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07


翌日、十二月十九日。
私が目を覚ましたのは、夕刻を過ぎてからだった。
どうやら、自分で思っていた以上に疲れが溜まっていたらしい。
大急ぎで支度をして、白い羽織を羽織って昼はできなかった夜の警護に参加する。


『ねえ、総司。』

「ん、何?」

『……近藤さん、どこにいるか知らない?さっき部屋覗いたら、姿がなくて……』

「大坂の松本先生の所に行ったんだって。」

『松本先生を……?』

「うん。その間、隊の指揮権は土方さんが預かることになるみたい。とりあえず、松本先生が診てくれるんなら心配は要らないかな。色々と口うるさいことを言われるけど、腕は確かだし。」

『口うるさいって、あんたね……先生は、総司のことをとても心配してるのよ。』

「それは、よくわかってるけど。口うるさいの本当じゃない。」


総司の様子は、ずいぶん落ち着いているみたい。
でも昨日の今日だし……、警戒を解くのはまだ少し怖い。

……今夜こそ、平和に終わりますように。

そう思った時だった。
眠りの中にある夜の町に、銃声が響き渡る。


「……!」

『総司!』


私は慌てて総司を引き止めようとするけどーー。
まるで私たちを挑発するかのように、銃声が立て続けにこだました。


「……ごめん。」


総司は私を振り切って、飛び出していってしまう。


『総司!』


私も慌てて、彼の後を追った。


「千華!」

『平助、ここお願い!』


***


「どうして追いかけてくるのさ?千華は奉行所にいた方がいいんじゃないの。」

『どうしてって、それはーー総司のことが、心配だからよ。』

「僕は、千華に心配されなきゃならない程、弱くはないんだけど?確かにちょっと前までは病気で寝込んでたけど、今は違うし。」

『それはわかってるわよ。でも……、どうしても心配になっちゃって。』


確かに私は奉行所で警護を続けていたほうがいいかもしれないけど。
でも、だからって彼を見捨てることなんてできる筈がない。


「……本当、変な女の子だよね、千華って。」


……あれ?
てっきりこの間みたいに、冷たい目で見下ろされるんだと思ってたのに……。


「さっさと行くよ。銃声が聞こえた方に、近藤さんの仇がいるかもしれないんだから。」

『あっ、待ってよ!』


私たちは息を切らせながら、底冷えする夜の京を駆け抜けた。
どうやら京の人たちは、戦を警戒して家に閉じ籠っているらしい。
通りには、人の気配がまるでなかった。


「! あの人影は、まさかーー」


何かに気付いた様子で、総司は、裏通りへと姿を消す。
私も、慌てて彼の後を追った。


「……久し振り、って言っていいのかな。近藤さんを撃ったのは、君?」


静かな殺意を瞳に込めながら、彼は暗がりを睨みつけている。
その視線の先にいたのはーー。


『薫、さん……!』

「どういう心境の変化だ?」

『はっ?』

「この前会った時は、敵を見るような目でこの俺を睨んでたくせに。この期に及んで【薫さん】、か。姉さんのそういうところに、無性にイライラさせられるよ。」

『…………』


私はぐっと唇をかみしめる。
総司を罠にはめ、変若水を飲ませたのは彼だ。
けれど、血は分けてなくても弟のように思っていたという事実が、私の心を乱している。
そんな私とは対照的に、総司は冷然としていた。


「さっきの質問に答えてくれるかな?それとも、喋りたくなるようにさせてあげようか?ーーこの剣で。」

「やれやれ、証拠も無いくせに俺を疑うの?これだから人間って奴は…………そういえば、丁度あの日だったかな、御陵衛士の残党に会ったよ。」

『御陵衛士……?』

「彼ら、だまし討ちにされた伊東の恨みをどうしても晴らしたいんだって。けど、奉行所に討ち入っても、仇討ちを成功させる公算は低いって言ってたから……街道に張り込んでみたら、とは助言してあげた覚えがあるな。」

「…………」

『じゃあ、あんたが彼らを……!?』

「誤解しないでくれる?別に、悪気はなかったんだよ。新選組局長ともあろう人間が、まさかあんなに隙だらけだとはさすがに思わなかったからね!」

「このっ……!」


総司が飛び出そうとした刹那ーー。
薫さんは不意に、ぱちんと指を鳴らした。
物陰に隠れていた人々が、一斉に私たちを取り囲む。


『意外と多かったな……』


思わず驚いた隙に、薫さんは飛び退って私たちから距離を取った。


「……ずいぶん、わかりやすい罠だなあ。」

「負け犬の遠吠えかい?いいよ、好きなだけ吠えてれば。どうせおまえたちの命は、風前の灯なんだから。」


二人は冷笑を浮かべながら、睨み合っていた。
私も自分の身を守る為、腰の刀に手をかける。


「……だけど、相手は新選組の沖田総司だ。銃で狙ってもなかなか当たらないだろうね。」

『……?』


どうして、薫は突然こんなことを?
一体、何を考えているの……?


「悪いけどその遠回しな喋り方、いちいちカンに障るんだよね。言いたいことがあるなら、単刀直入に言ってくれる?」

「別に、おまえと話してるわけじゃないよ。弱い奴から狙ったほうが楽かもね、って倒幕派の皆さんに提案してるだけ。」

『げっ……!』


薫の言葉でようやく気付いた。
全ての銃口は、私に向けられている。
いくら鬼の私でもこれだけの数を受け止めるのは無理がある。


「……大した性格の悪さだね。どうすれば、そんな卑劣な手が浮かぶわけ?」

「何とでも言えば?」


その言葉を合図に、兵たちの鉄砲が火を噴いた。
とっさに刀を構えて弾を弾き返そうと思ったけど……。

駄目、これだけ取り囲まれていたら、全部は避けきれないーー!


