小説 | ナノ
お慕い申し上げます


私は一介の黒尾鉄朗マニヤである。コートの上でにたりと笑う君を心の底からお慕い申し上げてゐる。
ただ好いてギャーギャー騒いでいる訳ではない。鉄朗のことならなんでも知っている。母親以上本人未満といったところか。日々変動する身長体重は小数点第一位まで目測が可能。精度は99.9%である。ちなみに今日は…お伝えしたいところだがああ見えて鉄朗も思春期男子。誠に残念であるが公表は控えさせて頂く。
マニヤ歴はかれこれ十年ちかい。対象の鉄朗は十七歳。もはやマニヤどころの騒ぎではないのかもわからん。たった十年で良い気になるなと言いたくなる人もあるだろうが、鉄朗マニヤの十年選手は伊達ではないのである。私以外に聞いたことがないし、第一そんな奴は気が狂っている。十年前なんてまだ毛も生えないクソガキで、じわじわと人気が出てきたのがここ五年ほどなのだ。鉄朗のことなら彼奴に聞け! と言われるのは私の外にはない。

五年前というのは、鉄朗が成長期にさしかかり、芋虫から蛹、蛹から蝶へ、猛烈な速度で変態していった頃だ。私は鉄朗を毎日観察しているが、それでも日毎に身体がでかくなっていくのが分かった。いっときは横にいったらどうしようと思ったものだが大概縦にいったので大変よかつたです。なんだか本当に物凄くて、あんまりひどいと行きと帰りでもう違っているのだ。時折縮んでいるときもあったが、それは奇怪な寝癖の塩梅なのである。
苛立ったかあちゃん(と鉄朗は自分の母親を呼ぶ。かわいいネ)が「もうちょっとゆっくりでかくなってよ!」と無茶な注文をつけながら毎週のように靴屋へ通っていたのを今でも覚えている。

小学生だった鉄朗が高校へ上がっても、私の観察スタイルは基本的に変わらない。とにかく見守る。ただそれだけである。じわじわ数を増す同志たちの中には鉄朗に接触しようと試みる馬鹿者もあるが、そういうのは仲間内でエイヤッてするのが鉄の掟である。プラムで踊りたいだの寝癖直したいだの誤解されそうな発言をするのも御法度。我々はあくまでいないものとして活動せねばならない。鉄朗に干渉してはならない。干渉したいと願ってもならない(まあ思うだけなら仕方ないけどね)。見て、守るのである。それが鉄朗の安全と我々の精神の充足に繋がるのだ。あと、寝癖はあれで良いのである。

鉄朗は毎朝同じ時間に布団を出る。両腕で抱きかかえた大きなまくらから顔を上げると既になんとも形容し難きマブいヘヤスタイルが完成されている。寝癖が直らんと嘆くわりに寝相は頑として変えないところがちょっとアレで愛おしい。くわっと大きなあくびをひとつして、逆立った毛を忌々しげに触る。手櫛でどうにかしたるなどと空しい抵抗をしながら洗面所へ向かう。
あの寝ぼけたような半開きの目はそういう仕様であるから、顔をどんなにジャブジャブ洗ったところでぱっちり開くことはない。新しくできた友人に「眠いの?」と尋ねられ、理由が分からず困惑する顔は春を告げる風物詩のひとつである。
そうして身支度を整えると「おやじ」と「かあちゃん」とそれなりに仲良く飯を食らい、ようやくサイズの落ち着いた革靴を履いて玄関を出る。駅までの道のりをすたすた歩き、ご近所さんには余所行き用の顔で挨拶をする。寝ぼけまなこを見慣れた私にとっては胡散臭さしか感じられない表情であるが、鋭い目がふにゃっとなくなるところは不覚にも可愛げだと思ってしまうのである。だって本当にお花みたいなんだぜ…?
そんな訳で、どんなに大きくなっても、彼はてっちゃんてっちゃんと可愛がられている。地域のマスコットと言っても過言ではないと思う。いや、過言でした。
駅の改札を通るところを見届けて私の朝の仕事は終わる。

