小説 | ナノ
マジック&エクスタシー


 食堂を出た研磨が寝床のある教室へ向かって歩いていると、自主練帰りと思しき鉄朗に出くわした。目は確かに研磨を見ているものの、どこかぼんやりしているようだった。
「クロ? おつかれ」
「おお…お疲れ。あー、なあ、ちょっと良いか」
「うん?」
 真面目な顔で言われれば良くありませんなんて返事をする訳にもいかない。こくりと頷き、歩きだす鉄朗の半歩後ろを付いて行く。彼はとさか頭をがしがし掻きながら、教室とは真逆の、人気のない方向へ進んでいく。
「なんか話?」
「んー…」
 問いかけは至極あっさりとはぐらかされ、辿り着いた先は校舎の外れの男子トイレだった。扉が開けば、ひんやりした廊下とは違う熱気のようなものが流れてくる。一番奥に一か所だけ取り付けられた窓は開いているが、風通しはよくないようだ。
 熱気と手洗い特有の臭いに研磨は内心嫌だなと思ったが、促されるまま中に入る。なんとなく、逆らえる雰囲気ではなかったからだ。
パタンと扉が閉まり、鉄朗と向き合う。背の高い、もう殆ど大人と変わらない幼馴染は今にも泣き出しそうに顔を歪めた。そこでようやく、おやすみモードに移行しかけていた研磨の意識がきゅっと引き締まる。一体どうしたのだろう。練習試合の内容に不満があったのだろうか。自主練中に他校の選手といざこざでもあったのだろうか。それとも、顧問や監督にダメ出しでもされたのだろうか。いやいや、そんなことでこんな弱々しい顔をする男ではない。まさか、故障…?
 しかし、研磨が頭の中にいくつか並べた予測は全て間違いであった。
「研磨…」
「なに?」
「勃っちゃった」
「は?」
 ぽかんとする研磨をそっと両腕に納め、鉄朗はもう一度繰り返す。
「勃っちゃった」
 研磨の頭に優しく口付け、甘ったるい雰囲気を作ろうとぐいぐい擦り寄る鉄朗とは逆に、研磨は冷めていた。
 心配をして損だった。それに練習でくたくたな今、そういうことをする余裕は研磨にはないし、気分でもない。
 なにやら硬いものが太ももに当たる。
「ねえクロ、暑い。それに…当たってるから」
「あ、あててんのよ」
「うわ、気持ち悪…」
「ちょっ、本気で引くなよ。傷付くだろ」
 と言いつつも鉄朗は硬くなったソレを研磨の身体に擦り付けるのをやめない。ソレというのは言わずもがな、股ぐらの間に鎮座ましましているアレである。はぁと首筋に熱い吐息がかかる。
 自分の頭までおかしくなる前に逃げなければ。そんな研磨の思惑を察知し更に力強くホールドしてくる(そして身体をべたべた触ってくる)腕の中でもがき、語調を強めて抗議した。
「痛っ、暑い、勝手に変なことしないでよ。おれ、やだってば」
「なあ〜ちょっとだけ。たのむ」
「自分でやっ…う、」
 不意打ちで首から肩へと滑り下りるざらついた舌に、くぐもった声が漏れる。
「やっぱしょっぱいな」ニッと笑われ、顔が熱くなるのがわかった。
「ほんとにやだってば! しつ、こい!」
 手加減なしの力で突き飛ばせば目を白黒させるものの、それでも鉄朗は引き下がらなかった。研磨の肩を掴み、がくがく揺さぶってくる。試合中、チームメイトの弾いたボールを追う時に匹敵する必死さである。
「それなら、それならもう、ちゅーだけでいいから! そしたら一人で勝手に抜くから! な?!」お願いします! パンと音を立て両手を合わせる。どうやら力技は使わず、下手に出る作戦のようだ。恐る恐る股間に目をやればそこはぴんとテントを張っていて、同じ男として気持ちがわかる分、なんとも居心地が悪くなってしまう。
「ちゅーとか、それで抜くとかほんと、今日どうしたの…」
「だっ…、合宿始まってから抜く時間なかったし、そんで今日の最後のゲーム、疲れたけどめちゃくちゃ気持ちよく勝てたし、そのテンションで自主練して、すげえ疲れて、そしたらお前見つけて、人もいなかったし…分かるだろ?」
「まあ、分からなくもない、けど。おれだって疲れてるし、…あとトイレでなんてやだ」
「俺だって嫌だよ。けど他に場所ねえんだもん。ここなら誰も来ないから大丈夫だって。な?」
 練習時間が終わって皆が食堂やシャワーへ散っている今、鉄朗が言うように一番安全なのは校舎の外れにあるこのトイレなのかもしれない。外れといえど絶対に人が来ない確証はないのだが、他に一人きりになれる場所はない。口にしないだけで、皆ピンチが訪れればどこかしらのトイレでこっそり処理しているのだろう。但し一人で。
「本当に、ちゅー、したら帰してくれる?」
「帰す帰す帰す。絶対帰すから」
 絶対帰してくれないだろうという反応に、研磨は生暖かい気持ちになった。格好つけてニヒルな笑みを浮かべていたり、妙に大人びて人当りがよかったりというような表の顔とのギャップが激しすぎて、あの顔しか知らない人たちが羨ましいなと思う。
 それでも確かに合宿の間はプライベートな時間なんて全くないし、加えて彼には主将としての仕事もある。自分が合宿でストレスを溜めることもなくそこそこマイペースに過ごせているのは、大人やマネージャー達だけでなく、鉄朗のおかげでもある。たまには労ってやらんこともない。と研磨は思ったのだった。ふう、とため息を吐く。
「かがんで」
 ちょいちょいと手招きすれば、皆の頼れるキャプテンはエサをもらった犬みたいな顔で背を丸め、首を軽く傾ける。頬がゆるんでぶさいくな、幸せオーラ全開の、研磨にしか見せない顔だ。これでは絆されてしまうのも仕方がない。
 浮き立つ心を気取られないよう、精一杯のしかめ面をつくって言う。
「目、閉じてよ。恥ずかしいから」

