小説 | ナノ
握れっ!


 ことの発端は、クラスメイトとの何気ない雑談だった。

 毎日等しくやってくる一時間の昼休みは、弁当を食べ終えれば暇になる。カッターシャツの袖をまくって校庭や体育館で騒ぐのは月に片手で数えられるほど。それ以外は大体、日当りのいい教室で仲の良い友人と怠惰に過ごす。
「なあ、お前彼女とどこまでいったんだよ?」
 鉄朗の向かいに座るお調子者な友人が、その隣で携帯をいじるクールな友人の肘を小突いた。彼には三か月ほど前に、初めての恋人ができたのだ。
「えっ…なんだよ急に。いいだろ別に、どうだって」
「その反応はせいぜいキス止まりってところか?」
「放っとけ」
 吐き捨てるように言いつつも、携帯を見つめる顔が徐々に赤らんでいく。
「なんだよ図星かよ〜」
 お調子者の彼にからかわれ、鉄朗に目で助けを求めてくるが、滅多に表情の変わらないつんとした顔が困惑するのが面白く、意地の悪い笑みを浮かべて無視した。
「やりたくねえの?」と向かいの友人はにやにや笑って問う。クールな彼はようやく携帯から視線を外し、はあとため息を吐いた。
「そんなの…決まってんだろ。ただ、あいつも男と付き合うの初めてだし」
「はあ〜、純情だねえ」
 頬杖をつき、目の前で繰り広げられる会話をぼんやり聞いている鉄朗に、話を仕掛けたほうのクラスメイトが「黒尾はどう思う?」と水を向ける。
 鉄朗は、この友人に彼女がいるのか尋ねられて「まあ、一応」と答えて以来、彼の早合点で経験済みだとされている。しかし鉄朗の周りの人間たちの認識と事実の間には、多少のずれがある。
 まず、鉄朗にいるのは彼女ではなく、分かりやすくいえば“彼氏”である。十年来の幼馴染でひとつ年下の研磨と、友達以上の関係になってからもう二年経った。そして次に、経験だなんてとんでもない。ふたりは家族がするスキンシップのような、軽いキスしかしたことがない。それゆえそういった話を振られればうやむやにするか、聞きかじった知識でお茶を濁してきた。中学生の頃は進んでそういう話に参加したものだが、今はあまり居心地が良くないので極力避けている。しかしそれも、したことがあるからこその余裕と都合よく受け取られている。
「はあ? 俺? 俺は――」

 昼休み明けの授業中、鉄朗は窓の外を眺めながら研磨との関わりついて考えた。
 鉄朗が高校に入って少し経ったころ、ふたりはただの幼馴染ではなくなった。しかし、「好きだ」「おれも」そのやりとりをしたところで満足している。それはこころの繋がりを得るためのやりとりだ。べたべたとじゃれ合うことはあるけれど、研磨に対して邪な感情を抱いたことは一度もなかった。
 とはいいつつも、ごく健康な男子であるから突然むらむらっとすることは多分にある。そういうときのおかずは百パーセント、自分たち男のために身体を張ってくれているエッチなおねえさんだ。鉄朗のなかの研磨は、そういう欲から遥か遠く離れた位置にいる。かといって、いつか別の人と…などと考えていた訳でもないのだけれど。
 しかし好き合うもの同士なのだから、いずれ肌を合わせるのもまあ自然な流れだろう。さきほど友人がため息まじりに漏らしたように、自分も本心では研磨とそういうことをしたいと思っているのかもしれない。したいのか? ――うーん、分からん。鉄朗は細い眉を寄せる。研磨はずっと鉄朗の隣にいて、膨大な時間を共有してきた。そして今後もそういったのんびりした時間が続いていけばいい、刺激がなくたって十分だ。そんなプラトニックな関係に微塵の疑いもなかった。ついさっき、友人の話を聞くまでは。
 自分はどう思っているのだろう。胸に生じたもやもやはなかなか消えず、午後はほとんどうわの空で過ごした。受験生のノートが真っ白なのは由々しき事態であるが、そうして頭の中が研磨のことでいっぱいになっているのは幸せだ、と一番後ろの席に頬杖をつき、ひそかに笑う。

 そもそも自分は研磨にもよおすことがあるのだろうか。そう考えた鉄朗は、部活の始まる前、部室で練習着に着替える研磨をちらりと盗み見てみた。カッターシャツを雑に脱ぎ捨て、乱れた金髪もそのままに、薄っぺらな背中を丸めてもぞもぞしている。
 研磨の身体は余計なものがなくて―必要な筋肉もあまりないのだけれど―、全体に体毛が薄くつるっとしていて、綺麗だとは思う。だけどこれを見て興奮するのかと問われれば、うーん…と唸らざるを得ない。こどものころからもう何度も見てきたから、エロいとか色っぽいとかセクシーとか、そういう類の言葉がいまいち結びつかない。
 研磨がセクシーって、と失礼ながら笑いそうになる。やはりどんなに好きでも、研磨はそういう対象にはならない。そう結論に達してもなお、鉄朗の胸はもやもやしていた。しかしそれも、普段よりも力をいれて部活をしているうちに、頭の片隅に追いやられていった。