次に鉄朗を観察するのは夕方。四六時中見守っていたいものだがそういうわけにもいかぬのが辛いところである。部活動の始まる頃合いを見て都立音駒高校に忍んでゆく。
真剣に、そして楽しそうに身体を動かす鉄朗を見つめるのは鉄朗見守り業のなかでもかなり癒し度の高いミッションである。一日の疲れも憂さも、この時間がくれば綺麗さっぱり吹き飛んでしまう。私の仲間達も同様である。やっててよかった鉄朗マニヤ!
重い身体に鞭を打ち、這う這うの体で辿りついた体育館。先に到着していた仲間の隣へ行くとまだ練習は始まったばかりだとのこと。足元に取り付けられた細長い窓を覗き込み、中の鉄朗を見る。舐めるように見る。時々勢い余って窓硝子を舐めてしまうくらいにはガンガンに見る。
「あっ黒尾さん! フェイントはやめてくださいよお」
「愛の鞭ってやつだ、有難く受け取れ」
「ええ〜」
鉄朗は鉄朗よりも更に背の高い白髪の下級生とボールをワッてやったりバーンてしたりしている。初心者ながらもかなり期待されている文字通りの大型新人である。鉄朗がふいと落とすボールを追う足取りはまだもちゃもちゃと覚束ない(そして足音が相当な大爆音である)ものの、入部してすぐの頃に比べれば大分見られるようになった。などと偉そうにのたまう私はそもそもバレーボールに触れたことすらない大初心者である。
こちらへ背中を向けているために鉄朗の表情は分からないものの、さすがは我らの主将。後ろ姿もまばゆく、なかなかオツなものである。ぺらぺらだった背中はがっしり逞しく育ち、そこからしなやかに伸びる腕もムキっと男前だが、ボールを操る様は実に軽やかだ。そしてしっかりと大地を踏みしめる脚にもバランスよく筋肉がつき、なんというかとにかく全体のバランスが優れているのである。プロのアスリートと並んでも決して見劣りしないであろう。嗚呼たまらぬぽこりと膨らんだ腓腹筋ッッッ!!!!!
それにしても、私ももう少し若ければチャレンジしてみたかったよバレーボール。そしてあわよくば鉄朗とお近づきになりたい。などと、口に出せば即刻叩き斬られる妄想に脳のお味噌の大半を持っていかれる。

私が鉄朗のセンパイだったならば、アメとムチを駆使してまだギリギリピュアな彼を懐柔するだろう。「すげえ上手くなってんじゃん!」「がんばったな!」と寝癖頭をわしゃわしゃしてあげたい。「ちょっ、先輩痛いっす…!」という照れ隠しのなんと可愛らしいこと! 食事休憩ではおむすびとか飴とかみかんとかあげたい。「鉄朗、もっと食えよ〜」なんつってな。わざと多めに用意してな。ああ鉄朗、君はおむすびを咀嚼する様すらも画になるのだなあ…。
センパイというよりはおじいちゃんおばあちゃん的存在になりたい。厳しく意地悪な先輩たちのなかで唯一のオアシス、私。きっと直ぐに懐くだろう。しかし時々はビシバシ厳しく指導し、平時とのギャップに動揺させるのだ。真剣な眼(いつもはめっちゃ優しい眼)をする私を見て、まだあどけなさの残る可愛いお顔が不安げに揺らぐ。心を鬼にして鞭を振えば寝癖頭がしょんぼり項垂れる。ああ…ああ…、******、********! **********!!!!! …勿論フォローは忘れません!!
反対に私が後輩だったならもうボロ雑巾も泣いて逃げるくらいメタクソに扱かれたい。体力不足を詰られ尻にボールをぶつけられたい。全力で。それこそ尻が二つに割れてしまうほどに。そんでオエッてなってる時に「おい、大丈夫か?」「無理です、私貧血で…もう立てません…」「仕方ねえ、医務室行くか」ってな具合でおぶってもらったならばもうこちらのものである。広く逞しい背中にご自慢の乳袋(たわわ)を押し付ける私! 困惑する鉄朗! 「先輩、わたしずっと、先輩のこと…」「部活中にいきなり何言い出すんだよ」「だって、今みたいな時でなきゃ、二人で話す機会なんてっっっ」肩にまわしていた腕にぎゅっと力をこめれば、乳袋がむにゅっとつぶれ、ごくり、鉄朗が生唾を飲む。行き先は医務室。純白のおふとん。お誂え向きである。あとはもう、あれよあれよと言う間にアレなのである。
しかし残念ながら私にたわわな乳袋はないし(玉袋ならある)、鉄朗を見ているだけで充分幸せなので今後も鉄の掟は厳しく守っていく所存である。