 若い二人だ。研磨の思った通り、たったそれだけで終わる筈がなかった。互いに衣服の裾から腕を潜り込ませ、べたつく身体をあちこちまさぐる。
「んっ、…ん、んむ、っ、は」
 額を汗が、顎には二人分の唾液が伝っていく。
「はっ、は、けんま、ごはんの味する」
 濡れた音は徐々に激しさを増していき、止まることを知らない。窓の外からは、狂ったように鳴く蝉の声。
「そういうの、ほんと、やめて…っ」
 時折ちらつく蛍光灯。鼻から抜けるのはただただ甘い響き。
 目眩。

 ドン、と壁に背中が当たり、ようやく身体が離れる。互いの上気した顔を見つめ合い、目一杯呼吸をする。求めているのは酸素と、それからもっと、熱くて苦しい、別のものだ。
「はぁ、クロ…」
 ゆらめく目と目がぶつかった。
 言葉なんて必要ない。縺れる脚で個室のひとつになだれる。鉄朗が足で蹴ってドアを閉めれば、反動で隙間が空いてしまう。がしかし、きちんと閉じたり、鍵をかけている暇なんて今の二人にはないのだ。仕切られた壁の中は蒸し暑く、加えて二人は興奮しきっている。全身から汗が噴き出し、湿った肌に衣服がはりつく。
「研磨、けんま、早く脱がして」
 辛抱たまらんといった表情で震える鉄朗に、研磨の熱が更に上がる。湿った下着にかけた指は暑さと疲労と期待とで震え、はからずも鉄朗を焦らすことになってしまう。
「は、汗で、くっついて…」
 ゴムを引っ張り途中までずり下ろすも、汗で指が滑ってしまい、バチンと威勢のいい音を立てた。
「痛ってえ!」
「あ、ご、ごめん」
「笑ってんじゃねえよ」
「ごめんって…くっ」
 笑いを堪えつつ、今度は落ち着いてゆっくり下ろしていった。腫れたペニスが飛び出して、独特のにおいがひろがる。湿ってしっとりした陰毛とは逆に、硬くそそり立つそれはひくひく脈打ち、開いた鈴口が早くどうにかしてくれと訴えている。鉄朗がただの布きれと化した下着を脚から抜いてしまうまで、研磨はそこをまじまじ眺めていた。溜まった汗が一筋、内腿をつうと流れる。
「おい、あんま見んなって」
 声の元を見上げれば、鉄朗は壁に肩を預け、余裕のない、ひどく扇情的な顔をしていた。
「変になるから?」
 研磨が意地悪く問えば、突き出た喉仏がゆっくり上下する。
「…そうだよ」
 諸々の感覚が麻痺した今ならば、蒸れたペニスを咥え、いやらしい顔を更にいやらしくさせるのもやぶさかではない。しかし研磨も大分切羽詰まっているため、それはまた今度と己の下着へ手をかける。柔らかな布地は鉄朗と同じく汗で湿り、肌にべったり纏わりつく。先ほどの教訓を活かし、腰を捩りながら少しずつ下ろしていく。
「なにそれサービス? 研磨くんやらし〜」
「はあ? 違うし。こうしないとゴムパッチンするじゃん」
「俺、実験台?」
「だから、それはごめんって」
 軽口を叩く間も、上がったふたつの息が整うことはない。時々交わる視線は、先に待ち受けるものを待ち焦がれて、とにかく急いている。

 研磨がボクサーパンツを脚から抜き、投げ捨てるのが合図になった。
