小説 | ナノ
人間だもの


 おれの誕生日には毎年、クロがアップルパイ片手に祝いにきてくれる。祝うと言っても、おめでとうと言われて、ありがとうと返してアップルパイを食べるだけ。食べ終わったら普段みたいにゲームをしたり駄弁ったり、とにかくだらだら怠惰に過ごす。だけどその時は違っていた。クロは部屋に入ってきた時からやけに浮かない顔をしていて、いつもなら美味しい美味しいと食べるアップルパイも砂を噛むようなすこぶる微妙な顔で咀嚼していた。
 アップルパイを食べ終わり、おれがベッドに腰掛けてもクロは隣に来ない。微動だにせず、なぜか俯いていた。寝癖で立ち上がった髪も心なしか重力に逆らう力が足りていないような気がする。
「どうしたの」とおれが声を掛けても、クロは顔を上げない。うんともすんとも言わない。話はそれるが、クロは普段から「うん」という返事をすることがない。母親に何か言われた時でも「ああ」と「おう」の中間みたいな、アルファベットで表現したほうがよっぽど簡単なような、日本語としてはずいぶん雑な返事をしている。おれは、それはちょっとどうかとおもうけど、クロのお母さんは平気なのだろうか。などと考えながら、クロが口を開くのを待った。部屋の中にはぴりぴりとした空気が流れていた。

 クロはやたらとおれの世話を焼く。おれ以外にも焼くのだが、おれに対してのそれは幼馴染ということもあってかちょっとレベルが違う。二人とも高校に上がって流石に落ち着いてはきたものの、お兄ちゃんというよりはお母さんと言った方が自然であると思われる。いや、こんなお母さんもなかなかいないかもしれない。
 毎朝、布団にしがみつくおれを「ゲームばっかりして寝ないからだ」なんてぷりぷりお小言を垂れながら起こしに来て(ひとつ反論したいが、おれはゲームで夜更かしをするのは殆どない。睡魔に打ち勝てずごくごく健康的な時間に眠っている。低血圧ゆえに朝起きが苦手なのである)、だらだらと着替える間も少し絡んだ金髪をブラシで一生懸命梳いてくれる。手がかかるとかしょうがねえなんてブツブツ言いながら。じゃあ、やらなきゃ良いのに。と思ったことは何度もある。だけどそれは言ってはいけないし、クロも言われたくない言葉だろうな、となんとなく思って、胸に秘めてきた。クロもクロだけど、おれもおれで世話を焼かれることがそんなに嫌じゃなかったのだ。
 世話焼きなクロは、反対に他人から世話を焼かれるのが苦手だ。気を遣われるのも得意ではないようで、体調の悪いときに「大丈夫?」と声を掛けられるのでさえ嫌がる。調子が悪いのを必死で隠そうとして、それでかえって体調不良が長引いたりする。だから、クロが困っているときには言葉ではなく、本人には知れないようにこっそりとフォローをする必要があるのだ。
 しかし、今回おれはそうせずに言葉を投げかけた。それは何故かというと、それ以外の対処法が分からなかったからだ。クロはどんなに具合が悪くてテンションが上がらなくても、決して俯いて押し黙ったりなんてしない。なんでもないですよ、なんて平気そうな顔をしてへらへら笑っている。全く、おれなんかよりもクロの方がよっぽど手がかかる。
 発されるぴりぴりに耐えるのも限界がきそうだと感じた頃、クロが漸く顔を上げた。ぱちんと合った目には、うっすら涙の膜が張っていて、おれはギョっとした。クロが泣くところを見たことがないわけではない。だけど転んで擦りむいた時とか、バレーの試合で上手く力を発揮出来なかった時とか、ほとんどが子供の頃の話で、高校に上がってからはせいぜい感動的なテレビ番組や映画なんかを観て泣く、とかそんなもので、こんな訳の分からない涙は初めてだった。おれは衝撃のあまり、固まってしまった。
 カラーコンタクトを外した女の子ような小粒の黒目が二三度左右に揺れて、床を見つめる。「分かってるかも知れないけど」と前置きをして、クロは
「すきだ」と言った。

