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そして翌日、私は山崎君と共に、江戸の外れにある千鶴の家へとやってきた。


「ここが、雪村君の家ですか?」

『……の筈よ。』


事前に千鶴から家の場所までの地図をもらっておいてよかった。
家に行くとは文に書いて銀狼に届けてもらっているので問題はないだろう。
総司の傷を癒す手掛かりを、何としてでも見つけ出さなくちゃ。


『うっ、こほっ……』


足を踏み入れた途端すえた匂いが漂ってきて、私は思わず咳き込んだ。
床の上には、まるで新雪のようなほこりがうっすらと積もっている。


「長い間、人の出入りがなかった様子ですね。」

『……みたいね。』

「汐見さん、羅刹の資料がある場所の見当はつきますか?」

『えっ……うーん、私の勘だとこの辺かな。』

「わかりました。それでは、手分けして探すことにしましょう。」


私の勘で場所を決めちゃうんだ……。

私たちはその後、目に付く書類を片っ端から確かめ、羅刹に関する資料を探り出した。
やがて、とある書類に目を留めた山崎君が、愕然とした様子で洩らす。


「何だと?羅刹の力の源はーー」


その言葉が含む不吉な響きに、戦慄が走った。


『ねえ、山崎君。それって、どういう……?』

「変若水は、飲んだ者の肉体を活性化させ、野生の獣を凌駕する体力と、比類なき治癒力をもたらす。ですがその力の代償は、その人間の命そのもの。羅刹の力を使えば使うほど、その者の寿命は削られていく。つまりーー」

『…………』


手にしていた書類が、ひとりでに床へと落ちた。

力を使えば使うほど、寿命が削られていくということは……。
総司の寿命が、どんどんーー。

両足から力が抜けて、思わずその場に崩れ落ちそうになる。


「気をしっかり持ってください、汐見さん。……我々には、絶望している暇なんてありません。」


山崎君の叱咤で、私は何とかその場に踏みとどまった。


『え、ええ……。ごめん。』

「他にも、まだいくつか資料があります。手分けして確かめることにしましょう。」


私たちは手分けして色々な資料に手をつけて、それが羅刹のものなのか、そうでないのかを分けた。


「羅刹に関する資料は、これで全部……ですね。」

『……うん。』


羅刹に関することが記された資料に目を通してみて、わかったことはーー。
羅刹と化した者は、比類なき強さを手に入れるということ。
だがその代償として、肉体には多大な負担がかかってしまうこと。
その歪みが、羅刹を血に狂わせてしまうーーいわゆる吸血衝動を生んでしまうこと。