 はぁ、はぁ、と文字の通りの荒い息を立て、隔てるもののなくなった下肢を擦り付けあう。止めどなく溢れる汗のおかげでぬるぬる滑り、ひどく気持ちが良い。ざりざりした脛毛の感触も何故だか艶めかしく、今では興奮材料のひとつでしかない。
 様々の液体で濡れたペニスは鉄朗がまとめて扱く。ほんのさっきまではボールを運び、部員たちに指示を出していた手の中で、今は赤く熟れた亀頭が二つ、ぴょこぴょこ動いている。
「はぁっ、はぁ、っこれやべ…なんかエロいな」
「ん、おれも」
「乗り気じゃなかったくせに、へへ」
「調子のんないで」
 鉄朗の腰にまわしていた腕でTシャツを掴み、たくし上げると、締まった上体が露わになる。きめの細かい肌は、浮かんだ光の粒できらきらしていた。
 汗と熱とで一際濃くなった鉄朗のにおいに喉が鳴る。鼻の頭をぐりぐり押し付けて、舌を伸ばす。胸の間のへこみをひと舐めして「クロもしょっぱい」と口の端を吊り上げるのは、研磨なりの仕返しである。
「うっせ」
「ン、いっ…は、」
 指先で括れの部分をかりかり刺激され、研磨の肩が跳ねた。慌てて腰を引くが、熱い腕に阻まれてしまう。
「うりうり」
 鉄朗は悪戯っ子の顔をして、そこばかりを執拗に責める。頬を上気させた研磨が特別苦い顔をするたび、己の性器も硬度を増す。
「っは、は、やめ…てっ」
「えー研磨くん、もうイっちゃうんですか?」
「…っ、まだだし、気持ちわる、いぁ、」
「気持ちわるくて結構…ひ、」
 お返しに小さな乳首をきゅっと抓ってやれば、鉄朗は全身を強張らせ、歯を食いしばる。こもった声しか上げないのは、僅かに残った理性があるからだ。
「ちんこより、乳首弱いほうが、かっこわるいよ」
「はぁ、ぅ、だ、誰のせいだよ…」
「誰だろうね」
 そのままくりくりと押し潰してやれば、ぎゅっと目を瞑ってかぶりを振る。汗でへたってきた髪からいくつか水滴がとんだ。研磨の弱点を責めることは、もうままならない。
「っく、ぁ、むかつく。やばい…ちゅーして」
「ん、べろ出して」
 体格的にそちらの方がやりやすいのだから、いちいち聞かずにクロからしてくれば良いのに。と研磨は決して言わない。
「は、はぁ、…けんま、んむ、っん、」
 鉄朗の手が完全にお留守になってきたので、空いた方の手でペニスを刺激する。力無く添えられた燃える手のひらに触れて、身体が一層熱くなる。
 鉄朗はもう、壁にもたれて、ただただ身体を震わすことしかできない。とろりと惚けた、決して研磨以外には見せない表情。指先から伝わる鼓動はどくどく激しく、今にも爆ぜてしまいそうで。もう良いのかと目で問いかければ、瞬きで答えが返ってくる。それを受けて、指先にきゅっと力を込めた。
「はぁっ、はぁ、はっ、はっ、ん、い、う、っん……!」
「ふ、っう…ぅ、」
 研磨も歯を食いしばり、震える胸板に身体を押し付ける。ぐっと密着した肌と肌にはもう、境界なんて存在しない。
 咄嗟に先端に沿えた手のひらが白く汚れ、狭い個室は熱気と臭気でいっぱいになる。浅い呼吸はどうやったって、暫く落ち着きそうになかった。