 クロが言う“好き”の意味はすぐに理解できた。泣きそうになるほど言うのに勇気がいったこともそうだし、文句を言いつつ、時々怒りつつも構ってきて、他にクロと遊びたがっている友達が沢山いるのにも関わらず面倒くさがりのおれをやたらそばに置きたがったのも、そういう理由かと考えれば合点がいく。ここまでストンと腑に落ちたのは、なにより心のどこかでクロにそういう雰囲気を感じていたのもあるかも知れないと今では思う。
 おれもおれでクロのことは好きだ。だけど、クロの言うのとは少し違う、もうちょっと一般的な方の意味だった。ゲーム機しか友達のなかったおれの世界を広げてくれたのは間違いなくクロだ。今でも人付き合いは得意じゃないけれど、苦手ななかにも少しずつ良さを見出せるようになってきた。ひとりぼっちだったおれにクロが手を差し伸べてくれなかったら、きっと今もずっとひとりだった。ゲーム以外にも楽しいことがあるのを知らずに生きていたかも知れない。バレーだって、疲れるけどそれなりに続けていられるのはクロがいたからだ。
 だから、感謝してるし、好きだとも思う。一緒にいると楽しいし。でも、どう返事をしたものか分からない。しかしまあ、好きは好きなのだ。それにクロは、おれのことが好きだからどうこう、みたいな話をしているのではない。
「おれも。ありがと」
 短く返事をすれば、クロは堤防が決壊したみたいにわんわん泣きだして、また吃驚した。ぶさいくな犬みたいな顔をして言うには、かなり長い間おれのことを好きでいて、必死で隠してきて、だけど、ついに限界がきてしまったらしい。
 ベッドから降りてティッシュの箱を手渡して、逆立った髪を撫でてやると、大きな身体がおれの胸にぽすんと預けられた。泣いているからかだいぶ温かくて、それが心地よくて背中をぽんぽんと叩いてやった。懐かしいな、なんて思いながら。たまにクロが泣いた時、おれはよくそうしてやった。そうすればクロは、じきに落ち着くのだ。
 これが大きな間違いであるとは、その時のおれには思いもよらないことだった。

 クロ号泣事件からひと月ちょっと、クロの誕生日に二つ目の事件は起こった。
 クロがおれの誕生日を祝ってくれるように、おれも毎年クロの誕生日を祝っている。ものぐさなおれが唯一この日だけはクロに対して感謝の気持ちを表さんでもないと思える一日だ。祝うと言ってもまあおれの誕生日と一緒で、ケーキをぶら下げて押しかける程度。
 クロの部屋、ガラスのローテーブルを挟んで、近所の洋菓子店で買ったケーキを突っつく。クロのはイチゴのショートケーキで、おれはアップルパイ。クロが果たしてショートケーキを好きなのかは分からないけど、なんとなく主役っぽいケーキなので毎年これを選んでいる。特になにも言わずぺろりと平らげるから、少なくとも嫌いではないのだろう。
 お互い食べ終わってフォークを置いたところで、クロが妙にそわそわしていることに気付いた。この感じは、アレだ。おれの誕生日のときのあの感じ。でも、なんだろう。好きと言われて好きと返して、それで終わったはずだ。それ以降も別に気まずくなったりはせず、今まで通りに過ごした。時々むず痒い視線を向けられることはあったけど、それだけはどうにもできないから、気付かないふりをしていた。
「研磨、あの」
 クロは固い表情でなにかを言いかけて、また俯く。口の端にちょんと生クリームが付いている。ひげみたい。申し訳ないけれど、そんな状態で真面目な話をされたら堪ったものではない。指摘しようとしたところで、クロがそれを遮った。
「もうさ、ひと月経つだろ?だから、そろそろ、したい」
「…うん?」
 おれにはこの時、クロの言いたいことがなにひとつ理解出来なかった。ゲーム一辺倒、会話(のようなもの)をするのは学校の先生と親くらいで、脳みそのコミュニケーションに使うための領域ががほぼ機能していなかった頃ならばともかく、今はそれなりに他人と会話することもあるし、曖昧な話の行間を読むことだって容易く出来る。特技は人間観察だしね。でも、全然分からない。ごめん、全然分からないよクロ。
「ひと月?」
 混乱のあまり歯の抜けたおじいちゃんみたいな声が出た。そんなおれを見たクロは一瞬驚いて、それからはにかむように笑った。
「もうひと月経ってるんだ、俺たち付き合ってから」
 クロの幸せそうな言葉を反芻する。もうひと月経ってるんだよ、俺たち付き合ってから。もうひと月経ってるんだよ、俺たち付き合ってから。もうひと月経ってるんだよ、俺たち付き合ってから。
 そうか、おれとクロは付き合っていたのか。全然知らなかった。おれは単に好きと言われて好きと返しただけだった。だけどクロの中では「二人とも好き=交際する」という公式が成立していたのだ。クロはおれの気も知らずに「あっという間だよな」なんてにへらとしている。
いやそもそも、おれの“好き”はそういう“好き”じゃないよ!と叫びたかった。部活でも出さないくらいの大声で。しかしおれは常識人なのでそんなことはしない。
 そもそも、始まりからして間違っている。そして、「ひと月経つからそろそろしたい」というのはほぼ間違いなく身体的な交わり、古い例えだがABC的なことだろう。何度も言うがおれはクロのことは好きだ。だけd――
 むにゅっと柔らかいものが唇に触れて、思考の波が断ち切られる。目の前にあるのは見慣れた幼馴染の見慣れない顔で、おれの唇に触れているのは間違いなくその幼馴染の唇で、そんな訳でおれのファーストキスは甘くてほんのり酸っぱいイチゴのショートケーキ味だった。ハーン、E気持。ってね!
 そのままTシャツの中に入り込んで来ようとするごつい手を必死に抑えて、無理とかなんだと適当に理由をつけて鼻息の荒くなったクロを説得して(ちらっと見たら少しだけ勃起していてめちゃくちゃ怖かった)、なんとかおれの貞操は守られた。セッターでも守備はそれなりにできなければならない。音駒のバレー部に入ったのは決して間違いではなかった。
 恐怖で息を荒げるおれを見てクロは「研磨がそう言うなら仕方ないよな」なんて人の気も知らずに照れて頭をかいて、それからそそくさとトイレに立った。多分抜きに行ったんだと思う。