 一日の終わりには、特に意味もなく研磨の部屋に上がりこむことが多い。家に帰る前にふらりと寄るときも、一度帰って、寝る支度まで済ませてから訪問するときもある。そうして研磨とまったり過ごすのは、もはや鉄朗にとっても研磨にとっても、腹が減ったら飯を食うような、眠たくなったら布団に入るような、そういうごく当たり前な習慣のひとつとなっている。
 今日も今日で、ふたりならんで研磨の家に向かう。「おじゃまします」と玄関に上がれば、研磨の母親は「おかえり」と鉄朗を迎える。
 しかし通い慣れた部屋に入ってドアを閉めた瞬間、鉄朗は突然、猛烈な後悔に襲われた。みぞおちのあたりが、じりじりする感覚。気まずい。なんだかよく分からないけれど、とにかく気まずいのだ。
 ドアの前で硬直する鉄朗には気付かないようで、研磨はリュックサックを放り投げた。それがどさりと床に落ちる音で、鉄朗はほんの少しだけ平静を取り戻す。それでも、テレビもついていない、音楽も流れていない研磨の部屋はしんと静まり返り、研磨が立てるかすかな吐息や衣擦れが不自然に大きく聞こえ、胸がざわざわする。ベッドを背もたれにする鉄朗の定位置に腰をおろしても、なにかがいつもと違っている。座っているだけなのに鼓動はどんどん速くなり、研磨に伝わってしまわないか心配になる。
 そんな鉄朗をよそに、研磨は制服を脱ぎ、部屋着のスウェットに着替え始める。これも何度も視界のなかで繰り返される習慣のひとつだ。それなのに、研磨が乱れた髪をざっと直す仕草に、見てはいけないものを見た気分になり、鉄朗は慌てて目をそらした。何故だろう。見慣れた動きのはずなのにいつもと違う。だけど、なにがどう違っているのか。訳も分からずもやもやしていると、スウェットに着替えた研磨が鉄朗の隣に座り、こてんと身体を預けてきた。これも特段、珍しいことではない。クッションの代わりに寄りかかられているだけだ。しかしやはり、鉄朗の身体は強張ってしまう。――緊張? 付き合いたての男女ならともかく、相手は研磨だ。そんなのはおかしい。
 どうにも落ち着かず、鞄を漁るふりをしてさり気なく研磨から離れた。丁度良いクッションを失った研磨はとくに何も言わず、そのままベッドに上がってうつ伏せに寝転んだ。
 そうしてゲームを始める研磨にちらりと目をやると、腰ばきしたズボンのふちから、日焼けを知らない素肌とボクサーパンツのゴムがのぞいていた。風呂上がりや夏であれば、ふたりともTシャツと下着だけでだらだらするのはままある。わざわざ見はしないけれど、視界に入っても今のようにどきどきはしなかった。本当に、今日の自分はどうしてしまったんだ。別のものに意識を向けようと、放り投げられていた漫画雑誌を手に取って開いた。熱くさわやかな物語が続き、原因不明の緊張が少しずつ解けていく。ほっと胸を撫でおろしたところで、軽いお色気シーンのあるラブコメ漫画が始まった。
 いわゆる萌え系の女の子がなんらかの事故で際どいポーズをとっていたり、下着越しに柔らかな肌を惜しげもなくさらす、男子の夢が詰まったストーリー。今ではこの太ももエロいな、とかそんな程度で済むけれど、もう何年か前の自分が読んでいたらなかなか危なかっただろうと思う。しかし問題はそこではない。―研磨も多分、これ読んでるんだよな? アニメとか、そういうのが好きだという話は聞かないけど、ゲームばっかしてるし、もしかしたら本物の人間にはあまり興味がなくて、こういうのでむらむらすんのかな。
 件の研磨は、変わらず鉄朗の背後で静かにゲームに興じている。下世話と分かっていても、いちどはまった渦からはなかなか抜け出せない。鉄朗の頭の中では、暗い部屋でぴっちり布団をかぶった研磨が、ふわふわした二次元の萌え女子に息を荒くしている。その右手には、きっと――
「クロ、今日どうしたの?」突然背後から声をかけられ、びくりと身体が跳ねた。
「え? どうって?」
 鉄朗はなんでもないふうを装って答えるが、ベッドの上の研磨は納得いかなそうな顔をしている。
「なんか…なんだろう」そう言って首を小さくかしげると、耳にかかっていた髪がひとふさ垂れ落ちた。それには構わず、鉄朗に向かって右手を伸ばしてくる。研磨の右手。火照った肌に触れる右手。再び悩ましい光景が浮かび、鉄朗の顔は、ぼん! という擬音が聞こえてきそうなくらい、一気に紅潮した。
「顔、すごいまっか」
「うわ、研磨、」
 額にそっと手を当てられ、大きく飛びのく。明らかに尋常ではない様子の鉄朗に、研磨はなにかを察したのだろう。心なしか面白そうな顔でベッドを降り、獲物をみつけた猫みたいにじりじり近付いてくる。
「なんだよ研磨」浮かべた皮肉っぽい笑みも、ひきつっているのが分かる。研磨はじいっと鉄朗を見つめている。
 居心地が悪く、鉄朗は座ったまま後ずさった。すると研磨がまた距離を詰めてくる。耐えきれず後ずさる。詰められる。それを何度か繰り返し、鉄朗はついに壁際に追いやられ、逃げ場を失った。
「おい、なんだよ研磨、近いって」
 ガードするよう立てた膝に、研磨が顎をのせる。小さな唇が緩慢に動いて、ぽつぽつと言葉をつむぐ。
「クロこそなんなの。なんでそんな、そわそわしてるの」
「そわそわなんてしてねえよ。普通だよ」
「ふーん…」
 じとっと細められた目は、「うそつき」と言っている。きっと本当のことを話すまでずっと、この居心地悪い視線を向けられる。研磨は物事に興味がないと見せかけて、なかなか頑固なところがある。鉄朗は肩をすくめた。
「あー…引くなよ?」
「うん」
 鉄朗は、昼休みのクラスメイトの会話をきっかけに考えた諸々を話した。着替えを盗み見たり、今の今まで下世話な想像をしていたのはもちろん伏せた上で。
「―で、おれのこと意識しちゃったんだ?」研磨は鉄朗の膝にもたれたまま、なんでもないように言った。
「意識って、俺は別にそんな」
「まあ、普通でしょ」
 軽蔑されなかったのに少しだけほっとした。気まずさの理由を知って安心もした。ただ、直接ではなくとも、研磨をそういう対象に入れてしまっている事実に気付かされたのは少なからずショックだった。
 珍しく黙り込んだ鉄朗に、研磨が追撃をする。
「クロってうぶなんだね。意外」
「だっ…しょうがねえだろ! 友達ともあんまそういう話しねえし。研磨しか、いない、し…」
 口に出しながら己の言っていることの恥ずかしさに気付き、腹から出していた声はどんどん小さくなる。俯く鉄朗を見て、研磨は唇をとがらせた。研磨の唇がとがるのは、ばつが悪かったり、照れくさかったり、そういう感情を隠そうとしている時だ。
「あのさ、もしかして、我慢してた?」
「我慢って?」
「…したかったのかってこと」
 唇はとがったままなものの、すっと鉄朗を見つめる目はいつになく真剣だった。
 鉄朗はハッとする。そうだ、それは別に、ただいやらしい気分になって、精を吐き出すためだけの行為ではない。やましいことばかり考えていた自分が恥ずかしくなる。それでも。
「ああ…うーん。悪いけど正直な話、全く考えたことなかったわ。俺と研磨が、って。なあ…」
「…うん。おれも」
 研磨がこきっと首を鳴らし、その話はそこで終わった。
 研磨に話したこと、もやもやの原因が分かったこと、それを咎められなかったことでもやもやはすっきり晴れた。もう、変に緊張もしなかった。孤爪家の夕食の時間がくるまで、普段通りに研磨とくっついて過ごした。