「ほら声出せー!」
幾多の運動靴が立てる足音やボールが跳ねる音の中でも、鉄朗のほんのり甘い声はよく通る。汗を拭き拭き引っ切り無しに声を張っている。部員たちへの指導や指示であったり檄であったり様々。その声の一つ一つに皆が呼応し、多大なエネルギーと一体感を生み出す。ただ見ているだけの我々も熱くさせるほどに。
無論、誰にでも出来ることではない。この人に付いて行こうと思わせるものを鉄朗はしっかりと持っている。流石我々の認めた男であると言わざるを得ない。
などと真面目なことを書いてみるも、実際は私も愉快な仲間たちも鉄朗かっこいいすごいしか言っていないのであった。しかしドサクサに紛れて抱いて! って言った貴様、おぼえていろ。
二時間程度の部活は文字通りあっちゅう間に終わってしまう。鉄朗は鉄朗っていうよりバレーボール大好き朗っていう方が近いし、いっそオベンキョの時間も部活にならんものかと常々思っている。しかし、「俺たちは血液だ」などとリリカルなことを言わない鉄朗はそれはそれで違う気がするため、オベンキョも時には必要なのだ、とも思う。

十年前のある日、近所の公園を通りがかった私は、子供たちの輪の中心で楽しそうに笑っている鉄朗を見た。屈託のない笑顔に、ひと目で恋に落ちた。この子をずっと見ていたいと思った。
その頃の鉄朗は、まだバレーを知らなかった。少なくともボールを触ってはおらず、大勢の友達と鬼ごっこやドッジボールなどのスタンダードな遊びをする、身体が大きい以外は至って普通のチビッコであった。
バレーを知って、鉄朗は少し変わった。それまでは「行く!」と二つ返事だった公園への誘いを時折断わって、遊具もなく人もいない、殺風景な河原へ行くようになった。バレーボールの練習をするためである。ゲームが出来るほどの人数はいない。それでも、打ったボールが返ってこなくても、彼は満足そうで、公園で遊ぶ時と同じ笑みを浮かべていた。
中学に上がるときちんとネットを張った体育館で、ボールの返ってくるバレーが出来るようになった。毎朝嬉しそうに玄関を出て行った。私も自分のことのように嬉しく思っていたが、残念なことに楽しいだけの時間は長続きしなかった。ごくたまにではあるのだが、玄関を出ていくときにふと妙に大人びた顔をするようになったのだ。
先に言った通り、私は鉄朗を四六時中見守っていられる訳ではない。だから何があったのか本当のことは知らない。ただ、鉄朗がバレーを窮屈に感じていることは伝わってきた。勿論バレーそのものではなく、部活動を行う上でのしがらみである。
バレーが大好きで、体格にも恵まれている。そこにあぐらをかかず、努力も惜しまない。いたずら好きで悪乗りすることもあるが、線引きはしっかり心得ていて誰からも好かれる。そういう、傍から見たら魅力的にうつるところが面倒を引き寄せてしまったのだろうと今は思う。彼が余所行き用の顔をするようになったのもその頃からだ。
しかし痛々しい笑みすらも自分の武器に変えて、鉄朗はバレーを続けた。晴れて自由になった中学最後の一年間は、本当にのびのびとプレーしていたのを覚えている。
しかし心の奥深くではもっと上に行けるともどかしさを感じていたのを私は知っている。

高校に上がると状況はふたたびリセットされ、中学と同じようなしがらみが更に厄介なかたちで鉄朗に降りかかった。
部外者の私でもうんざりするほどだったが、鉄朗は中学で身につけた処世術を用いて実に上手く躱していた。それでも、中学に入りたてのころの掛け値なしの笑顔を見ることは出来ない。
鉄朗が鉄朗のバレーを出来る日は一体いつやって来るのだろう。彼の気持ちを勝手に想い、己の力のなさを呪う私であった。
去年の夏に、その時はようやく訪れた。先輩たちが引退し、鉄朗が主将をつとめる今のチームがスタートしたのだ。ボールを手に取った始まりからの年月を考えれば、随分と長い道のりだった。それでも、彼がしてきたことは決して無駄ではなかった筈だ。
良い時代をつくった監督が復帰したことに加え、チームメイトにも恵まれていた。
力強くしっかりと組まれた円陣は、まっすぐな希望と明るいエネルギーに満ち満ちている。その中で嬉々として声を張り上げる姿は、遠い昔に私が恋した鉄朗とぴったり重なった。