 自分が幼馴染から性的な対象として見られていることを忘れたかった。好きだと言われた時はそっちのことはすっかり考えていなかった。まあ確かに、好きな子に触りたいと思ってしまうのはごくごく普通な流れではあるのだけど。
 だけどおれはそれがとにかく恐ろしくて、無事に純潔を持ち帰ると、スマートフォンに保存してあるお気に入りのエロ動画で一心不乱にオナニーした。ショートカットで目がぱっちりしていて、見た目はわりとボーイッシュなのにいざ事が始まれば甘ったるい声をあんあん上げてめちゃくちゃ気持ちよさそうにセックスする女優さん。おれにとっての女神みたいな存在。の、ハメ撮り。耳に挿したイヤホンからは色で例えるならあわいピンクをした声と、ぐちゅぐちゅとかぱんぱんとかいう生々しい音が流れてくる。時々聞こえる男優の呻き声がやや耳障りだけど、この動画は何度見ても飽きない。なにかを振り払うのにはえろいものが一番だ。おばけだって怖くない。
 白くてもちもちした女優の肌を、じじくさい男優の手指が撫でたり、揉んだり、逆に叩いたり、抓ったりする。おれは女の子に触ったことがない。体育の授業で軽く手を繋いだりとか、そんな程度だ。その手のひらでさえ自分とは違っていて、ただただ柔らかい。と感じた。だからきっと、他のところはもっと違う。どんなに痩せっぽちの子だってきっと柔らかい。どんなに小さいおっぱいだって男の平坦な胸板とはまるで別物なんだろう。同じ年頃の男子に比べたら淡泊な方なのかもしれない(でも、言われるだけでおれ自身は人並みだと思っている)けど、おれは確かに女の子が好きだ。
 しかし現状は触れるどころか、会話をするのも一苦労。事務的なやりとりだってどきどきしてしまう。ふにゅっとした唇から出るのはどんなに低くても女の子だけの声。
 ただ、女の子は好きだけど、実際に誰かを好きだなと感じたことはない。ただえろいなと思う子は、いる。なんで同年代の女子は制服からブラジャーが透けていても平気なんだろう。
 話が逸れたけど、こんなおれもいつかはきっと普通に女の子を好きになって、普通に付き合ってデートして普通にえっちもする。おれは体力がないから回数は出来ないだろうけど、問題は回数などではない、一回の満足度だ。「研磨は優れた観察眼を持ってる」なんて褒められるくらいだから、どこがよろしいのかを瞬時に見極めて、きっと女優ばりに善がりまくることうけあい。と根拠もなく信じている。
 まあ、いつかと言ったけど、本音を言えば今すぐにでもしたい。おれくらいの年齢ならば、皆そうだと思う。とにかく女の子に触ってみたい。おっぱいも良いけど、それ以上におれにとっては未知の領域、魔法の穴の中に挿入って、干からびるまで搾り取られたい。しかし現実はどうだ。自分が言葉足らずなせいで、ごっつい幼馴染、しかも男と付き合っていることにされて、更にお床にも誘われている。野郎同士のセックスは尻をつかうらしいことしか知らないけど、おれに触ってきた時のクロの雰囲気から考えて多分絶対おれが女役だ。無理。尻にちんこ挿れられるなんて絶対無理。クロのなんてただでさえでかめなんだから勃起したら絶対やばいしそんなの突っ込まれたら絶対痛いし切れる死ぬ。そもそも入るのか…?
「あっ」
 あろうことかクロのことを考えながら出してしまい、少し死にたくなった。これは違うんですと液晶の向こうで喘ぐ女神さまに言い訳をする。そんなのおかまいなしに女優は揺すられて、あんあん言ってて、一人でポツネンと項垂れるおれとその息子はひどく惨めだ。手指は精液でぬるぬるだし、くさいし、全くもって泣きたい気分だった。

