私の好きなものは、人に言っても理解されないことの方が多い。キラキラと光る日の下、私はデートに勤しむ。お触りやキスは無しで、1時間楽しい時間を過ごす。
男の子というのは大概が素敵な生き物だけど相手をしっかり選ばないといけない。約束をきっちり守る紳士を選ばなければ。しつこいのは苦手だし、束縛されるのは大っ嫌い。だから、苦手で嫌いな人に当たらないようにしなくてはいけない。それに、そういった人たちと関わるといろんなところで迷惑がかかってしまう。私は幾分どうなってもいいけれど、あの子には不味い。あの子と付き合うようにしてから決めたルールだ。

「ん、じゃあね。時間だから、バイバイ。楽しかったよ」

ふわふわと重力が消えてしまったように、ドーナツ屋から出れば窓越しに素敵な紳士が手を振っている。今日で五回目のお話し合い。コーヒーを飲んで甘いドーナツを食べる素敵な催し。
私は満足に笑いながら、帰路へとつく。でも、何もかもが素敵に思えてくる幸せな気持ちは、あまり長続きはしない。賞味期限は長くないのだ。
駅につく頃にはわずかな余韻だけを残して、いつもの私に戻っていた。そうなってしまえば、もう、どんな素敵な紳士と出会ってもお茶をしてもダメ。素敵なお話も美味しいお菓子も沈む心に効果は今一つ。

「鳳くんの声が聞きたいなぁ」

ケータイにコールしてのお電話もいいけど、今はまだ夕方。鳳くんはまだ練習中だろう。コートの近くで待つのが確実かもしれないけど、私の心象よろしくない人たちに刺されるのは勘弁だから、裏口で待つことにする。私はどうやら男好きらしい。だから、テニス部狙いだと思われているらしい。鳳くんが困るだろうから、200人近くいるテニス部部員の一人にだって手はつけていないのに。私にだってそれぐらいの自制心はある。
決心するのが早いかどうか、私の足は氷帝へ向く。鳳くんに会えるとなると幸せな気分は再び私を包み込むから、いくらだって頑張れそうだ。ケータイから鳳くんへメールを打つ。内容は簡単、「ちょっとでも会える?」と予測変換で出てきた言葉をメールにのせて送信ボタンを押す。そして私はいつだって返信を待たない。


30分後、裏口で待っている私にメールが届く。鳳くんはいつだって礼儀正しくて、少しでも遅れたら文頭に謝罪の言葉がつく。私が鳳くんより1つ年上だからという意味もあるかもしれない。どうやら、今日は鳳くんが敬愛してやまない宍戸くんと練習をするらしい。中に入って待っていて欲しいという内容に少しだけ迷って、了解のメールを送る。
宍戸くんか、と少しだけ私は苦笑いする。宍戸くんが持つ私の心象も悪いから、あまり好感度は高くないのはわかる。確かに私はそれぐらいのことを今までやって来た。だからこそ、鳳くんとは遊びではないと伝えるため、前に彼の目の前でケータイを壊したことがある。素敵な紳士たちのアドレスは水に流れてしまい、再度集め直し。アドレス帳のトップは鳳くんへ変更になった。

そもそもが私みたいな男好きが鳳くんの隣にいること自体、なんだか不思議なことだ。でも、私を幸せにするのは鳳くん以外考えられなくなってしまった。もうなるべくなら離れたくはない。とはいえ、最初は鳳くんの方から近づいてきた。でも、たった一回。たった一回のお話し合いで私は鳳くんから幸せな気持ちを抱えきれないほど貰った。別れた後もしばらくほわほわとした気持ちになれるぐらいに。そして、私は初めて納得してしまったのだ。「恋は麻薬」、まさしくその通り。
そんなことを考えながら歩いていると、すぐにコートへたどり着いてしまう。
私よりも先に鳳くんが気づいた。軽く手を振ってくれたから、私も振り返す。鳳くん、頑張って。声に出さない声援を送り、二人の練習を静かに見守る。私はあまりテニスは詳しくないのだけど、コートに弾むボールの音やラケットを振る音ぐらいは楽しめる。目を細めていたら、試合は終わったらしい。金網から手を離して、コートの中へ入り込む。鳳くんが私の名前を呼んだ。たったそれだけで、さっきの紳士との素敵な時間の何十倍の幸福感が溢れだす。

「お疲れさま、鳳くん」

「待たせてしまってすみません……」

「気にしないで、鳳くん。私が待ちたくて待っていたんだし」

私にできることはボールを拾うことぐらいだけど、手伝えることは手伝いたい。宍戸くんにも許可をもらって一個一個集めていく。表面が毛羽立っているテニスボール。それがまるで鳳くんの努力が目に見えるようで何となくいとおしく思えた。笑みを浮かべながら集め終わったボールを倉庫にしまえば、練習は終了。校門の前で宍戸くんと別れた。「じゃあな、頑張れよ!」は誰に向けていったのか、宍戸くんに聞く前に私たちは駅へ向かって歩きだす。

「それで、今日はなんで来たんですか?」

「んーとね、素敵な紳士とお茶をしていたら、鳳くんが恋しくなってきたから来たの」

「浮気……してたんですか?」

「でもやっぱり鳳くんが一番よかった」

「そうですか、……なるべくなら、止めてください」

「うん、頑張る」

私のこれは病気のようなものなのかもしれない。名前をつけるなら、男の子と仲良くしていたい病で楽しくてふわふわするのが何よりも好きになるという症状。言ってしまってあれだけど、すごく厄介そうだと思った。それでも、特効薬はある。目の前にあるのだ。

「鳳くんがずっと構ってくれるなら直せるかも」

私が小さく呟けば、聞こえなかったのか鳳くんは首をかしげた。夜の道は暗い。少しぐらいラブラブしているカップルがいても、わからないのかもしれない。私は期待を込める。腕を絡めようとしたとき、鳳くんが手を繋いできた。私より大きな手だ。そして温かい。

「できる限り、俺はあなたのことを捕まえていたいです」

「ん、私はできる限りあなたに捕まっていたいです」

不思議なことを言ったように、私と鳳くんは顔を見合わせて笑った。男の子は好き、大好き。でも、鳳くんはもっと好き。だから、この幸せな気分がもっと続いていきますように。



逆に」企画参加作品
ありがとうございます
【2011/10/13】




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