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小話

 昼食の時間にはまだ少し時間があるが、大広間には徐々に生徒が集まってきていた。シリウスも一足早く、ジェームズたちとそこにいた。今度はどんな悪戯をしようか考えていたのだ。グリフィンドールの席からだけでなく、他の寮の生徒も、次彼らは何をやらかしてくれるのかと、遠目から興味津々といった顔を見せていた。さっそく何か思いついたのだろう、ピーターがセブルスを見つけた途端、シリウスとジェームズは顔を上げて、ニヤリと口の端を曲げた。悪戯する対象をセブルスに決めた瞬間だ。彼らの関係を見ると、それは虐めにも近いのだが。しかしいざしかけようとした瞬間、シリウスはセブルスの後ろに、見知った存在を見つけ、手を止めた。
 従姉のナルシッサだ。さらにその後ろにいた弟のレギュラスが、彼女を見つけ声をかけている。

 選民思想に色濃く染まったブラック家は歴代皆がスリザリンだった。それを初めて崩したのがシリウスだ。傍から見れば彼こそが異質な存在で、グリフィンドールの生徒以外からは変人扱いされていた。特に純血万歳なスリザリン生からは、本来なら純血の最高峰とされる名家“ブラック家”嫡子として、一目置かれるような立場にあるシリウスだが、グリフィンドールに入り、いつも馬鹿みたいにふざけているせいか蔑まれている。尤も、本人はそんなこと気にも留めておらず、自分があちら側でなくて心底よかったと、常々思っている。スリザリンの者は自分たちが一番高潔だと思い、他を蔑視する傾向にあるため、自然と他寮との仲は悪くなる。特にグリフィンドールとの仲は険悪だった。その中でも最も気高いとされるのがブラック家だった。マグルやマグル出身の者を見下す差別的な身内の中でも、叔父のアルファードや従姉のアンドロメダは自分と似ているとシリウスは思っていた。そしてナルシッサも、確かに純血を誇らしいと思ってはいたが、マグルを嫌っていても、率先してマグルやマグル出身の魔法使いを、どうこうしようという考えは持ち合わせていないだろう、というのが彼の見解だ。といっても、話が合わないのには違いはない。

 とにかくグリフィンドールとスリザリンは、会えば互いに罵り合うのが常日頃。しかし血筋だけでなく成績も優秀なブラック家に、堂々と文句を言える者はそうそういない。加えて、一族は美形が多いということが、まわりをさらに卑屈にさせる。
 ブラック家の若者の中で、物静かな部類なナルシッサとレギュラス。特にナルシッサはブラック家の特徴である黒髪ではなく、他家から嫁いできた母親の金髪を受け継いでおり、白皙の肌も加わって全体的に色素が薄く、華奢な体と愁いを帯びた瞳が、彼女をどこか儚げな印象にさせ、他者と一歩線を引いた空気を漂わせていた。たとえブラック家の者だとしても、その繊細さに魅了される者はスリザリンに留まらない。現に彼らが歩いてきた先では、組を問わずうっとりとした顔をまわりが浮かべていた。

「しっかし、ブラック家の連中ってなんでああも美形揃いなのかな。性格はともかく見た目だけは本当羨ましいよ。僕にも一応ブラック家の血は少しだけど入ってるはずなんだけどなぁ」
「な、なんか惨めになるよね…」
「すぐ隣にそのブラック家の奴がいるけどね、ピーター」
「あっ…」

 ジェームズたちまで彼らを褒め称える。自分たちの前にセブルスを発見すると、ナルシッサとレギュラスは、仲良く隣に座って三人で何かをしゃべりだした。少なくともシリウスにはそう見え、悪戯するタイミングを失ったうえ、三人が一緒にいる風景が妙に苛立ちを誘った。「お母様から美味しい紅茶を頂いたの。魔法薬か何か入っているみたいでよく眠れるのよ」「そういえば最近ナルシッサ寝れないって言ってたもんね。僕も後で一杯いい?スネイプ先輩は?」「僕はいい…」そんな会話が聞こえてくる。

「――ちっ。あんないつもただ澄ました顔のどこがいいんだよ」
「じゃあシリウスはどんなのがタイプなんだい?」
「そりゃあもちろんナイスバディな女に決まってんだろ」

 シリウスはあからさまな不機嫌面で、まわりにも聞こえるほどの声で返す。それはスリザリンの席にまで聞こえていたのだろう、ナルシッサが睨んでいた。大嫌い。彼女の瞳がそう告げているようだった。それに気づいたシリウスも睨み返す。なんでこうなってしまったんだろうな。昔はもっと――。そんなことを彼女が出て行ったあと、シリウスは思い出していた。



