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そして隠れ家に戻ってきた私たちは、早速、先程起きた出来事を松本先生に告げた。


「なるほど。南雲薫が、そんなことを言っていたのか……」

『……松本先生、実際、どうなんですか?本当に、私の血を飲んでもらえば……変若水の毒を消すことができるんでしょうか。』

「信じるのは危険です。そもそも沖田さんを羅刹に変えたのは、あの南雲薫でしょう。」

「……山崎君の言う通りだな。そんな例は、今までに一つもない。効き目がないだけで済めばいいが……、もしかしたら毒となることだって充分に考えられるんだぞ。」

『毒って……』

「ひとまず、薬は調合できたんだろう?なら、当分はそれでしのぐしかないんじゃないか。」

『だけど、このままでは総司が……』

「……わかってる。しかし、酷な話だな。労咳にかかっただけじゃなくーー羅刹となったせいで残りの寿命をますます削る羽目になるなんて、因果な話もあったもんだ。」

『…………』

「……もう少しここにいてやりたいが、私もそろそろ戻らんとな。」

『あっ、はい。今日は遅くまで、本当にありがとうございました。』

「いや。くれぐれも無茶はせんよう、沖田君によく言い聞かせておいてくれ。君も、疲れているだろう?今日は早めに休むんだぞ。」

『……はい、わかりました。』

「外までお送りします。色々とお聞きしたいこともありますので。」


松本先生は山崎君に送られ、玄関へと歩いていく。
早めに休むよう、言われたけど……。
正直言って、部屋に戻っても眠れる気がしなかった。

……総司は、どうしているんだろう?
羅刹の力の源はその人間の寿命だと、綱道さんが残した資料に書かれていた。
だとすると彼は今、己の命を削りながら懸命に傷を癒している最中のはず。
……一目だけでも、様子を見てこよう。

音を立てないように気を付けながら、私はふすまをそっと引き開ける。


『……!?』


奥に敷かれている布団に、なぜか、総司の姿がない。

一体どこへ行ってしまったの?

そう思った時ーー。


「……おかえり、千華。」


開けたふすまの傍らから、声をかけられた。


『総司……!何してるのよ!』

「だって、寝てるだけなんて退屈だし。」


総司は、いつもの軽い調子でそう答えたけれど……。


『……あのさ、総司。もしかして今、廊下で私たちが話していたことを……』

「自分のことについてこそこそ話してたら、誰でも気になるでしょ、普通。」

『ですよね〜……』


総司の態度は、いつもと全く変わらない。
むしろ私の方が、うろたえてしまう。


「……まあ、あの時変若水を飲んでなかったら、どっちにせよ死んでただろうしね。布団の上で血を吐きながら死ぬのと、こうして刀を取ることができるようになったのと……どっちがましかって言えば、答えなんてわかりきってるし。」


全てをありのまま受け入れているようなその瞳が、あまりに穏やかで……。
私は、かける言葉を見つけられなかった。


「……でも、不思議な話だよね。病気でも何でもなかった源さんが、鳥羽伏見の戦で死んじゃったのに。労咳にかかってる上、変若水まで飲んだ僕がこうして生きてるなんて……運がいいのか悪いのか、わからないな。」

『総司……』


胸の奥が、激しく軋んだ。
滅び行く定めを理解しながら、世の無情さも許してしまえる。
私は……。
総司のそんなところに、惹かれていたのかもしれない。


『……諦めないでよね。総司はまだ、生きてるんだから。』


たとえ、彼が既に近い将来の死を受け入れてしまっているとしてもーー。
それでも私は、総司に死んでほしくなかった。


「当たり前じゃない。僕にはまだ、しなきゃならないことがあるんだから。」


顔色は、相変わらず良くないけれど……。
それでも総司の瞳には、力強い光が宿っている。


『……安心したわ。』


総司のたった一言で、うれしくて頬が緩んでしまう。
先が見えない状況ではあるけれど……。
それでも、彼はまだ生きることを諦めてはいないんだ。


『総司、布団に戻って休みなさい。身体に障るわよ。』

「はいはい、わかってるよ。君って本当、うるさいんだから……」


総司がそう言いかけた矢先。


「うっ……!」


総司が苦しげに顔を歪め、畳に膝をつく。


『ーー総司!?』


私は、崩れそうになる彼の身体を慌てて支えた。


『どうしたの?傷が痛むの?』


けれど総司は、苦しげにうめきながら首を左右に振るばかりだ。


「ぐ、うっ……う……!」


そして次の瞬間、総司の髪から一気に色が抜け、瞳が真紅へと変じる。


『ーー!』


今まで、彼が傷の痛みを訴えたことは何度もあるけどーー。
こんな風に、己の意思以外で羅刹化したことなんてなかったはず。
ということは、まさか……!