 その日の夜、鉄朗は枕に顔を押し付け、あらためて考えていた。
「俺と研磨が…ねえ」
 思い返してみれば、研磨とは真面目、不真面目のいかんに関わらず、性にまつわる話を全くしてこなかった。ふたりで遊んでいるあいだに捨てられた成人向けの雑誌を見つけたときも、なぜだか研磨に見せてはいけないと思ってそっと隠した。互いの身体が大人に近づき始めたときも、他の友達にするように茶化したりはできなかった。クラスメイトとなら平気でする雑誌やビデオの貸し借りも、研磨相手には考えられない。
 そもそも、研磨は性に関心があるのだろうか。萌え絵にもよおすところを散々妄想していたくせに、白々しいことを思う。あいつちゃんとオナニーしてんのかな。そもそも人並みにむらむらすることなんてあるのか? それはさすがに失礼すぎるか…。鉄朗の思考はじりじりと脇道に逸れていく。
 うーん、やっぱり自分と研磨は今のままで良いのでは…と唸るものの、その意に反して悩ましげな顔の研磨を思い浮かべ、鉄朗の筋張った右手は己の下半身に伸びていった。

 次の日、鉄朗は研磨にいつも通り接することができなかった。結局研磨をおかずにしてしまったからだ。頭の中の研磨は実物と違ってひどく積極的で、煽情的だった。今まで見たことのない雄を感じさせる表情に、鉄朗はただただ昂った。
 なまじ興奮してしまっただけにきまりが悪く、意識的に距離を置いて過ごした。くしゃくしゃと髪を撫でるのすらもためらわれる。そうして物理的な距離は取るものの、気付けば目で研磨を追っている自分がいる。
 部活前の着替えを、今日も横目で盗み見る。
 薄っぺらい背中、運動をしている割には華奢な腕。西日を受けた産毛がやわらかに光り、淡い肌を飾っている。なにも変わらないはずなのに、動作に合わせてうごく素肌が、やけになまめかしく見える。
 ――違う。研磨はそういう対象じゃない。あれは、都合のいい妄想だ。鉄朗はぎゅっと瞬きをし、自分の身体を見下ろす。割れた腹筋、へその下から徐々に濃くなる黒い毛。肌の色も厚みもずいぶん違うけれど、研磨と同じ、男の身体だ。これに興奮することはない。絶対に。必死にそう言い聞かせ、練習着を頭からぐいとかぶった。

 一日が終われば、いつものように研磨の部屋へ行く。罪悪感からであろうか。ドアを閉めると、昨日以上の気まずさが鉄朗のみぞおちの辺りを重くした。研磨が部屋着に着替えるところも、もう不自然に視線をそらすしかなくなっていた。意識すればするほど、鉄朗から見た研磨は変わっていく。
 ベッドの脇、定位置に腰を下ろすと、いつもと同じく研磨がこてんと身体を預けてくる。かすかに汗のにおいのまじった、金色の髪が肌をかすめる。おかしくなってしまう気がして横にずれれば、研磨は昨日とは違い、ぬくい身体を擦り寄せてきた。
「なんなの、逃げないでよ」
「っ…」
 研磨は鉄朗のシャツをぐいと引き、鉄朗の浅黒い左手に指を絡ませる。そして指先に力をこめたりゆるめたりしながら、少しの羞恥をにじませて言う。
「ねえクロ、おれ、あれから色々考えてたら、ちょっと、したいかも…って。だめ?」
 鉄朗は、息をのんだ。なにを考えたのかなんて、なにをしたいのかなんて、聞かなくても分かる。触れ合う手のひらに汗がにじむ。表情のうすい顔を見下ろせば、長めのまつ毛が、まだ幼さを残す頬に影を落としている。
 あの研磨が、性に興味がないと決めつけていた研磨が、自分とそういうことをしたいと言っている。みぞおちの重さはぐっと増し、心臓が早鐘を打つ。研磨が、俺と――だめだそんなの! だめだだめだ!
「だめ?」肩に頬を擦りつけてくる研磨はいつもの無表情だが、長らく同じ時間を過ごしてきた鉄朗には、甘えられているのだと分かってしまう。
「…いや、だめじゃない、けど、照れるっつうか」居心地悪く、顎をかく。
「そんなの、おれだって恥ずかしいよ…」
 ふいにぎゅっと抱き着かれたと思うと、そのままぐっと体重をかけられ、カーペットに押し倒された。床にぶつからないように、後頭部に手を回してくれている。そんな仕草に研磨からの愛情を感じ、胸が甘く締め付けられた。分かりづらい部分もあるけれど、研磨はやはり自分を好いてくれている。だからこそだめだ研磨、俺はお前のエロ妄想で抜いた浅ましい男なんだ…! 鉄朗の全身を、血液がぐるぐるまわる。くいと首を持ち上げると、ごく近くに自分を見下ろす研磨の真剣な顔がある。その一方で、研磨の大きな瞳にうつった鉄朗はおかずにした研磨を思い返し、欲に濡れた、期待に満ちた表情をしている。いやだ、こんな自分は見られたくない、と唇を噛む。
「けん、ま」
「急ぎすぎ? でもだめじゃないんでしょ?」
「そうだけどさ…」
 目をそらして曖昧に答えると、ちゅっと触れるだけのキスをされ、スウェットのなかに研磨の手が入りこんでくる。トスを上げ、ゲームをするための指が、引き締まった鉄朗の腰や腹をやさしく撫でる。
「そんなに緊張しなくても、別に、いきなり全部しようなんて思ってないから」
「お、おう」全部って何だ!? アレをソレにアレしてアレするアレか!? っていうか、研磨は具体的に何をするつもりなんだ? 内心あわあわする鉄朗を尻目に、研磨の手はゆっくりとせり上がってくる。やがて、片方の手がそっと鉄朗の下半身に乗せられた。思わず叫びそうになるのを、歯を食いしばってこらえた。
 研磨の手のひらが、するっと軽くそこをさする。なんてことのない刺激なのに、そうしているのが他ならぬ研磨ということが鉄朗をおかしくさせる。かあっと下腹部に血液が集まり、ぎゅっと目をつぶった。ものすごく恥ずかしい。ああっ駄目だ、ちんこ勃つ! 変な声出る!
「あっ、けんま、やばい…う、」