 まだ早いとか、こわいとか、そんな言葉で誤魔化すにはどう考えても限度がある。そもそもクロとおれの“好き”は違うものなのだ。貞操の危機に脅える日々から逃れるためにも、そこをはっきり伝えなくてはいけないと思った。しかしおれの焦りに反比例してクロの幸せオーラとむらむらは増していって、なんだか今更勘違いだよなんて言うに言えない状況になっていた。
 もう、公の場で抑えるだけで精一杯なのであろう。人目がなくなった瞬間にべたべたしてくる。もともとべたべたしすぎと他人から指摘されるくらいにおれたちはべたべただったけれど(それもクロがくっついてくるだけで、おれから変に密着した覚えはない)、それに慣れ切っていたおれがべたべただと感じるほどのべたべた具合だ。冷や汗で背中がべたべたする。
 そうなっても二人きりになるのを拒まなかったのは、意外なことにおれの意思だ。脅威と化してもなおクロと一緒にいる時間は好きで、欠かすことなど考えられないのだ。四六時中は無理でも、クロが隣にいると落ち着く。なにかあれば察して、下手な話も急かすことなく聞いてくれるし、お互いに黙っていても苦痛じゃない。そんな貴重なかかわりが急にゼロになるのは、ちょっと寂しいなと思ったのだ。
 かといって、このままズルズルと生殺し状態を続けるのも、酷い話だというのは分かっている。自分の好きな人が、自分を好きと言ってくれて、更に二人きりでべたべたしても何も言わない。だけど、なんだかんだとはぐらかして決して一線は越えさせようとしない。ひどい女だ。そしてそのひどい女は、おれだ。