「吸血衝動が出てしまうと、次第に変若水の毒が身体を蝕んでいく。血を飲まなくては正気を保てなくなり、やがては獣のようになり、狂い死ぬ……か。」

『…………』


予想を遥かに上回る厳しい現実に、私たちはうなだれるばかりだった。
けれど、全く救いがないわけではない。


『……吸血衝動を抑える薬の調合の仕方が、ここに書いてあるわ。発作を抑えることができれば、総司もだいぶ楽になるんじゃないかな。』

「しかし……、調合できるんですか?」


里でそういうこともちょっとは習ってたから、難しくないものならできるけど……。


『用意しなくちゃならない材料が、いくつかあるけど……山崎君、手伝ってくれる?』

「わかりました、何でも言ってください。」


私たちはその後、綱道さんの走り書き通りに薬を調合しーー。
吸血衝動を抑える薬を、作り出した。
……けれど結局、総司の傷を治す方法はわからないままだった。

薬の調合を終えて家を出る頃には、日は既に沈みかけていた。


『……すっかり、遅くなっちゃったわね。』

「日が沈む前に、戻らなくては。急ぎましょう。」


山崎君に急かされ、歩き出そうとした時だった。
横合いから人影のようなものが飛び出してきた。
そしてーー。


「ーーぐっ!?」


うめき声と共に、山崎君が薙ぎ倒される。


『山崎君!』


私は慌てて駆け寄ろうとしたがーー。


『……!?』


近くに人の気配を感じ、足を止める。
夕日が落とされた陰のせいで、はっきりと顔を確かめることはできないけれど……。
この顔だけは、絶対に忘れない。


『薫……、どうしてここに?』

「どうしてって、決まってるじゃないか。可愛い姉の顔を見にきたんだよ。」

『…………』


腰の刀に手をかけ、私は薫をーー姉弟のように思っていた義弟を睨みつけた。


「何だよ、そんな怖い顔で睨まなくたっていいじゃないか。そんな奴、殺してもよかったけど……殴って気を失わせるだけで済ませてやったんだからさ。ところで、沖田の様子はどう?……そろそろ死んだかな?」

『ーーやめて。』


薫の嘲るような言葉に、私は一層眉を寄せて彼を睨みつけた。


「怒らなくてもいいじゃないか。ただの冗談だったんだから。羅刹になったあいつが、簡単に死ぬはずがないしね……多分、死にたいくらい苦しい思いをしてるだろうけど。」

『薫……!』


この場で怒りを露わにしても、薫を喜ばせるだけ。
それはわかっているけど……、それでも、平静ではいられない。


「……沖田も、いつまで正気を保っていられるんだろうな。そのうち、血を求めて江戸の人間を見境なく斬り殺すようになったりして。」

『総司は、そんな風にならない!』


さっき調合したこの薬があれば、少なくとも吸血衝動だけは抑えられるはず。
総司が、化け物になんてなるはずがない……。


「姉さんたちがここに来た理由は、察しがつくよ。大方、吸血衝動を抑える方法がないか、綱道おじさんの資料を漁りにきたんだろう?」

『…………』

「だけど、お生憎様。あの薬は、ほんの短い時間しか効かないし、ひどい発作は抑えられない。まさに無駄足ってやつだよね。あははははは!」


そんなことわかってる。
いい話には必ず裏がある。
だから、ほんの気休めにしかならないってわかっていたけど……。


「沖田のこと、好きなのか?どうしても、あいつを治してやりたい?」


酷薄な笑みを浮かべながら、薫は、不意に間合いを詰めてくる。


「……あいつを助ける方法、教えてあげようか?」

『…………』


いつだって相手に斬りかかれる態勢のまま、私は、次に続く一言を待った。
やがて薫は、おもむろに唇をうごめかせる。


「鬼の血を、与えればいいんだよ。人間を遥かに凌駕する力を持ち、傷が一瞬のうちに治るーー羅刹って、俺たち鬼の一族に似てると思わないかい?まがい物の羅刹共に、俺たち本物の鬼の血を分けてやれば……もしかしたら、変若水の毒が身体から消えるかもしれない。あいつを、助けてやれるかもしれないよ?……特に姉さんは、東国の鬼を代表する名家の次期頭領なんだからさ。」

『あっ、薫ーー!』


私は、薫を呼び止めようとするけどーー。
彼はそのまま、夕闇に溶けるように姿を消してしまった。
私の血を総司に飲ませれば、変若水の毒を消すことができるかもしれない……。
薫のことだ。
私の動揺を誘う為に言っているだろうということは、充分に考えられる。
でも、もし今の言葉が本当だとしたら……。


「う……」


その時、倒れていた山崎君が、うめき声と共に身を起こす。


『山崎君、大丈夫?』


私は慌てて彼に駆け寄り、介抱する。


「……俺のことはいいです。それより、何があったのか説明してください。」

『うん。』


私は今までのことを話した。


「なるほど。南雲薫とやらが、そんなことを……」

『…………』

「……ひとまず、沖田さんたちの所へ戻ることにしましょう。松本先生を待たせていますから。」

『そうね。』


夕闇が濃くなった風景の中、私たちは急ぎ足で千駄ヶ谷へと戻ったけれど……。
その間も、先程薫からかけられた言葉はずっと脳裏に留まったままだった。


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