 しかしその次に口から出たのは鉄朗の予想に反し、うひゃひゃひゃという、ひどく間の抜けた笑い声だった。三大欲求のひとつが羞恥心にねじ伏せられた瞬間だった。
 あっけにとられた研磨が触れるのをやめても、鉄朗の笑いはなかなか止まらなかった。忘却の彼方にあった過去のくだらない思い出やどうしようもないギャグが走馬灯のように駆け巡り、鉄朗自身もなにが面白いのか分からないまま、腹を抱え、床を拳でダンダン叩いて笑い転げた。ようやく落ち着くと研磨の瞳にわずかにあった欲望の色は消えており、残念に思いつつも、心のどこかではほっとしていた。
「申し訳ねえ…」
「別に、いい」
 研磨はゲーム機片手にベッドにダイブする。怒っているのかと思ったが、そんな鉄朗を察してか「おれたちずっと、そういう感じじゃなかったし」とつぶやいた。鉄朗は真面目に謝るべきか茶化すべきか分からず、曖昧な笑みとともに「そうだよなあ」と答えてまたベッドに寄り掛かった。
 その日それから研磨が行動を起こすことはなく、鉄朗の失態もなかったことにして、いつも通りに過ごして帰った。慣れた部屋に、少しの気まずさを残したまま。

 帰宅し、寝支度をして布団に入った鉄朗は、前の晩と同じく研磨に触れられるところを思い浮かべて自分を慰めた。
 初めて研磨をおかずにしたときもそうだったが、研磨を想うとそこはあっという間に硬くなり、少し触っただけで蜜があふれ、とろとろになってしまう。どんなに刺激的なビデオを観ながらしてもせいぜい呻きが漏れるくらいだったのに、とびきり甘えた、鼻にかかった声が切なく漏れ出てしまう。こらえて歯を食いしばっても、おもむくままに喉をふるわせても、等しく気持ちが良い。
 羞恥心が勝ってしまったが、研磨の部屋でカーペットに押し倒されたとき、鉄朗は確かに研磨に触れられたいと感じていた。そういう対象ではないと信じてきた研磨を欲していた。複雑ではあるが、こうなってしまっては自分を受け入れるしかない。だけど、ひとりでしている今でもこんな具合だ。実際に触れられればひどく乱れてしまうかもしれない。平均的な大人よりもずっと身体が大きくて、部活では部員たちの上に立ち、研磨にも年上の余裕を滲ませている自分がその実、頭の中をやましい妄想でいっぱいにして、ものをがちがちに硬くさせ、だらしのない声を垂れ流しにしている。こんな自分を見たら、研磨はどう感じるだろうか。

 二度目は、その日から大体一週間後くらいにあった。
 部活を終えてなんの疑いもなく研磨の家に上がろうとすると、研磨が鉄朗の胸のあたりを押して制す。
「おれ、風呂入りたいから。クロも入ってから来て」
 その言葉に、鉄朗の喉がかすかに鳴る。
「…分かった」
 しかしその日もやはり、勃つ! と思った瞬間に心の中の声が漏れてしまい、唐突に「ににんがし!」と叫んで場を凍り付かせた。運動部仕込みの腹式呼吸が静かな部屋の空気を震わせ、わずかに残響が聞こえた。文字通り頭を抱える鉄朗に、研磨は「ゆっくりでいいから」と言うだけだった。
 うまくいかなかった分、家に帰ってからの自慰は激しくなる。研磨は一体どんなふうにここに触れてくるのだろうか。右手でぎゅっと握ったものは熱く、しとどに濡れて、指が外れてしまうのではと思うほど滑る。寝巻きのスウェットの袖を咥え、枕に顔を押し付けてひたすら喘ぐ。唾液が顎を伝っていく。ただ扱くだけでは足りなくなるとそっと布団から抜け出し、脚に半端にひっかかっていたズボンを蹴飛ばし、敏感な部分をつめたいフローリングに擦りつけた。継ぎ目のわずかなへこみにかりかり刺激され、面白いくらいに腰がひくつく。
「あ、けんま、けんま…っ、」
 これではまるで覚えたての猿だ、と鉄朗は惚けた頭で思った。こんなところ、絶対に見せられない。だけど、だけど――

