俺は、黒子にとってヘタレと思われているようで
先ほどの仕返しに黒子の唇にぶつかるようなキスを贈れば、
やつは目を瞬かせて「新しい思い出ができました」と嬉しそうに笑った。


「さあ曲の続きを弾きましょう緑間くん」

「……俺はお前に勝てる気がしないのだよ…」


そう黒子の微笑みに、呆れたように微笑みを返しながらも
もう一度互いに手を優しく握り直し、

鍵盤で思い出の、「出会いの曲」を奏で始めた。















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確かに甘くするつもりだったけど…!
だったけどさあ…!
甘すぎだろェ…






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