恋愛リアリスト



その事実に気付いたのは何の変哲もない、いつもの日常だった。




むしむしとする夏特有の気温のせいか廊下はサウナのように蒸しかえっていた。
へばりつく彼の金髪がさらにその暑さを煽っていてバッシュや何やらが入ったバッグを再び肩にかけ直しながら、黄瀬は項垂れた。

「もー、朝から何でこんなに暑いんスかー?」

重い足取りで体育館に向かいながら一人愚痴を洩らす。
勝利を基本として常勝を誇る帝光中バスケ部には休みなどあるわけがなく、今日もいつも通りの朝練だ。

こんな暑さの中あんなストイックな練習をさせられ、それに加え赤司の逆鱗に触れ練習メニュー三倍になんてなったら。

そこまで考えて黄瀬は思考を停止させた。
考えるだけでも恐ろしい。
きっと身の毛がよだったのは気のせいではない。
そう一人、暑さに苛立ちながら練習について悶々と考えを巡らせていたとき、
体育館に入ろうとする見知った人影。

あの見失いそうになるくらいの薄さの影はきっと。

そう考えるや否や黄瀬はその影に勢いよく抱きついた。


「黒子っちーーっ!」
「っ!…き、黄瀬くん?」
「そうっス!おはよう黒子っち!」


黄瀬が勢いよく抱きついた人物は案の定黒子テツヤで、黄瀬は表情をこれまでないほどに輝かせた。
黒子は崩れた体勢をゆっくり立て直すと「おはようございます。黄瀬くん」と苦笑するように微笑んだ。

「今日は遅いんですね」
「そっスか?そういう黒子っちも遅くないっスか?」
「…ちょっと、朝寝坊してしまって…」

そう何かを迷ったように苦笑する黒子は何だかいつもと違うと黄瀬はふと思った。

「……黒子っち、…若干ワイシャツでかくないっスか?」
「…え?」
「何かちょっとだけ肩幅があってない気が…」
「…そんなことありませんよ」

そう呟くように言ってそっぽを向いてしまった黒子っちははやっぱりおかしい、そう直感した黄瀬はそっぽを向いた黒子の背後に回り込み、ワイシャツの首もとをめくった。

「……あれ?」

黄瀬は首を不思議そうに傾げた。
帝光中学のワイシャツの首もとには名前を記入する欄があり、そこに姓名を記入することが義務付けられている。
そのワイシャツにもはっきりと記入されていたのだけれど、それは黒子テツヤの名前ではなかった。

「…何で黒子っちが赤司っちのワイシャツ着てるんスか?」

そこに書かれていたのは赤司征十郎という名前で決して黒子のものでは無かった。

黒子はその問いかけにたいして、何か困惑するような表情を見せると
「きっと間違えて着ちゃったんですね」と誤魔化すように笑った。

「…黒子っち怪しい…」
「そんなことありませんよ。…早く朝練いきましょう。赤司くんに怒られちゃいます」

黒子は黄瀬の言葉を受け流すように返すと身を翻し体育館へと歩き出す。
その瞬間黒子から香った何かの香りに違和感を感じながらも黒子の後を追うように黄瀬も走り出した。







「二人とも、練習メニュー三倍」
「ええええっさ、三倍!?」
「……はぁ、」

結局的な話、二人は練習に遅れて赤司から練習メニュー三倍を言い渡された。

「嫌っス!三倍なんてきついっスよ〜!」
「黄瀬、五倍がいいのか?」
「…ごめんなさい」
「嫌だったらさっさとやれ」

赤司に鈍い音で背を蹴られる。

その瞬間柑橘類のような匂いが鼻腔を掠めどこからかと辿ってみれば、赤司から香ってきているもので
再び黄瀬は頭を傾げた。

(確かこの匂いどこかで…)

「テツヤ」

そう思ったと同時に赤司が黒子を呼ぶ声がして、くるりとそちらの方を見てみれば赤司が黒子に何かを問いかけるように話しかけていた。
何を話しているかは聞こえなかったが、黒子が困ったような顔をしているのが見えた。

というより気になったことが一つ。


「距離、近くないっスか…」

そう黄瀬が気になったのは二人の距離。
今の二人の距離は15センチと無く、ほぼ密着状態だった。
それにもう一つ。
赤司の名前の呼び方だった。

今までは黄瀬を含める一軍メンバーは名字呼びだった。
それは黒子も同じことだったけれど、先程の黒子の呼び方はテツヤ。
(んーやっぱ何かおかしいんスよねえ…)
そう一人黄瀬が唸っているとふいに背に重みを感じる。

「なーにあいつら見つめてんだ黄瀬ぇ」
「青峰っち」
「そんなに気になるかよ、あいつらが」
「…だってあの二人様子おかしいじゃないっスか。…黒子っち赤司っちのワイシャツ着てるし。黒子っちは間違えて着ちゃったーなんて言ってたっスけどちゃんと赤司っちはワイシャツ着てるし…」
「……え、何お前知らねえの?」

黄瀬がすべていい終えると青峰のすっとぼけたような声が飛ぶ。
そんな青峰に黄瀬が「何をっスか?」と聞き返せばうわ知らねえのかよ、と呆れにもとれる言葉が吐き出された。

「……テツのやつ、昨日赤司んち泊まりにいったんだとよ」
「…え、うそ黒子っちが?」
「おう」
「あー、その話してんのー?」
「赤司に聞かれたらオヤコロじゃすまないのだよ」
「げ、」

のんびりとした口調で紫原がドリブルをしながら向かってくると同時に
隣を緑間が眼鏡のブリッジを押し上げながら歩いてくる。
「えー何なんスかー!?」と黄瀬が急かすと紫原がむう、と唇を尖らせた。

「それ俺たちに聞くう?」
「俺はまだ二人を認めたわけじゃないのだよ」
「……いい加減分かったかよ、黄瀬」

そう三人が言うと同時に黄瀬は赤司と黒子の方に視線を移す。
その二人の手は優しく握られていて、黄瀬は事を唐突に理解した。
と同時に崩れ落ちる黄瀬。


「やだやだあ黒子っちい!」
「だからワイシャツが赤司のだったのも昨日泊まりにいったときにワイシャツを忘れて赤司から借りたんだろどうせ」
「きっとお前が不思議に思っていた香りも、昨日赤司の家のシャンプーを使ったからだろう」
「二人の距離が近いのもねー、あーほらちゅーしてる」


知りたくなかった事実に項垂れいじける黄瀬が赤司に無謀な宣戦布告をして、練習メニューが五倍になるのは少し先の話。








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赤黒を書きたかったんです




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