 大爆笑してしまったあの日からひと月が経ち、似たようなことがもうかれこれ四度続いていた。
 自分のいやらしさに引かれたらどうしよう、程度だった想いは、見られたら死ぬ! というレベルに達していた。したいと言ってきたのは研磨の方だが、そういう問題ではないのだ。
 研磨は決してそんな鉄朗を責めなかったが、鉄朗は勝手に追い詰めらてれいた。研磨の誘いに頷きつつも、する前から「今日もきっとだめだ」と思ってしまうようになっている。それでも、したい気持ちはあるのだ。その証拠に、自分で慰めるときはエッチなおねえさんよりも研磨でする頻度の方がずっと高くなっている。
 ―今日こそは。そう思いながら、鉄朗は熱い風呂に浸かっていた。これからまた、研磨の部屋へ行く。誘いがあった訳ではないけれど、待っていなければならないという決まりはない。たまには自分から積極的にいくべきだ思ったのだ。
 もわもわ立ちのぼる湯気を見つめ、いつもの流れを反芻する。研磨が猫のようにすり寄ってきて、遠まわしに鉄朗の意志を確認する。言葉なり態度なりで応えれば、十本の指がやさしく触れてくる。
「やべ…」血液の集まる兆しを感じ、思考を地獄のレシーブ練習にシフトさせた。風呂の熱さが体育館の熱気とかさなり、うえっと眉を寄せる。
 とにかく、いつも同じようにして失敗してしまうのだったら、流れを少し変えてみたらいい。今日こそは、研磨と触れ合う。今日こそは、むなしい夜から抜け出してみせる。
「よし」
 鉄朗はざばりと湯船を出ると、濡れた髪をかきあげた。鏡にうつる自分は我ながら男前で、明日からはオールバックで過ごそうか、などと思う。この余裕を忘れないうちに、研磨のもとへ行かなければ。手早く支度をととのえ、鉄朗は家を飛び出した。

 玄関口で「こんばんは」と挨拶をし、研磨の家族からの返事も待たずに二階へ上がる。何度も出入りしたドアの前で、ふうと深い息をつく。一拍おいてドアを開けると、研磨はベッドに座ってゲームをしていた。ちらりと鉄朗へ視線をよこすが、特になにも言わない。いつもなら鉄朗はそんな研磨に「よう」だったり「またゲームか」だったりとにかく何かしら声をかけるのだが、今日は無言のままずんずん近づいていく。ぎいと音を立て、ベッドに乗り上げる。布団がたわみ、視界が、根元の黒くなった金髪が揺れる。いとおしいと思う。少し背を丸め、縋るように研磨の肩をつかみ、キスをした。
「んぶっ」
 鉄朗の認識よりも勢いがついていたようで、鼻がぶつかる。研磨は突然ゲームの邪魔をされたことに一瞬むっとしたが、鉄朗に退く気がないと分かるとゲーム機をぽいと投げ、心持ち嬉しそうに鉄朗の背中に腕をまわしてくる。風呂上がりでいつもより濃い、シャンプーの甘いかおりが鼻をかすめた。くしゃりと撫でた金髪はまだ湿っている。
「湿ってる。髪」額と額を付けたまま、鉄朗は言った。
 よく通るはずの声が、髪を梳く指が頼りなくふるえている。初めてバレーの試合に出たときよりも、研磨に好きだと告げたときよりも、ずっと緊張していた。
「そのうち乾くからいい」
「寝ぐせつくぞ」この際、髪なんてどうでもいいのだが、こうして誤魔化さないと心臓が破裂してしまう。早く助けてほしい。と情けなくも思う。
「…そんなこと言うためにきたの?」
「それは、」
 研磨は薄いまぶたを閉じながら、鉄朗に口付けた。軽く触れるだけのそれを、何度も繰り返す。唇から全身に、身を焦がす想いが広がっていく。長いまつ毛が飾るまぶたを眺めていると、研磨がふいに鉄朗の下唇を食んだ。意図を察して控えめに口を開けば、研磨の舌が入り込んでくる。初めてする、深いキス。なのにどうしたことか鉄朗の頭は急速に冷めていき、これすげえエロいなあ。と自分に噛みつく幼馴染をどこか他人行儀に眺めている。
 舌を絡め合ってふうふう言っていると壁に縫い付けられ、膝立ちになった研磨の太ももが、鉄朗の脚の間をぐっと押した。
「…っ」
「クロ、嫌だったら言ってね」
 口調は優しいが、目をぎらりとさせ、雄の顔をしている。当たり前だけど、研磨も男なんだ。と、鉄朗はやはり他人行儀に感じていた。
 身体をゆるゆる擦りつけながら、研磨は鉄朗の首筋を舐めたり、肌に軽く吸いつく。時折、太ももに研磨のものが擦れる感触がある。それが徐々にスウェットを押し上げていくのに対し、鉄朗のものはぴくりともしない。あんなに欲していたのに、くすぐったいとしか感じない。嘘だろ? とそこに意識をやっても頭は冷めていく一方で、言うことを聞かない。―どうして。あらぬ時に勃起してしまうことはややあるが、その逆は初めてだった。研磨としたい気持ちは確かにあるのに、焦れば焦るほど心と身体が分離していく。今日もだめなのだろうか。そしてまた、家に帰ればひとりでするのか。ばかみたいに。みじめな自分の姿を思い返し、鼻の奥がつんと痛んだ。
 目を熱っぽく潤ませた研磨が鉄朗を見上げて、ぴたりと動きを止めた。もうおしまいだと思った。
「…いやあの、これは、緊張で」
「今日はやめよ」
 そうしてすっと身体が離れると、心までもが遠くにいってしまうような気がした。慌てて弁解する鉄朗を、研磨はなんでもないようになだめる。
「おれ、それだけのためにクロといるわけじゃないし」
 泣きそうな顔を撫でる手はただただ鉄朗を慈しんでいる。研磨は慣れた人間にはきついことも言うが、本当に傷つけることは絶対にしない。その優しさが鉄朗を苦しめる。
「でも、お前」鉄朗はちらりと研磨の膨らみに目をやった。
「気にしなくていい」
 研磨はスウェットの裾を引っ張ってそこを隠し、どこか哀しそうな色を目に浮かべた。
 その目を見て、研磨はおそらく誤解をしている。と鉄朗は思った。もしかしたら、鉄朗に「ゆっくりでいい」と言うたび、心は傷ついていたのかもしれない。
 鉄朗はがっくりうなだれた。どうして気付かなかったのだろう。考えてみれば、恥ずかしいのは嫌だとかそれでもしたいとか、自分が研磨にどう思われるかということで鉄朗の頭はいっぱいだった。相手があってのことなのに、肝心の研磨の気持ちを思いはかったことなんて一度もなかった。これで研磨が好きだなんて、笑わせる。
 だけど、こうして優しく頬に触れてくれているのだ。まだ全てがだめになったわけではない。鉄朗は考える。自分が研磨の立場にあるとしたら、どうしてほしいだろうか。相手を想って生まれた熱を、どうやって鎮めたいと思うだろうか、と。
 そうして、ふるえる手を、スウェットを引くひと回り小さな手に重ねた。
「平気だって、本当に」
 困った顔をする研磨を、もっと困らせたい。自分と同じように、触れられることにどきどきすればいい。
「うるせー。俺がしてえんだって」
 いつものにやけ面の自分が、やっと戻ってくるのが分かった。