――などとちょっぴりセンチメンタルになりつつ、ガムテープでバレー部と描いたイカした部室(小屋?)の裏で鉄朗が着替えるのを待つ。さすがに生着替えは刺激が強すぎますんでね。中の明かりが落ちたところで仲間たちと表側をこっそり覗く。小屋から出た鉄朗と下々の者たちが、コンビニに寄るかファストフードへ行くかなどと話し合っている。今日は時々ある買い食いの日のようだ。部活中とは打って変わりリラックスした表情もいとかわゆし。
「ハラ減ったから早くいこ〜」と小学生のごたるはしゃぐ鉄朗。んんんんんかわいいいいい!!! 全員でポワーンとしているとふいに目が合った。鉄朗とではない。先ほど鉄朗とパス練習をしていた白髪の後輩とである。しまった。
私が「総員退避!」と叫ぶ前にそいつは
「あ、猫!」
と歓喜の声を上げ、そのまますたすたとこちらへ駆け寄ってくる。レシーブも是非そのくらい軽い足取りでこなして頂きたい。いやしかし、間近で見ると本当にでかい。口元は笑っているが吊り上がった目は獰猛な肉食動物のそれである。
鉄朗マニヤなお陰でなんとか友達は出来たものの、私は一言で表せばカースト最底辺の影キャラというヤツなので、長きに渡って世を忍んで生きてきた。不甲斐ないことにネズミもGから始まるツヤツヤボディのあの子も生まれてこのかた狩ったことがない。人間ともまともに接したことがない。そのために、すっかり脚がすくんで動けんようになってしまった。めっちゃ怖い。まさに蛇に睨まれた蛙。いや違う、私は蛙ではなく猫だ。吾輩は猫である。そうです、猫なんです。猫であるぞ!! 心中で叫び、なけなしの男気をフルバーストさせて精神的に踏ん反り返る。しかし悲しいかな現実はまるっとした猫背である。
ちらりと両脇に目をやれば仲間たちの影は一つもなかった。背後から「お達者で!」と別れの挨拶が聞こえる。なんて奴らだ。もう変声期前の鉄朗の話してやんねえからな! と怒り狂いつつも、私は鉄朗とは真逆の人望のなさに絶望していた。マニヤなんて格好つけたところで所詮私はホモのストーカー野郎なのである。
そうこうする間に大型新人は私の目の前にしゃがみ、身体と同様にでかい手をぬっと伸ばして私を抱き上げた。もうなんちゅうか本中華、まな板の鯉である。猫なのに。情けなさに涙が出る。窮鼠は猫を噛むが窮猫はヒトを噛めんのだなあとぼんやり思った。

