悠長と、とるにはあまりにも心持が違うので



僕は、学校から出た後に少しだけ考えた。どこへ行こうか、人がいない場所に行きたい。帝光中学の周りでは、部活帰りの人たちが多くたむろしている。そんな中にはいたくなかった。部活用のバックを担ぎ直して、街の外へ繰り出した。人のいない場所で考えというものを何もかも放棄してしまいたい。


何も考えたくない。―さんざん考えてきたから。

何もしたくない。―たった今、逃げてきたから。


延々と歩いて逃げていきたかった。黒子テツヤという人間はそこまで、弱かったのか。そんな自問自答を自分自身に投げ続けている。

そのままに延々と当てもなく歩いて、歩いて歩いて。そして、その先にあったの、錆の浮いている紅い線路。ふと、浮かんだ考えにあったのは、“スタンド・バイ・ミー”だった。

この先にもしかしたらあるのは、4人組が探しに行ったモノでもあるのかもしれないと読書家の血が騒ぐ。そんな子供じみた想像が頭の中を回っていく。くるくる、くるくると。浮かんだ夢想はいささか冒険といった雰囲気に似つかわないけれど、それもいいのかもいれない。


その線路が生きていないことは一目でわかる。あまりにも、錆が浮いていた。足の下に置いたら、不安定に揺らぐ。その先には、何があるんだろうか。もとより無い体力を削って、足を動かしていく。もう明日のことも考えなくていいのだから、何も気にせず、思うが儘に歩いて行こう。

足を動かして、知らないところへ。


そうして、十何分。歩けば歩くほど、増えてくるものは解体されたレールや枕木。積まれていた山を横目に、その先にある予感を信じていく。そして、その予感としてあったのは、朽ちた駅舎だった。周りには、廃材しかない。民家もない。たぶん、本当は使われることになっていたはずの場所だったんだろう。だが、本来とはそぐわずに使われないままなのだろう。周りは、誰も手を入れていないのか、花が無造作に咲き乱れていて、花壇らしきものどころか舗装されているところなどどこにもなかった。

酷く静かな場所だと思った。

ここならだれもいないだろうと、そんなこと感じながらその中へ入った。僅かに落ちてきた夕焼けで、オレンジ色に染まっていく景色は普段見れないものだ。

考えすぎて疲れていた心に、それは素直に綺麗だと伝えてくる。ふ、と息を大きく吐いて。


「誰だ?」


人がいた。ベンチに座っていて、僕を見ている。傍らに、金属製の杖が立てかけてあった。僕を目にとらえて、少し驚いている。存在感が薄いとよく言われる僕を、気づく人はわりと珍しい、。


「え、あの」

「・・・」




何度か瞬きをしているうちに、その人はころりと表情を変えた。驚きから、親しみのこもった笑顔に。



「こんにちは・・・かな」

「あ、はい。こんにちは」

「なにか用事か?ここ、電車とか来ないぞ」

「いえ、何か乗り物に乗りたいとかそういったことはないです」

「じゃあ、なんでこんなところに?」

「・・・あなたは何でここにいるんですか」


僕の問いに、その人は何度か瞬きをして「人が来ないからだな」と理由を口にした。僕もほぼ同じことを考えていた。だが、その人の理由はそれだけではないらしく「それに、」と言葉が続いた。


「空がきれいに見えるだろ?ここは」



上を見ると、電線もないただ広がる夕焼け空があった。たしかに、とまるで差し込まれた光に目が細まる。



「そう、ですね。確かにきれいです」

「そうだろ、なんだかそれに見てたら落ち着いてくるんだよな」



その人は、そういうと僕のほうを見た。ふと、その人の身長がとても大きいことに気づいた。緑間君ぐらいはあるだろう。服装は私服で、もしかしたら僕よりかなり年上なのかもしれないと思う。わずかに泳ぐ僕の視線にその人は、笑顔を浮かべながら首をかしげた。それから、わずかに口元を緩めた。



「木吉」

「え?」

「俺は、木吉鉄平っていうんだ」

「・・・僕は、黒子テツヤです」

「へぇ、黒子はいくつなんだ?」

「15ですよ」

「じゃ、俺の1歳下なんだな」



その言葉に、少し驚いた。その様子に、木吉さんは、苦笑いにも似たものを浮かべる。



「…もっと年上だと思っていました」

「…よく言われる。今は事情があってさ、学校にはいっていないけど一応高校生だからな」



学校に行っていない。その言葉に、きょとんと目を丸くしてしまう。その失礼な視線に気づいた木吉さんは、怒るでもなく僅かに笑みを傾げた。そして、僕が持つ鞄に目をやると、「黒子はバスケ部なのか?」と質問を口にした。

一瞬、その言葉に背筋が冷えた。それから、少し息を飲んで、僕は俯いたままに「そうでした」と言った。

木吉さんは、その過去形にはなにも口を開かずにただ僕を見上げる。夜の影が僅かに差し込んできたその視線に何が込められていたのか、測り知ることはできない。

話の矛先を僅かに変えたくて、僕は木吉さんへ口を開いた。



「木吉さんは、バスケが好きなんですか?」

「……そうだな。……好きだ。嫌いになんかなれないぐらいに」



木吉さんは、僕から僅かにプラットホーム

へ目を落とす。僕は少しだけ、この人のことが気になりつつあった。



「もうそろそろ暗くなってきたな」

「そうですね」



夕焼けはとうに去っていて、辺りを静かな夜が暗く染めようとしている。僅かに肌寒さを感じて、少し身震いをした。

思いの外、長く居たらしい。早く家へ帰らないとまずいと考えた。



「あの、」

「ん?」

「もう帰らなくてはいけないんです、なので、」

「あ、もうそんな時間なんだな」

「はい。なので、さようなら。木吉さん」

「おう、じゃあな。黒子」

「……また」



付け加えた言葉は、深く考えなかったけれど、また明日ここで会って少し話をしたいと思ったからのものだった。けれど、その言葉に、木吉さんは虚を衝かれたように僕を見た。驚きにも似た何かがこもったそれを向け、僅かに目を細める。



「また、な」



小さな笑みと共にその言葉が頭に残る。何気ないそれがとてつもなく意味があるような気がして。足を外に向け、帰り道につく頃には、向かっていたときに抱えていたものがほんのすこしだけ軽くなっていることに気づいた。





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