 鉄朗は床にひざまずき、ベッドの縁に腰かける研磨の下着をずりおろす。目の前でゆるく持ち上がるそれを見て、かあっと頬が紅潮する。何度も想像してきたものよりずっと生々しく、卑猥だった。そしてなにより、石鹸にまざってほのかに研磨のにおいがする。たったそれだけで、もの凄くどきどきしてしまう。
 やわらかい下生えに指を絡めると、鉄朗の呼吸は、研磨よりもずっと荒くなっていた。
「…触るよ」
「うん」
 恐る恐るそこに触れ、自分でするときのように根元をぎゅっと握ると「ちょっと強い」と言われ、研磨はもうちょっと緩いのが好きなのか、とそれにもまたどきどきする。
 竿を優しく撫で、袋を揉んでいると、そこはどんどん腫れあがっていく。研磨が、自分の手で気持ちよくなっている。鉄朗は必死で余裕ぶっていたが、先端からつぷりと蜜があふれると平静を失い、もうそこを見ていられなくなった。自分を見下ろす視線を感じながら、研磨のものをにゅくにゅく扱く。視線は研磨ではなく、研磨が腰かけるシーツの模様に固定する。左手では敏感な部分をくるくる擦ったり、袋をやわく握ってやる。
「はあ…」
 目を逸らしていたのは恥ずかしさゆえだが、どうしても見たくなってしまい、熱い息をついて手元を盗み見た。ぴんと天井を仰ぐそれは、色も形も自分のものとは少しずつ違っている。大好きな研磨の、研磨だけのかたち。
「…研磨、痛くないか?」顔を見上げてそう尋ねたのは少しでも気を逸らしたかったからだが、こくこく頷きながらたまらなそうに長い息を吐く研磨と目が合い、ほっとすると同時に身体の奥がじりじり疼くのを感じた。こらえているのだろうか。時折気持ちよさそうに眉を寄せたり、うすい腹筋がぴくりと震える。そんな、ちょっとした仕草の一つ一つが鉄朗を煽る。こんな研磨は知らなかった。普段あまり性のにおいがしない分、秘められているものをこっそり覗き見ているような、いけないことをしている気持ちになってしまう。
 ――もっと見たい。
 ごくりと唾をのみ、先端に向かって少し強めに擦る。するとそこが脈打ち、普段の様子からは想像できない、ひどく艶めいた呻きが研磨の喉の奥から漏れた。それを耳にした瞬間、鉄朗の下っ腹は一気に重たくなる。
「う…」
 ものを扱いているだけなのに、そこはまるで触れられているように熱をもっていく。研磨を気持ちよくさせながら、自分も感じてしまっている。
 研磨が鉄朗の変化に気付くまでに、時間はかからなかった。すこすこと規則的だった刺激が突然ぎこちなくなったからだ。それでも、鉄朗は軽く前かがみになりながらも、何でもないふうを装って研磨のものを扱き続ける。
「クロ」
「なんだ?」
「…おれもするよ」
「なにが?」
 ここまできても、やはり鉄朗は研磨に恥ずかしい姿を晒すのが怖かった。しらをきる鉄朗に、研磨は唇を尖らせる。
「なにがって…勃ってるじゃん」
 着古して毛玉のついたスウェットはどう見てもテントを張っている。それを一番よく分かっているのは鉄朗自身だ。
「た、勃ってない」
「勃ってる」
「勃ってない」
「…勃ってる」
「いいって! 勃ってねえって!」
「なんで怒ってんの」ふき出した研磨に、そこを足で軽くつつかれる。研磨に触れているというだけでがちがちなのだ。そんなことされたら…、と鉄朗は小さく唸り、上下させていた手を止めた。
 研磨はぬるつく己のものに目をやり、言う。
「おれはクロとするって考えてこんなんなったんだからさ、べつにクロのやらしいとこ見ても引かないよ」
「本当に…?」
「うん。っていうか、見たいし」
「でも…」
 いつになく前のめりな研磨に気おされるものの、その言葉に身体はじりじり火照っていく。見られたい。全部、研磨に見てほしい。
「でも俺本当、やべえから…」
「なにがそんなにやなの?」
「声とか、結構出る。たぶん」
 すると鉄朗の手の中で、ぴくっと研磨のものがうごめいた。
「え、なんで」
「想像した。…だから、大丈夫だって」
「でも変だろ、そんなの。いつもすかしてんのに」
「んー、声、出すのはちょっと意外だけど、クロがえろいのは知ってるよ」
「は…?」
「興味ないみたいな顔してるけど、コンビニのエロ本コーナーとかあからさまに目そらすし、すごい分かりやすい。あと…こういう感じになってからさ、部室で着替えるとき、おれのことすごい見てたよね?」
 さらっと指摘され、研磨の肌を目にしたときとはまた違った意味で顔が赤くなる。
「それは…仕方ねえじゃん」
「うわ、やっぱりそうなんだ。むっつり」
「っ…ハメたな!? くそ」
 罠にひっかかって悔しがる鉄朗を見て、研磨はまた笑った。鉄朗がどんなに隠したところで、研磨は全てお見通しだったのだ。
「本当に絶対引かない?」「引かないよ」というやり取りを何度か繰り返し、鉄朗はついにズボンを脱ぎ捨てた。下着はぱんぱんに膨らみ、黒い布地に小さなシミができている。
「すごいね。おれのちんこ扱いてるだけでこんなになったんだ」つんつんとそこをつつく研磨の声は、どこか嬉しそうだ。
「う、嫌じゃねえの?」
「しつこい。嫌じゃないよ。クロのこと好きだし。クロは、クロで勃つおれが嫌?」
「嫌じゃねー、けど」
「好き?」
「…好きだよ」
 つとめて真面目な顔をする鉄朗を見、研磨は「知ってます」とでも言いたげな余裕の表情を浮かべた。掌で転がされているようで少し悔しいけれど、それでもやっぱり好きで、大切でたまらないと鉄朗は思ってしまう。