『……!』


何かが、視界を塞いだ。
これはまさかーー。


「ぐっ……!」


総司が、私の前に立ちふさがっていた。
私が受ける筈だった銃弾を、全て、その身に受けてーー。


『ーー総司!!どうして……!どうして、こんな……』


言葉にならなかった。
だって総司の身体にできた傷からは、血が溢れ出していて……。
それだけで、私の胸は引き裂かれそうだった。
だけど彼は、懸命に痛みをこらえながら私を振り返ってーー。


「……どこも、痛くない……?」

『痛くないわ……!総司が、庇ってくれたから……』

「……そっか。なら、いいんだ。」


安心したように微笑んだ後、ぐらりと彼の身体が揺れた。


『総司!?』


私は必死に彼の名を呼んだ。


『総司、……総司!!』


これだけの大怪我をしているのに、私が無事ならいいんだなんてーー。


『そんなの、全然良くないわよ……!』


涙が込み上げてきて、視界が曇った。


『私は……!』


嗚咽に阻まれて、言葉が出て来ない。


『総司が傷を負ったらーー、私だって悲しいんだから!近藤さんが傷を負った時、総司が悲しむように……!』


だけど総司は、返事をしてくれない。
ただ、苦しげな吐息を漏らすばかりだ。


『総司……!』


銃による傷ならば、さして深くはない筈だけど……。
でももし内蔵が傷ついてしまっていたら、命に関わる。
そんな私たちを眺めている薫は、楽しげな笑みを浮かべている。


「間抜けだなぁ……。まあ、沖田なら庇うと思ってたけどね。」

『まさか……』


全身の血が凍るかと思った。


『もしかして、最初から総司が狙いだったの……?』

「あははははっ、どうだろうね?どっちにせよ、誰かさんを守ったせいで、沖田は重傷だ。姉さんを守ったってのは褒めてあげるけど、それのせいで怪我をするなんてとんだ馬鹿もいたもんだね。」

『っ……!』


何も、言い返せなかった。

私がいなければ、総司は無事だったかもしれない。
銃で撃たれることもなく、包囲網を突破できたのかも。
総司が傷を負ったのは、間違いなく私のせいだ……!

唇をかむ私を見て、薫は不意に笑みを消した。


「……もっと、苦しめばいいよ。」


薫の合図で、藩兵たちが下がっていく。


「姉さんも沖田も、そう簡単には殺さない。……殺してやらない。可愛い姉と次に会える日が、今から楽しみでたまらないよ。」

『薫!!』


立ち去りかけていた薫が、ゆっくりと振り返って、微笑んだ。


「ああ……、その顔、その声ーー絶望と怒りを知れば知るほど、姉さんの顔は綺麗になっていくよ。」


薫は藩兵を引き連れて、夜の市中へ消えていく。
遠くからは、人々のざわめきが迫ってきた。
それは銃声の調査を行いに来た、新選組の面々だった……。









その後、隊士たちの手によって、総司は奉行所へ担ぎ込まれた。


「沖田君は銃撃を受けたのですか?」

『ええ……』

「たとえ最新型の連発銃を使っていようと、羅刹はその程度で死なない筈ですが。」


そういえば彼らの銃は、連続で何発も発砲できた。
あれが、薩長軍の洋銃……。


「銃による傷は、いかに深くとも小さな傷に過ぎません。……銃弾さえ摘出できれば、見る間に回復するはずですが。」

『だけど……それならどうして総司は目を覚まさないの?』

「……わかりません。敵方が持っていた銃に何か秘密があるのか、もしくは……」


その後も、私たちは懸命に看病を続けたけれど……。
傷は塞がってくれず、総司の容態は悪くなるばかりだった。

そんなある時、私は土方さんに呼び出された。


「……よう。悪いな、呼び出しちまって。」

『ううん……』

「実はな、山南さんとも相談して、総司の身柄を大坂城に移すことになったんだ。」

『大坂城に?』

「ああ。大坂城にゃ松本先生もいるし、ここよりは道具も揃ってるだろうからな。」

『そうなんだ……』


本当なら、総司の傍に付いていたいけど……。
でも、私はここで警護にあたらなくてはならない。
それに千鶴と山崎君だけに怪我人の治療をさせるわけにはいかないし。
松本先生にお任せしておけば、心配は要らないだろうけど……。

そんなことを思っていた時だった。


「千華、おまえも総司と一緒に大坂へ行け。」

『えっ……!』


あまりに意外な命令に、私は目を見開く。


『私も、総司と一緒にいっていいの?どうして……』

「何だ、不服なのか?」

『いや、そういうわけじゃないけど……ただ、どうしてなのかなって思って。』

「京は、もうすぐ戦場になる。ここにいると、おまえ、無茶しまくって身体ぼろぼろにするだろうからな。」


否定できない。


「……何より、総司の奴を放っとくと、何をやらかすかわからねえだろ。」

『土方さん……』


ありがたい心遣いに、思わず涙が出そうになった。

私……、総司と一緒にいられるんだ。


『……ありがとう。本当に……、ありがとう。』


私は深々と頭を下げ、土方さんにお礼を言ったのだった。


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