「クロ、おれはね、女の子が好きなんだよ」
 もう、これ以上問題を先送りにするのはやめようと思った。おれの部屋のベッドの上、ふとももをさわさわ撫でながらキスしようとするクロを片手で制止して言った。最低だと思うし、クロの気持ちを考えたら本当に申し訳なくなった。
 クロは動きを止めて、押し黙った。何も言えないと思う。原因がおれとはいえ、ずっと勘違いしてたんだから。
「ごめん、ちゃんと言わなくて…」
 ちらりとクロの顔を見たら、怒るでもなく悲しむでもなく、食えないとよく評されている笑みを浮かべていた。
 もしやこれは最悪の選択肢を選んでしまったのではないか。やだなあ、こわいな。これはたぶん、怒りすぎて脳みその表情筋を動かす部分がバカになっているのだ。クロはあまり怒らない。憤りを感じているのだろうな、と思うときはあるけど、激昂して感情のままに怒鳴り散らしたりとか、手が付けられないくらい暴力的になったりとか、そういうことはない。おれのぐうたらに対してしょうがねえなあと言うときも、怒っているというよりは呆れている感じ。きっとそういう負の感情を受け流すが上手いのだ。
 そういう人がおかしくなるレベルの、綺麗に捌ききれない怒りを感じた時、果たしてどうなるのか。おれをぶん殴るのは全然アリだ。そうされても一つも文句の言えないような酷いことをしたから。だけど、この笑みは一体なんだ。ふと、頭のなかに心底嫌な光景を見た。尻に無理矢理ちんこを突っ込まれて、泣き叫ぶ己の姿だ。尻に脅威を感じている間にネットで色々と調べて、偶然踏んでしまった画像。のクロとおれバージョン。
 ぶん殴られるのと、ちんこを捻じ込まれるのではどちらが痛いのだろう。などと考えていると、クロの腕が俺おれの顔に伸びてきて、頬をぷにぷに弄られる。その顔は相変わらずにやついている。これは、おれのちっちゃなお尻の獲得を確信した勝利の笑みなのか。しかし、クロの口から出た言葉は、おれの予想からはまるで外れていた。
「そんなこと気にしてたのかよ、研磨の癖にい」語尾の上がり方が異常に可愛らしい。
「え、」
「…俺だって、男は研磨しか好きじゃないし」
 もうがっくりしてしまった。この人なんでこんなに自分に都合よく捉えるんだ?浮かれモードであたまに薔薇が気高く咲き乱れているから仕方ないのだろうか。もうポジティブすぎて羨ましい。
「はあ、そう…なんですか…」
「なんで敬語?そんなに言いづらかった?」
「いやあ、うん…」
「俺と研磨の仲だろ?遠慮なんかすんなよ」
 クロの長い腕がおれの身体をぎゅっと包んだ。鼻の中がクロのにおいでいっぱいになる。それは紛う事なき男の匂いだ。たぶん、おれもそういう匂いがするんだろうなとぼんやり思った。
 なんてほも小説みたいなことを言ってる場合ではない。
 そもそもおれの言葉がおれの意図した通りに伝わっていないのであった。始まりもそうだった。クロの中では完全におれとクロは両想いで、それは揺るぎない事実なのだ。付き合えないとか、別れるとか、きっとそういうドのつく直球を恐ろしい速度でぶつける以外に方法はないのだろう。言わなければ。ちゃんと、伝えなければ。しかし、
「まあ、別に?俺は女役でも平気だけど」
「えっ…クロが?」
「うん」
 まさかの提案に心が揺らいだ。クロが女役ということはおれが男役ということだ。つまり夢と魔法の国に颯爽と入園できるのだ。いや違う、女役でもクロは男だから、その穴はおれにもついてる穴だ。でも、そういえば女の子にもついてる。それに男女でも尻はつかう。それと同じなのではないか?
 などと御託を並べるが結局、まだ十七歳の、おさるのおれはとにかくちんこを何某かの穴に挿れたくて挿れたくてたまらないのである。
 先程まで散々クロの気持ちには応えられない、友達でいたいなどとのたまったが、恥を忍んで言えばおれもおれでクロのむらむらにあてられておかしくなっていた。いや、本当に。二人きりの時にべたべたされて、何故だかそれで催すようになっていたのだ。二人でいる時は恐怖の方が勝るためなんとか平静を装えるのだけど、クロがいなくなって一人になるともうだめで、ごつごつした硬い掌の感触を思い出しつつ何度も抜いた。動画なんかよりも、実際の体験のほうがずっと刺激的だったのだ。毎日、それに一日に何度もオナニーするなんて今までは考えられないことだった。昨晩は五回抜いた、とか話しているクラスメイトの話を聞いて頭がおかしい、性欲オバケだと思っていたが、おかしいのはおれだった。十七歳、思春期真っ只中の男はそういう生き物なのだ。限りなくおさるに近い生き物なのだから仕方ない。もう今はとにかく、やらしいことがしたい。手コキもフェラもいいけど、できれば挿入。自分の手やオナホなんかじゃなくて、あったかいひとの肉で扱かれたい。
 だけど、クロは大切な友達で、そんな性欲処理の道具にしてはいけないことも勿論分かっている。そんなのは間違っている。間違っています。いけない。
「ああ、じゃあそれなら…」
 下半身と頭は別の生き物。なんて都合の良い言い訳だと思っていたけれど、いざそういう場面にぶちあたってその言葉通りなのだと思い知った。
性欲というのはげに恐ろしいものなのだと十七歳のおさるのおれは学んだ。


