30日CPチャレンジ | ナノ
六日目【衣装交換】

ばたばたと階段をのぼる、いつもの足音。その主が誰なのかはすぐに分かる。数えきれないほど聞いてきたからだ。研磨はベッドに伏せていた身体を起こし、小さく伸びをした。
バンと勢いよくドアが開き、研磨の予想通りに鉄朗が「よう」といつもの挨拶をしながらずかずか入ってくる。いつもと同じように黒髪はつんつん逆立ち、人を食ったような笑みを浮かべている。しかし一つだけ、違うところがある。
「…なんで制服?」
いつもはジャージや寝間着などのゆったりした格好でやって来るのに、今日はついこの間入学したばかりの音駒高校の制服を着ているのだ。先を見越して用意したブレザーは今の鉄朗には大きく、肩も袖も不格好に余っている。唯一スラックスの裾は丁度よく見えるが、おそらく結構な長さを折り上げているのだろう。それでも鉄朗は誇らしげな顔で胸を張ってみせる。
「ん? 研磨に見せてやろうと思って」
「へー…」
「…なんだよ、反応薄っ! なんかもっとねーのかよ、大人みたいでかっこいいとかさあ」
「うーん…別に。っていうか、もう見てるし」
ご近所さんの二人は、行き先が中学と高校と別々になってしまっても朝だけは顔を合わせることがときどきある。研磨の言った通り、研磨はこの制服を着た鉄朗をちらりとではあるが既に何度か目にしていた。
「まあ、確かにそうだけどさあ」
研磨は面倒くさそうにため息を吐き、携帯ゲーム機を手に取る。鉄朗はそれを見ると諦めたような呆れたような顔をし、なにやらぶつぶつ言いながらベッドの脇に腰を下ろした。

それからしばらくゲームに集中していた研磨だが、鉄朗がなにやらごそごそ物音を立てているのに気付き、顔を上げた。そして物音の原因に気付きむっと顔をしかめる。
「ちょっとクロ、なにやってんの…」
「懐かしいな〜って思って」
鉄朗は研磨の学ランに身を包み、ニシシといたずらっぽい笑みを浮かべた。「やっぱ研磨ちっちぇーな」やら「ブレザーの方がかっこいい」などと好きなことを言っている。自分だってついこの間まで着ていたくせに、と思いつつ研磨は言う。
「ねえ、こわれる」
「壊れねえよ、俺スリムだし」
「もー…」
呆れた研磨の目に入ったのは、鉄朗の脱ぎ捨てた紺色のブレザーだった。そっと拾い上げ、パーカーの上から羽織ってみる。着慣れた学ランとはまた少し違う着心地、そして鉄朗が言うところの“大人みたい”な感じに、研磨は少しだけわくわくした。
「ちょっ研磨、それ、」
しかし鉄朗はそれを見てげらげら笑う。鉄朗が着ても大きいのだ。頭ひとつ分小さな研磨が着れば、さらにみっともないことになってしまう。
「そんなに笑わないでよ。もう脱ぐから」
不機嫌オーラを発する研磨の言葉は聞こえていないようで、鉄朗は腹を抱えてひいひい言っている。電源の入っていないテレビにちらりと目をやれば、ぶかぶかのブレザーに身を包んだ自分がうつっていた。肩は余り過ぎてロボットの様相を呈しているうえに、袖は少しごつくなってきた手のひらをすっぽり覆ってしまっている。少しは大きくなったつもりでいたのに、と密かにため息を吐く。
しかし、もう脱ぐと宣言したもののなんとなく名残惜しかった。ぶかぶかとはいえブレザーを着、中学の制服を着た鉄朗を見下ろすのになんともいえないむず痒さを覚えたからである。
ぴっちりとした学ランを着た鉄朗は、ブレザーを着ていた時よりも少しだけ幼く見える。もしも自分が年上だったなら、こんなふうに新しい制服を見せびらかしていたのだろうか。鉄朗は調子の良いところがあるから、なんやかんやと煽ててくれたかもしれない。そしてなにより、もっと自分に分かりやすく甘えてくれるのかもしれない。こうして構ってもらうためだけに部屋に来たり、年上ぶってなんだかんだと世話を焼いてくる年上の幼馴染の存在も決して不満ではないのだけれど。などと考えていると、
「研磨、小学生みてー」
笑いの落ち着いた鉄朗が、研磨の髪をくしゃりと撫でた。
鉄朗の手の平は、研磨のものよりずっと硬い。一年の差は大きい。やっぱり、自分が年上だったらよかったのに。研磨はうつむき、唇をとがらせた。


2015/10/22


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