人間に捕まればボールのようにバーンてされるもんだと思っていたが、しかし違っていた。
大型新人もといリエーフは私をでろでろに甘やかした。めっちゃ撫でてくれるし、遊んでくれる。日頃はクールなインテリを装っている私。猫じゃらしとか興味ねえから! というポーズをとるも、身体は正直なので目の前でブラブラされれば抗うことができない。
「リエーフ、もう行くぞ」
「はーい」
鉄朗が呼んでもリエーフは生返事をするばかりで、私じゃらしをブラブラさす手は止めない。私が飽きるまではどうか止めないで頂きたい。
「ほら、夜久にまた蹴られるぞ」
駄目押ししながら、リエーフの隣にふっと鉄朗がしゃがんだ。全く予想だにしない出来grtyjち、近…あえ4rぎゅひじょkp;!!!!!!!!!!!!
制服につつまれた膝小僧へ飛びつきたくなる衝動を必死に抑えて、ドクドク鳴る心の臓も止まらない程度に抑えて、ゆっくり鉄朗を見上げる。珍妙な黒毛からのぞく目はやはり眠そうで、だけどぴりりと鋭くもあった。
「あ、固まっちゃったじゃないですか」
私が10年推してきた男は至近距離で見ても大層魅力的であった。鉄朗だけを想い、ずっと彼の視界に入らぬように生きてきたのだ。それが今、私を、私だけを見ている。ああやばい、マジカッコイイ、最高…死ぬ、くらくらする。
ぽわんとしていると突然首の後ろを掴まれ、身体が宙に浮き上がった。
「クロ、怖いってさ」
くるりと目をやれば、私を抱き上げたのは憎きケンマだった。
説明しよう。必死で書かんようにしてきたが鉄朗には幼なじみがある。それがこのケンマである。なぜ書かんようにしてきたかというと単純に面白くないからである。
ケンマは昔っから鉄朗の隣にいて、その寵愛をひたすらに受けてきた。毎朝駅まで歩く時も、帰り道もいつも愛しの鉄朗の隣にはケンマがいる。勿論バレーをする時もである。あああいっつもいっつもいっつも! そろそろ親離れ子離れせえよな!! 私は煮えたぎるような嫉妬に耐え、ぼろきれと化したハンケチを噛み噛みその様を見守っているのだ。
そんな恋敵の腕に抱かれるのは身を裂かれる屈辱であるが、同時に好機でもあった。一泡吹かせたる! ギャフンでは気が収まらぬ、オンギャーと言わせたる!!! と顔面に向かって繰り出した猫パンチはすいっと避けられてしまった。いつもぼんやりしているのはこういう時に油断させるためだつたのか。策士め。
そのままケンマは涼しい顔で、たじろぐ私の喉をくりくりと撫でてきた。リエーフの撫で撫でに比べて大分本気と書いてマジの感があり、うっとりと目を細めてしまう。とても好い。やだ、鉄朗が見てるのに…。
嫌なのにごろごろ喉を鳴らしちまうふしだらな私を一瞥し、鉄朗は言った。
「なんで研磨とリエーフには懐くんだよ」
「黒尾さんはなんかデカイって感じだからじゃないですか?」
「お前の方がでけえだろうが」
「…クロも撫でてみれば」
そう言ってケンマは私を撫でながら鉄朗と向き合った。ナイスプレーだケンマ。褒めてつかわす。
鉄朗の胸の辺りに目をやりながら(スケベなのではなく、好きすぎて顔を直視出来ないのだ)このまま黒尾さん家の子になる! と言いかけたところで、私は自ら打ち立てた鉄の掟の存在を思い出した。我々が鉄朗に接触するのは御法度。それは最高の鉄朗馬鹿と崇められる私とて例外ではない。今鉄朗に撫で撫でされれば十年続けてきた鉄朗見守り業は今日限りで廃業になってしまう。その前に一生が終了する気がする。…それは嫌ッ! だけど撫で撫ではされたいッッ!!! んもー…どうしよう…私、どうしたらいいの?!
上目遣いで媚びるように鉄朗を見やれば、彼は私の葛藤を知ってか知らずか大層サディスティックなお顔を晒していらした。ビリビリと全身を電流が駆け巡る。君の三白眼は10000ボルト。や〜んもうマジカッコイイんですけど!
もうどうにでもなあれと思い、秒速三十万kmで快楽主義へ鞍替えした。本当に、煮るなり焼くなりどうにでもして下さい。鉄朗には敵わないものの、隣に並んでも恥ずかしくない程度には整った肢体(つまり相当美しい)を恭しく差し出す。どうぞ可愛がってプリーズ。
「撫でていいって」
私の心を読んだケンマが言う。さすれば鉄朗の腕が伸びてきて、雄々しさでできた硬い手のひらが私のふわふわのお腹に乗せられた。そのままがしがしと毛をかき混ぜられ、あまりに男前な撫でっぷりにフガフガ鼻息が荒くなっちまうがどうか許してほしい。なにせ十年お慕い申し上げてきたのである。そら大興奮よ。せめて暴れてしまわんようにと気を引き締める。
「あったけー。かわいいな」
鉄朗はへらっと笑い、親指で私のおでこをぐりぐりっとした。途端に私たちのまわりに色とりどりのお花が咲き乱れ、血も涙もない大都会―のちょっと外れ―の、灰色の街を美しく染め上げていく。
ああ、ああ、もう私、死んでもいい…。お花とちょうちょときらきら(例:デリータースクリーン SE-1174)に囲まれ、今はこの花園が、鉄朗と私とが唯一、世界の中心である。
音駒高校男子バレーボール部の皆さま、私は本日をもって鉄朗見守り業を引退いたしますが、今後も私たちが愛して止まぬ黒尾鉄朗をどうぞよろしく頼みます。
図抜けた幸福に頭をぽやぽやさせながら、私はにゃあごとひとつ鳴いた。



2015/08/20
2015/08/30


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