 クロはトイレに行くと言って、鞄から出した何かを片手に部屋を出て行った。用を足すのではない。これからすることの準備をしに行ったのだ。いやまあ、用足しなんだけど。ちなみに準備のための道具は常に用意してあったようだ。本当ならばおれが使われていたかもしれない…。ふっと浮かんだ尻を掘られる自分の図を打ち消した。
 ベッドに座っていたら頭が真っ白になった。もう無理だ、これからおれは死ぬんだ。自分でのんだ話なのに、やっぱり怖かった。だって童貞と処女だ。おれもクロもおかしくなってしまうかもしれない。冥途の土産にとお気に入りのエロ動画を再生したけど、なにも感じない。素っ裸の男女が間抜けに絡まってる。それだけだった。これから自分がすることなのに、全く実感が湧かない。むらむらもしない。もし事が始まって、おれのが使い物にならなかったらどうしよう。じゃあ俺がいれてやるよ、みたいな展開も可能性としては大いにあり得る。ああもう、誕生日の日に戻りたい。そうしたら、ちゃんと、おれも好きだけどクロの好きとは意味が違うんだって、言って、ああ、でも、言えるんだろうか。

 戻ってきたクロは花も恥じらう乙女といった風情で、おれの隣に腰をおろした。ぎし、とベッドがきしむ。照れ隠しにへへ、なんて笑ったりして、不覚にもそれはちょっとだけ可愛いと思ってしまった。
「本当に、するの?」
「研磨はなにもしなくていいから、俺が全部やるから、な?」
 こんな台詞を、死ぬまでに一回はえっちな女の子から言われてみたいと思う。いや駄目だ、もうおれはここで死ぬんだった。
 唇がちゅっと触れ合って、部屋の空気が一気に変わった。むわっとして、溶けそう。エロ動画のなかも本当はこんな感じなのだろうか。今までやばい!掘られる!と思った時も、こんな空気を感じることはなくて、ああ、これからおれとクロは本当にセックスするんだなあと思った。
 クロの舌がおれの口のなかに入ってきて、色んなところを舐めたり吸われたりして、適当に応えつつぼーっとしていたらいつの間にかクロの手がおれの股間を撫でまわしていた。でかいくせにやけに器用に動く。気が散りそうだったので目を閉じて、感覚だけに集中する。ちんこをやわやわ揉まれて、それもいいし、キスも気持ちよかった。クロは多分、キスが上手い。多分というのは悲しいかな比較対象が他にないからだけど。
 べろべろ舐め合いつつふと我に返って、おれは今傍から見たらどんな恥ずかしいことをしているんだと考えた。ら、勃った。
「ウェーイ、勃った」
 クロの顔が離れて、よだれの糸がつつとおれたちの間を繋いだ。口のまわりを唾液でびたびたにしたクロはうきうきとベッドから降りて、おれのズボンと下着をずらす。そして、躊躇することなくおれのおれをぱくんと咥えた。
「んんっ、」
 なんだこれ!自分の手もオナホも比べ物にならないくらい、クロの口の中はあったかくて、気持ち良くて、思わず声が漏れてしまう。気恥ずかしさに手で口を抑える。
「ひもひい?」ニヤニヤしながらおれのちん毛をいじるクロは悪魔みたいだった。
「んんん」
 バカにされたみたいで悔しくて、否定するように首を横に振る。滅茶苦茶気持ち良いけど、素直にそう言ってしまうのは死ぬほど恥ずかしいと知った。がんがんに喘いで気持ち良いと繰り返すAV女優を心底尊敬する。
「あれー?」クロはにやけ顔のまま、ちんこを刺激し始めた。咥えられただけでやばかったのだ。舌でぐりぐりされたり、吸われたり、玉を揉まれたり、そんなのひとたまりもない。
「これはきもちい?」
「き、きもちよくない」また首を振ると、パッと解放される。
「こんなぴくぴくしてんのに?」
「あ、やだ」
 ふっと息を吹きかけられ、バキバキになったちんこが上下にぴくぴく動いた。ごっつい幼馴染の口で気持ちよくなっているのは誰の目にも明らかだった。死にたい、今すぐ死にたい。気持ちいいけど。
「じゃあ研磨はどこがきもちいの?」
 面白がってるとしか思えない問いかけに黙って首を振る。これじゃまるでおれがM男みたいじゃないか。
「ふーん」クロの指が竿の部分を軽くなぞると、ちんこだけでなく腰ががくがく震えた。それにはクロもちょっとだけ驚いていた。
「う、もうやだ、クロ、なんなの」
「やーごめんごめん、研磨がわたわたすんのが面白くて」
 へそを曲げそうなおれをなだめて、クロはまたおれのを咥えて、今度はじゅぷじゅぷやらしいな音を立ててイカせてくれた。本当にこんな音するんだって思ったし、今までのどんなオナニーよりもやっぱり気持ちよかった。びゅくびゅくと物凄い勢いで噴き出た精液はすべてクロの口の中におさまる。白いそれを、舌を突き出して見せてくるのは液晶の中の女の子みたいで、だけどどう足掻いてもごっつい男であることには変わりなくて、でもちょっとだけ興奮した。おれのちんこを咥えながら自分のを扱いてるのにはちょっと引いたけど。