 どこもかしこも、汗でぐしょぐしょだ。億劫で脱がずにいたTシャツは洗濯でもしたのかというほどの水分を含み、もはや着ている意味を持たない。
「あっつい…」
 と文句を垂れるものの、便座の蓋に腰掛けているのは鉄朗の方だった。汗で湿った長めの前髪を緩慢な動きでかきあげて、意味を成さない声を盛大に漏らす。
「あーーー」
「うるさいよ。どうしたの」
「疲れた! もう動きたくねえ」
「言いだしっぺはクロでしょ。シャワー浴びたらすっきりするよ。戻ろ」
 研磨はさっさと身なりを整え、半分裸のままだらだらしている頼もしいキャプテンに湿ったボクサーパンツを手渡す。
「うわ、シメシメじゃん。これまた穿くのきっついな」
「…ならクロだけふりちんで出れば。早くしてよ」冗談ぽく、だけどきつめに言えば、ぶつぶつ言いながらも布きれに脚を通した。
 既に大分汗を吸っていたタオルなどでは、部活と若さとでべたつく身体はとても清めきれない。早く諸々を洗い流してさっぱりしたい。その気持ちが、汗臭く湿った衣服を再び纏う気力を奮い立たせるのだ。

 ようやく個室から出れば、涼しいとまではいかないものの、いくらか気温が下がる。
 二つならんだ洗面台で仲良く顔を洗い、心持ちすっきりしたところで、研磨が扉に手をかける。開こうと力を入れる直前に、後ろにいた鉄朗がべったりもたれかかってきた。
「けんまあ〜」
 なにやら唸りながら肩に額を乗せ、ぐりぐり擦り付けてくる。
「なに?」
「呼んだだけ」
「ふうん」
 ――間。
「…名残おしいのよ」
「あとちょっとで終わるじゃん、合宿」
「そうですけど」
 呆れた顔をしつつも、鉄朗の言わんとすることを研磨はしっかり受け取っていた。
 労ってやろうと思っての行動だ。もう少しの間、蒸し暑く、また青臭いこの空間にいてやらんでもない。と取っ手から手を離す。
 水で洗ってクールダウンしたというのに、腰にまわされた腕はまだまだ熱い。この熱は暫く引かないだろう。溶かされてしまうのも時間の問題だ。研磨はそう思った。


2015/08/02
2015/08/27



・・・・・・・・・・・・
挿れないほもってかわいいなあと思って書きました。
とにかく「あててんのよ」と言わせたかった。満足している。

また「ふりちん」と「ふるちん」のどちらが正しいのか分からずグーグル先生に聞いてみたところ、どちらでも正解な上に結構由緒のある言葉だと知って衝撃を受けました。
そしてハイセンスすぎるタイトルはエクソシスト2の超絶イカしたナンバーから拝借。


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