 下だけ裸になった二人はベッドの上で向かい合い、戯れるように互いのものを触り合う。鉄朗のものはもう腹につくほど反り返り、てらてらと光っている。赤黒く腫れたそれと、それを撫ぜる研磨の肌のコントラストが鉄朗をたまらない気持ちにさせる。
 研磨は一人でするときもこうやって触るのだろうか、とか、枕の横にあるティッシュはそういうときにも使うのだろうか、とか、下世話なことを考えるたび鉄朗のそこはぴくぴく脈打つ。
 未だ残る照れからきょろきょろと視線をさ迷わせる鉄朗とは違い、研磨は鉄朗の顔とものをわくわく顔で眺めている。
「なあ、見すぎ…」
「でかいなあとか、どこがいいのかとか、考えてる」
 あっけらかんとした研磨に、鉄朗は眉を寄せて問う。若干からかう気持ちも含ませながら。
「お前、そんな積極的なヤツだったっけ?」
「んー…たしかにあんまり人とそういう話はしないけど。でも、おれたちくらいの歳ならこんなもんじゃない?」
「まあそうかもしれねえけどさ。だってお前、オナニーなんてしたことありません! みたいな顔してるから、俺はてっきり…」
「へえ。クロはおれのこと、そんなふうに思ってたんだ」研磨は鉄朗のものを撫でながら、じとっとした目で鉄朗を見た。
「あーもう、なんなの…」
 なんだか喋れば喋った分だけ、墓穴を掘っているような気がする。ごまかすように腫れた先端をぎゅっと擦ってやると、研磨がちいさく喘いだ。鉄朗がしたり顔をしてみせると、研磨はむずがゆそうに唇をゆがめる。しかし、「ほら、おれだって普通の男だよ」とうっすら頬を上気させて言う姿は、もうどうにでもしてくれ! と叫びたくなるくらい男前で、色っぽくて、かつてないくらいに鉄朗をときめかせたのだった。

 互いに戯れから射精をさせるための動きに変わっても、研磨は先ほど「ちょっと強い」と言ったように、鉄朗のものを優しく優しく扱く。視覚的には十分ぐっとくる光景だが、強い刺激が好きな鉄朗には少々物足りない。悩みの種だった痴態をあまり晒さずにすむのは助かるのだけれど。
「なあ、もうちょっと強めにしてくんね?」そんなことが言えるくらい、鉄朗にも余裕が生まれていた。
「クロさ、いつもあんなにきつく握ってるの?」
「そうだけど…」
「イけなくなるよ?」
「あー…でももう、あれくらいじゃないと無理だし」
 研磨が言うように自分でも危険だとは思っているのだが、どうもぬるい刺激では気持ちよくなれない。
「ふーん…ちょっと手、どけて」
「え? おう」言われるがまま、研磨のものから手を離す。
 研磨は職人よろしく下唇を舐めると、鉄朗のものに顔を寄せた。
「っひ」
 赤黒く腫れた、敏感な部分をちゅっと吸われる。強く握るのに比べたら、ごくごく軽い刺激。しかしたったそれだけで、ぞくぞくと甘い痺れが全身を駆け巡る。
「う、あっ…、け、けんま、そんなのダメだって!」
「うまくできるか分かんないけど、がんばるね」
 ゲーム以外で、こんなに楽しそうにする研磨を久しぶりに見た。がんばらなくていい! がんばらなくていい!!
 声を出さずにいられたのは、研磨がまだ本気を出していなかったからだったのだと鉄朗はまだ痺れている頭で悟った。軽く吸われただけで全身がびりびりしたのだ。これから襲いくるであろう快楽と羞恥を想像し、研磨に握られたそれがぴくんと揺れる。ああ、もうだめだ。きっとおかしくなってしまう。
 鉄朗がだめだやめろと往生際悪く騒ぐのも無視して、研磨は真っ赤な雁首を口に含んだ。手のひらとはまた違うあたたかさを感じ、蜜があふれてしまう。竿への刺激は変わらず優しいままだが、先端をちゅっと吸われ、ざらつく舌で舐められるのがたまらない。
「ひ、やだ、あ、けんまっ、やだって、あっ…」
 絶対に聞かれたくないと思っていた声は、一度出てしまえば、堰をきったように止まらなくなってしまう。研磨の体液で濡れた手で口許を抑え、必死に声を殺す。足の指がぎゅっと丸まり、全身がこわばる。
「うっ、ん…んんっ、う、うぅ…」
 右手は己の口許に、左手は脚の間でうごめく研磨の頭に添えている。小さな口からグロテスクなものが見え隠れする。引き剥がしたい気持ちともっとしてほしい気持ちが半々で、しかし熟れた身体は間違いなく研磨を求めていた。時折、無意識のうちにぐっと押し付け、腰をくねらせて特別好いところへの刺激をねだる。何度も兄弟のようにじゃれあってきたベッドの上で、自分たちはなんていやらしいことをしているんだ。そう思えば思うほど、身体は気持ち良くなっていく。
 やがて、割れた腹筋がぴくぴく震えるのが分かった。限界を察し、研磨が口から咥えていたものを離す。全身が火照り、いつもより赤らんだうすい唇の周りは、鉄朗の出したぬめりや唾液でてらてら光っている。もうそんなものだけで、鉄朗は射精してしまいそうになる。
「クロ、出そう?」
 尋ねられ、頷く。するとやさしく自分のものを扱いていた研磨の手の動きが激しくなり、あっという間に追い詰められていく。
「んっ、はぁ、あ、ぁ、けんま、あ、やっ、あっ」
「あ、ティッシュ」
 研磨が枕の横に置かれた箱から手慣れた動作でティッシュを何枚か抜き出し、鉄朗のそれに添える。
「クロ、ここ気持ちいい?」
 真っ赤な舌が、張り出した部分をなぶる。
「んっ……んん、やばい、それ、すき、ぅ、う…けんま、すき、すき……っ」
 “すき”と口に出した瞬間、胸が甘く締め付けられ、ちかちかと星が見えるほどの快感が訪れた。がくがくと身体が跳ね、スウェットの袖を噛んで耐える。
「おれも好きだよ」
「けんま…けんま…ぁ、っう、あぁ、」
 腫れたものに恭しく口付ける研磨を見ながら何度も「すき」と繰り返し、鉄朗は大きく身体をふるわせて達した。