 クロはおれの精液を何度かに分けて飲み込むと(これにもちょっと引いた)、おれにベッドに寝転ぶように言った。上はカッターシャツ、下は靴下だけという情けない格好で言われた通りにすると、シャツもスラックスもちゃんと身に着けたままのクロが乗り上げてきた。スラックスのファスナーが開いているくらいで、まるでこっちが犯されるみたいだ。
「安心しろよ、掘らないから」
「おれ、そんな顔してる?」
「顔はいつも通りだけど、なんとなく」
 髪をかきあげられて、おでこにひとつキスをされて、なんだかそれで誤魔化された気がする。
 おれはあまり表情が変わらなくて、何を考えているか分からないと言われることが多い。それで嫌な思いをしたこともある。だけど、クロには楽しいのもそうでないのも全部ばれてしまう。散々気持ち良いか聞いてきたけど、それだってきっとばれてる。そして今のおれのクロに対しての宙ぶらりんな感情も、クロにはどんなものか分かっているのかもしれない。
 ごちゃごちゃ考えても仕方ない。おれがクロをどう思っていようと、二人とも気持ち良いことをしたいというのは事実で、今はそういう時間だ。後のことは、後で考えればいい。今は気持ち良いと感じることに身を任せよう。と、おれは腹を括った。クロがちゃちゃっと服を脱ごうとするのを止めて、ゆっくり脱がせていった。
 床に放り投げられた布たちが覆っていたのはふわふわの女の子の身体ではない。筋肉質な男の身体だ。けれど、やっぱり興奮した。クロの肌は火照って、汗でしっとりしている。クロのにおいが一層濃くなる。フェロモンというものなのだろうか、むらむらする。

「おっぱい触ってい?」胸板に頬ずりしながら顔を見上げると、クロは顔を真っ赤にした。
 四つん這いになって、片手で自分の上体を支えて、もう片方の手はおれのちんこが挿入るところを慣らしている。二本のちんこは、二人の身体の間でぐりぐり擦り合わさっている。おれの腹は二人分の体液でぺかぺか光っていた。
「そういうの、聞かなくていい」
「わかった」
 許可は要らないとのことだったので、肩とか腹とか腰とかあちこち好きに触ってみた。クロはちゃんと鍛えてるから、全身にバランスよく筋肉がついた、同性のおれから見てもとてもかっこいい身体をしている。でもやっぱり、おれはおっぱいが好きだ。クロのおっぱいは、女の子みたいに膨らんでもいないし、ほとんどが筋肉だからそんなに柔らかくもない。だけどなんだか可愛くて、好きだと思った。
 むにむに揉んで、時々引っ張って、小さい乳首のまわりをくるくるなぞって、舐めて、吸って、とにかくおれは念願だったおっぱいを心ゆくまで堪能した。初めて舐めたおっぱいはちょっとだけしょっぱい。時々クロが小さく喘ぐのに心が躍った。
 もうそろそろ良いかな、というタイミングでクロが「挿れて」と切羽詰まった声で言ってきた。
「本当に平気なの?」
「無理って言ったらどうすんの」
 クロが意地悪くおれのちんこをつついた。その顔はからかいつつも期待に濡れていて、ひどくやらしい。そしておれもきっと多分、似たような顔をしている。