 シリウスとナルシッサは年が近いせいもあって、小さい頃はよく一緒に遊んでいた。ブラック家の家訓により連む人間は選ばれていたから、この頃は家族以外には遊び相手がお互いしかいなかった。シリウスがホグワーツに入学する年になったとき、本家の跡取りとして一族皆が彼に期待した。ブラック家は純潔家系の王族と自負するだけあって、魔法界においては名門中の名門で、一族皆が有名だ。誰もが一目も二目も置く存在のブラック家の直系であるシリウスは、列車の中から既に噂の的だった。名が呼ばれ前へ立つと、皆があれがブラック家の嫡男かとやら、その端整な外見を見た少女たちの黄色い声やらで、ざわつき出す。誰もがブラック家の者が、どこに組分けされるか分かっていたから。

「グリフィンドール!」

 組み分け帽子が高らかに宣言した途端、先程とは違ったどよめきが大広間に起こる。皆が戸惑う中、当の本人は何食わぬ顔でグリフィンドールの席に着く。そばに座っていた年上の学生も、てっきりスリザリンになるだろうと思っていたあのブラックがいることで、唖然としたまま挨拶さえ出来ない。次々と新入生が組分けされるのを、シリウスはつまらなそうに見ていたが、視線を感じて向きを変えた。スリザリン席から従姉のアンドロメダとナルシッサが、こちらを信じられないという表情で見ていた。しかし目が合うと、ナルシッサは青い顔のまま突如席を立った。シリウスも慌てて彼女を追う。

「おい、ナルシッサどこに行くんだよ!」
「だってあなたがグリフィンドールの席にいるなんて…!きっと何かの間違いよ。もう一度組み分けしてもらいましょう…」
「落ち着けって」
「……去年ベラお姉様が卒業して、今年でアンお姉様も卒業してしまう。シリウスが今年入学したから寂しくなくなると思ったのに」
「組が違くたってこれからは同じ学校にいるんだ。いつだって会えるさ」
「でも…」

 まだ不安そうな表情を浮かべるナルシッサは、シリウスの袖を掴んだまま離そうとしない。一つだけたが、年上だというのにナルシッサは頼りなく見える。それは彼女の華奢で、色素の薄い外見のせいか。ついには目に涙まで溜める彼女は、まだそれほど身長が変わらないシリウスの肩に顔を寄せる始末だ。それが妙にこそばゆい。どうしたものかとシリウスは、席に座ったままのアンドロメダに助けを求めようとしたが、彼女はニヤニヤと嫌な笑みを浮かべたままこちらを見ている。シリウスがそこではっとしたのと、マクゴナガルの咳払いが聞こえたのは同時だった。

「Mr.ブラック、Missブラック。玄関先で何をしているのです。仲が良いのは結構ですが、まだ組み分けの途中ですよ。席にお戻りなさい」
「……だってよシシー」

 いつのまにか周りの視線は二人に向いていて、組み分けも殆ど終わっていた。シリウスは硬い表情をしたままのナルシッサを愛称で呼び、少しでも彼女の気持ちを落ち着かせようとすれば、ゆっくりと彼女はシリウスから離れた。席に戻れば彼が列車の中で仲良くなったジェームズたちもいた。同じグリフィンドールになったということで、改めて挨拶もする。会話もそこそこに済ませ、再びナルシッサを見れば、彼女は硬い表情のまま、食事にも手をつけていなかった。

 最初の方こそシリウスは比較的頻繁に彼女に会いに行っていたが、徐々に回数は減っていった。元々あまり表情豊かとは言えなかったが、日が経つにつれてナルシッサは無表情になっていき、シリウスが声をかけても「ポッターたちのところに行かなくていいの」と素っ気なく返してくる。しかもグリフィンドールの者たちとつるむなんて、ブラック家の恥とまで言い出す始末だ。友人を侮辱するのは許せないし、そんなに自分と一緒にいたくないのなら会いに行く必要もないと、シリウスは判断したのだ。本当は自分の知らないところで、シリウスと自分の知らない者たちの輪が、勝手に広がるのが嫌だったからなのだが、彼女はそれを直接口にすることはなかったため、シリウスも勘違いしたままだった。年が明けて弟のレギュラスが入学してくると、シリウスがわざわざスリザリンの寮まで行くことはなくなった。二人というよりは、シリウスとブラック家の関係は完全に冷めたものになっていたのだ。しかし、シリウスが三年になったとき、再び二人に変化が起きた。
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