 研磨ははあはあと肩を上下させている鉄朗のものを軽く拭ってやると、そのまま鉄朗に背を向け、己の手でティッシュに欲を放つ。
「あ、…研磨、ごめん」
 鉄朗の謝罪を無視し、研磨は汚れた紙を丸めながら振り返り、言う。
「クロ」
「ん…?」
「またしてくれる?」
 本当に、この堂々とした振る舞いはどこからくるのだろう。
「したい…」
 そして自分のこの、生娘のような恥じらいっぷりはどうにかならないものか。

 研磨に優しく抱きしめられれば、やわらかいにおいで心が満たされる。ひとりでするときは不快でしかない疲労感も、今は幸せな重みでしかない。薄い背中に腕をまわしたらまたどうにかなってしまいそうで、鉄朗は自分よりも華奢な肩に沸騰した頭を預けるので精いっぱいだった。
 人生の半分以上を研磨と共有してきて、すべてを知ったような気でいたのに、まだまだ見たことのない研磨がいるのだと鉄朗は知った。そしてそれは、研磨の方も同じだということも。

 今晩はおとなしく眠れそうだ、と研磨の家を出たときの鉄朗は思っていた。しかし自宅へ帰り、寝支度をととのえ、布団に入ってしばらくすると、研磨の部屋での光景が頭のなかいっぱいによみがえる。
 ついに研磨とえっち(なことを)した…。少し時間を置いたことにより、実際よりも少々美化され、より刺激的な記憶に塗り替えられている。ぐうと唸り、枕に顔を埋めたまま、右手をそろそろ撫でてみる。この硬い指で触れた、研磨の熱いものの感触。研磨の手で自分のものを扱かれる感覚。
「うわあああああああ!!」ついに触り合ってしまった! そして更になんと! 舐められてしまった!!!
 鉄朗はぎゅっと抱きしめた枕に向かってわあわあ叫び、布団の上をバタバタ転げまわった。なんだよあの研磨の顔! エロすぎ!
 頭のなかはあっという間に桃色に染まり、なかなか勃起せずに鉄朗を苦しめたそれはがちがちになっている。てめえ、この野郎! 悔しさに布団を殴るも身体は熱くなる一方で、結局今日もひとり、自分で慰める羽目になった。よくもまあこんなにできるなあと我ながら感心してしまう。
 右手を忙(せわ)しく動かしながら考えるのは、やはり研磨のことだ。研磨にしたときの、鉄朗には少し物足りない触り方を再現しても、今は興奮の種にしかならない。あいつもこんなふうに…と想像すれば、胸と下半身がきゅんと切なくなった。
 今度は、研磨がしてくれたように、研磨のものを舐めたい。腫れあがったそれを口に入れたら、どんな感触がするだろう。味は、きっとものすごくいやらしい。きっと自分はまた、研磨を咥えているだけで気持ちよくなってしまう。硬くなったものを擦りつけあったり、ティッシュ以外のところに出したり、それからもっとすごい、口に出すのがはばかられるような、とんでもないこともゆくゆくはしたい。それらの光景をイメージするたび指先に力が入り、重たい布団の中は熱気とくちゅくちゅ卑猥な音でいっぱいになる。
「あ…あ、いい…出る…いく…けんま、すきだ、けんま…っ」
 もっと触ってほしいし、触りたい。今日はどうにかおさえた声も、いつかは全て聞いてほしい。研磨以外にはとても見せられない恥ずかしいところを、気が狂うくらい見てほしい。そして願わくば、自分と同じように身体を熱くしてほしい。好きだから。全部、研磨が好きだから。
 こんな、乙女的な思考の自分が恥ずかしくてたまらない。しかし羞恥と同じくらい、愛しさがつのっていく。ひとりの夜もそれはそれで悪くないけど、次に自分に触れるのは、どうか研磨の指であってほしい。
 鉄朗はそんなことを思いながら呻き、薄くなった白濁を手のひらに放った。



2015/10/16



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「研磨の部屋でソワソワしている二人」というリクエストに先日ウギャーっとなった妄想をミックスして書きました
おぼこい黒尾を書くのが楽しすぎて、少し予定とは違ったものとなってしまいましたが、とっても萌え滾るシチュエーションなので、いつかちゃんと二人揃ってそわそわしている話も書きたいと思います
リクエストありがとうございました!




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