 ずる、ずっ、とおれのちんこが出たり入ったりするのを見下ろす。童貞喪失というのはかくも呆気ないものなのかと拍子抜けするくらい、コトはとんとん拍子に進んだ。決しておれの息子がお粗末なのではない。これはクロの努力によるものなのだ。尤も、この時のおれには全く分かっていなかったし、考える余裕もないことだったのだけど。
「ん、う、けんま、きもちい?」
「うん、っ、クロのなか、すごい」まったく、エロ漫画みたいな台詞だ。でも、本当にそうなのだ。クロの尻の中は心地良い温度と絶妙な締め付けでおれのちんこを責める。
「クロは、クロはちゃんと気持ち良い?」
「あう、やばい、そこめっちゃやばい」
 クロはこくこく頷きながら揺られている。顔は真っ赤で、本当に気持ち良さそう。よかった、やっぱりおれセックス下手くそじゃないみたい。
 調子に乗って、クロの尻をぐいと持ち上げて、少し乱暴に腰を打ち付ける。全部征服したみたいで、もっと興奮する。おれとクロのぶつかるところが間抜けにぺちぺち言って、ローションの泡立ったやつがおれの縮れた毛を白くする。クロの喘ぐ声がどんどんでかくなって、おれもおれで気持ち良すぎて訳が分からなくなって、頭がこんな爆発しそうになるのは初めてだったから、本当に死ぬんじゃないかと思った。
「すき、けんま、すき、」
 切なそうなクロの声で、頭がクリアになった。顔をぐっと寄せて、初めて自分からクロにキスをした。クロの口の中はいつもと違う変な味がする。さっきおれが出した精液の味だ。でも、もういいや。いつもクロがしてくるみたいに口の中を舐めて、ざらざらした舌を吸って、やさしく噛んだ。クロの口の中は尻のなかと一緒でやっぱり熱い。溶けてしまいそうだ。
 唇を離したら、クロの目から涙が一筋流れた。けど、その意味を考える余裕もやっぱりなかった。ただ、綺麗だなって、それだけ思った。

 クロは自分でちんこを扱きながら射精して、おれもその締め付けによって達した。既に一回出しているとは思えないくらい沢山出た。
 終わった、と認識した瞬間に物凄い疲労感が襲ってきて、中に挿れたままクロの胸にダイブする。部活の練習とは到底比べ物にならないくらいの疲労だ。ひょっとしたら、部活なんかよりセックスの方がよっぽど運動効果があるのかもしれない。こんなに気持ち良くて、運動にもなるなんて、夢みたいな話だ。
「きもちかった?」
 汗でしんなりした髪をかきあげながら、クロが訊いてくる。体力馬鹿のクロも、さすがにくたびれた顔をしている。初めてなのに乱暴にしてしまったことを反省した。
「うん。あと、クロ、」だから、お詫びと言ってはなんだけど、いい加減に本当の気持ちを言わなければと思った。初めてのセックス、しかもめちゃくちゃ気持ち良いやつ。それのおかげで、おれの頭の中はだいぶスッキリしていた。今なら普段分からないことも分かるし、出来ないことも出来る気がした。
「何だ?」ドの付く直球を、ストライクゾーンのド真ん中へ。
「あのね、おれも、すき」本当にボールを投げるより、よっぽど簡単だ。
 クロは「知ってるわ」と言って笑って、それからちょっとだけ泣いた。ああもう、本当に手がかかる。



2015/06/14
2015/07/06


・・・・・・・・・・
元々はゲス研磨とオナホ鉄朗の救いのない話(マジ萎えるから声出さないでとかそういう系)にしようと書き始めたものでした
研磨におっぱいって言わせるのが最強たのしかったです


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