おぼえがき | ナノ

 

寒い夜だった。
一週間を無事に終えた僕は仕事仲間数人で酒を飲み、二次会へ行くと言うメンバーを残して店を出た。
アルコールで温まった身体も、つめたい風が吹けばぶわっと鳥肌が立つ。早く帰って熱いシャワーを浴びたい。だけど物悲しい季節のせいか、まだなんとなく街をぶらついていたい気持ちもあった。
僕たちが飲んでいた店はいわゆる飲み屋街にあり、狭い通りには僕と同様にふらふら歩く酔っ払いや、缶ビール片手に騒ぐ若者、まだこの時期には早いようなベンチコートを着て客引きをする者など多種多様な人でにぎわっていた。
二次会を断るくらいには酒も飯もお腹いっぱいだったし、ひとりでカラオケやゲームセンターに入る質でもない。そうなってくると、自然と足は風俗店の並ぶほうへ向く。
そういうことがしたい気分でもないけれど、このまま飲み屋街を練り歩くよりは面白いだろうと思ったのだ。今振り返ってみるとこのときの僕はとにかく退屈していて、なんでもいいからわくわくするものに出会いたかったのかもしれない。

風俗街も、飲み屋街と同様に賑わっていた。もっともこちらはギラギラした看板や客引きの方が目立っている。サラリーマンの団体がわいわい言っているが、きっと冷やかすだけで遊んではいかないのだろう。僕のように一人でふらふら歩いている者もときどき見かける。店の前でたばこを吸う客引きの親父に手招きされるが、ふいと目をそらして通り過ぎた。
看板に書かれた、男心をくすぐるような煽り文句も、媚びるようにこちらを見てくる女の子の写真も、昔の感動はすっかり失せ、僕の心を動かすことはできなくなってしまったのだ。

そろそろ、メインの通りも終わりに近づこうかというころだった。
「おにいさん、遊んでいかない?かわいい子いるよ」
一人の客引きが、これまでと同じように僕に声をかけてきた。はたと足を止めてしまったのは、なんだかその男からいい匂いがしたからだった。まったくもって馬鹿げた話だけれど、酔っ払いというのはときに理解の及ばない行動をするものなのだ。
ふと顔を上げると、その男はやけに背が高く、人懐こい、だけどどこか胡散臭い笑みを浮かべて僕を見下ろしていた。
「はあ……」
なにも答えずぼけーっとする僕に、その男は店のシステムや料金なんかを簡単に説明してくれた。だけど、彼の話す内容は一ミリも頭に入ってこなかった。それは僕がその男に見惚れていたからだった。
さらさらした黒髪を水商売っぽくセットした彼は、どこか野暮ったかった。細身のスーツでも着たら見栄えがしそうなのに、もっさりしたベンチコートを着て白い息を吐いているし、寒い中で何時間も仕事をして冷えてしまったのだろう。鼻の頭と頬っぺたが真っ赤になっている。
僕より年下であろう彼が、仕事のためとはいえ「おにいさん、おにいさん」と一所懸命に話してくるのはなんだか子犬にじゃれつかれているようで、胸がときめいていた。
「お得でしょ?どうする?遊んでく?」
そう問われたところで、僕の意識はようやく引き戻された。全然聞いていなかったし、今はどんなかわいい女の子がいようと金を払ってまでいやらしいことをする気分ではなかった。だけどもうちょっとだけ彼を見つめていたかったので、「うーん…」と渋るふりをする。
すると彼は「おーい、研磨」と誰かに呼びかけ、すぐに彼と同じベンチコートを着た男が小走りにやってきた。
研磨と呼ばれたもう一人の客引きは、面倒くさそうな顔で「なに」と答える。ショートボブのような形の金髪頭は根元がだいぶ黒くなって、毛先もぱさぱさだ。だけど、ギラギラした看板のライトを浴びて透きとおる様はなかなか綺麗だと思った。この研磨くんも彼と同様に、鼻と頬っぺたを真っ赤にしている。
「説明、してくんない?このおにいさんに」
「…また?クロ、自分でできるでしょ」
「研磨がしたほうがわかりやすいんだって。お願い」
「わかったよ」
研磨くんはクロくんにはあとため息をつき、分厚いコートのポケットからスマホを取り出した。画面をタップする指先もすっかり冷えているようで、動かしづらそうだ。電卓を立ち上げるとその店の基本料金であろう数字を入力し、僕にときどき画面を見せながらオプションをつけても自分たちの名前を出せばこのくらい安くなるとか、このコースを選べば次回はこれだけ得になるとか、クロくんに補足させつつアピールをしてきた。これだけの知識と熱意があるなら家電量販店の店員の方が向いているような気がしたけれど、僕はその熱意をきちんと受け取ることができなかった。クロくんと同様、研磨くんにもすっかり見惚れてしまったのである。
「……それから、今日は出勤してる人数がすごく多い。おれたちが案内すれば――」
「あのさあ、君たちとは遊べないの?」
痺れを切らした僕は、そう切り出していた。万が一変な顔をされたら酔っ払いの戯れ言と誤魔化せばいい。しかし彼らは顔を見合わせ、「別にいいけど」と答えたのだった。