「ぐっ……!平気だよ……。すぐに、治まる……から……!」

『…………』


総司の口振りは……。
まるで今までに何度もこの苦しみを、経験しているかのようだ。


『総司、あんたまさか……』


これが、羅刹の発作なのだろうか?


『……血が、欲しいの?』


その言葉に、総司は目を剥く。


「ーー欲しくなんかない!」


だがその剣幕が、何より明瞭に彼の本心を物語っている。


「……僕は、嫌だ。嫌なんだよ。血なんて要らない。狂いたくない……!!」


その瞳には、明らかな狂気の色が見えていた。
血に狂う羅刹の姿は、私も総司も今まで幾度となく目にしている。


『だけど、そんなに苦しんでるのに……』

「もし、理性を失ったら……自分を保てなくなったら、近藤さんの役に立てなくなる……!」

『…………』


彼の様子はあまりに凄絶で、言葉が見つからなかった。
総司の願いは、近藤さんの役に立つこと。
もし血に狂って、理性をなくしてしまえば、その唯一の願いすら果たせなくなる。
だから……。


『ずっと、耐えてたの……?』


たった一人で、誰にも言わずーー。
まともに息もできないほどの、苦痛に耐え続けていたのだろうか?


「平気だよ、我慢できる。僕は、近藤さんの弟弟子なんだから……、こんなものに負けるほど、弱くない……」


このまま、自らの精神力のみで、発作をやり過ごすというのだろうか。
だがーー。


『平気そうになんて、見えないわよ……!』


込み上げてくる涙をこらえながら、私は総司の身体にしがみついた。

……薫は、言っていた。
鬼の血を飲ませれば、もしかしたら変若水の毒を消すことができるかもしれないと。
眉唾だと、松本先生は言っていたけど……。


『…………』


今は、手段を選んでいる余裕などないーー!

私は腰の脇差を引き抜き、それを己の腕へと宛がった。


『つっ……』


鋭い痛みと共に、真っ赤な血が傷口から溢れ出す。


「千華、何をーー」

『……飲んで。』


私は己の腕を、総司の眼前へと突き出した。
傷は見る見るうちに塞がっていくけど、流れ出た血はまだ腕を真紅に染めている。


『もしかしたら、私の血で変若水の毒を消すことができるかもしれないって聞いた。』

「…………」


血の香りに毒されてか、彼の瞳が飢えた色を宿す。
薫の言葉が、どこまで本当なのかはわからない。
だけどーー今、この瞬間だけでも、彼の渇きを癒すことができるのならば。


『私、総司の助けになりたいの。だから……』


総司は何も言わないまま、恐る恐る私の腕へと顔を近づけた。
そして……。
流れ出た血に、そっと舌を這わせる。
私の傷に障らないよう、彼は慎重に血を舐め取った。


「…………ごめん。」


やがて漏れた呟きに、私は思わず目を見開く。
もしかしたら、こんな弱々しい彼の声を耳にしたのははじめてかもしれない。
私は、小さくかぶりを振った。


『……総司が謝ることなんて、ないわ。』

「でも……、ごめん。」


総司はまるで、近藤さんに叱られた直後のように神妙な顔をしていた。
まだ顔色は青ざめているけど、それでも、羅刹の発作は治まったらしい。
やがて、髪や瞳も元の色を取り戻す。


『今日は、もう休んでね。怪我には養生が一番だから。』

「……うん、わかってる。ごめんね、色々と。」

『謝る必要はないって、さっきも言ったでしょ。』


私はそう言いながら、総司の頭をくしゃくしゃと撫でた。


「そうだね。それじゃ……、お休み。」


総司は素直に頷いた後、布団の上に横になった。


『お休み、総司。何かあれば、いつでも声をかけてね。』


私はそう声をかけてから、廊下へと出て、夜空を見上げた。


『…………』


今の総司の気持ちを思うと、激しく胸が軋んだ。
彼は、血なんて飲みたくないって言っていたのに……。
……でも、わずかながら、苦痛を和らげることはできたはず。
今はただ、経過を見守ることしかできないけど……。

そして、翌日。
総司の体調は、ここ数日の様子からは信じられないほどに回復していた。
薫の狙いは、わからないままだけど……。
今はただ、総司の回復を喜ぼう。


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