「あ……あ……んっ」
ビルとビルのすき間の狭くて薄暗いゴミ捨て場で、クロくんと研磨くんのセックスを見せてもらった。ベンチコートを脱ぎ捨て、スラックスと下着を片足にひっかけたクロくんは、スラックスのファスナーを下ろしただけの研磨くんに後ろから突かれて気持ち良さそうに喘ぐ。時々はっとして口許を抑えるのが、演技でなく本気で感じていることを示しているようでかわいい。
彼らがそういう関係だということにも驚いたし(コンドームに付いているゼリーのぬめりだけで、クロくんのアナルは研磨くんの指を呑み込んでしまった)、中性的な雰囲気のある研磨くんが雄々しい顔をして腰を振るのも意外だった。
「クロ、気持ちいい?」
「んぅ……ん、んっ、きもちい」
クロくんは鳥肌を浮かべていた身体を真っ赤にして、研磨くんも熱い吐息をこぼしながら額に汗をにじませている。二人ともすっかりぽかぽかになって気持ち良さそうだ。慣れているのかクロくんも研磨くんも結合部が良く見えるような体勢を取ってくれるし、サービス精神はかなり旺盛なようである。
半勃ちのペニスと、ずっしり重たそうな二人分のふぐりが動きに合わせてぶらぶら揺れる。男には興味なんてなかったはずなのに、ひどく興奮した。
僕はクロくんのベンチコートの上に座り(彼の気遣いである)それを眺めながらペニスを扱いた。時間の長さにかかわらず一回八千円でおさわりはなしと言われたが、決して高いとは思わなかったし、あとから怖いお兄さんが出てきて裸にむかれてしまうとしても彼らの可愛いところが見たかった。
「っ…クロ、出すよ」
「んっ、ああ、あ、んっ、出して…!」
研磨くんがクロくんのなかで射精したあと、クロくんも自分のペニスを扱いて射精した。僕も射精したかったけれど、出したら僕と彼らの縁も完全に切れてしまう気がしてやめた。
触れるだけのキスをして手早く身なりを整えると、クロくんは僕の傍らにしゃがみ、萎えかけたものを手で触ってくれた。硬くて大きな手のひらの感触と、甘い匂いを汗で一層濃くした黒尾くんにドキドキし、僕はすぐに射精してしまった。僕が立ち上がり、クロくんがベンチコートを羽織るまで、研磨くんはそっぽを向いてスマホをいじっていた。

「まいどあり〜」
クロくんはニッと笑い、研磨くんはどうもと軽く会釈をする。クロくんの方が研磨くんに懐いているように見えるけど、最中のぎらぎらした眼つきからも、研磨くんのほうが執着の強そうな印象を受けた。怖いお兄さんとはまた違った意味で厄介そうだ。連絡先を渡そうかとも思ったけれど、やめておくことにした。
おつりは要らないと言って一万円を渡す。きっとこうして二人で臨時収入を得ているのだろう。30分弱で八千円なら、道端で客引きをするよりもずっと割は良いのだろうし。
「またのご来店をお待ちしております」
「うん、またね」
薄汚れた場にはまぶしすぎる笑顔でおどけるクロくんと、かわいらしく手を振る研磨くんに手を振り返して別れる。彼らがいつまでこの仕事を続けるのかはわからないけど、また退屈になったらこの通りを通ってみようと思った。


・・・・・・・・・・・・・・・・・
ヤマなし!オチなし!イミなし!
モブおじさんの前でスケベする研クロが書きたかった
黒尾くんは情がわきやすくすぐ手コキしてしまうんだけど、研磨は嫌だなと思ってる。でも嫉妬してると思われるのが嫌だから言わない

2016/10/29 



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