×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -
06


白い羽織を翻しながら町を駆け抜ける。


『はっ、はぁ、はっ、はぁ……!』


息が切れるのも構わず、夜の大通りを走って、走ってーー。


『……!』


とある大通りの真ん中で、私はついに彼の姿を見つける。
その剣筋は、今までに見たことがないほど精緻で、ひたすら壮絶だった。
人の急所を瞬時に刺し貫き、返す刀で別の人を斬りつける。
血にまみれた刀身を懐紙で拭うことすらせず、ただ、斬って斬って斬ってーー。


「この剣筋、まさか……!新選組の沖田か?」

「ご名答。でも殺される寸前で気付くっていうのは、ちょっと遅すぎじゃないかな?」

「新選組の沖田が来た!ここは退くぞ!」

「……馬鹿だなあ。逃がすとでも思ってるの?」


彼の動きには、何の迷いもなかった。


「や、やめーー」


精強だと聞く薩摩藩士でさえ、総司の剣の前にはひとたまりもない。
目の前の敵を殺すため為だけに、彼はただただ剣を振るう。
それは文字通り、羅刹ーー、悪鬼そのものの姿だった。


『総司……』


彼は、ただ一人も逃がさなかった。
ただの人間を圧倒する強さで、敵陣を壊滅に追い込んだのだ。
通りには、無残に斬り殺された骸が、血の匂いを漂わせながら横たわっている。
やがて総司は、どこか生気に欠ける足取りで歩き出した。
まるで、次に殺す相手を探しに行こうとでもしているみたいにーー。


『総司!』


私は思わず、彼の前に立ちはだかった。


「……何しに来たの?」


今まで私には見せたことのないような冷えた眼差しで私を見下ろしながら、総司は問う。
彼の全身から立ち上るような凄絶な殺気に、気圧されそうになるけど……。


『総司を、止めに来たの。』


すると彼は、あからさまに不快げに顔を歪めた。


「……僕を?千華が?僕は、自分の務めを果たしてるだけだよ。千華にどうこう言われる筋合いはないんだけど。」


突き放すような声音だった。
その態度に、思わずひるみそうになるけど……。


『総司がしてることは、本当に新選組の務めなの?』

「決まってるじゃない。新選組の……近藤さんの敵を殺すのが、僕の役目なんだから。」

『……これが役目だと本当に思っているのなら、どうして、誰にも言わずに出てきたの?』

「…………」

『総司も、わかっていたんでしょう?これは正しくないことだ、って。』

「……僕がしているのは、ただの私闘だって言いたいの?」

『…………ええ、そうよ。』


近藤さんに怪我をさせた人たちを、根絶やしにしてしまいたい。
今の総司は、その一心で動いているのだと思う。


「そうだとしても……、それの何が悪いのかな?」

『それは……』

「僕の仕事は、殺し合いをすることなんだ……たとえ目的が不純でも、敵を殺すことさえできれば問題ないと思うけど?」

『…………総司は……』


今の気持ちを言葉にするのは、難しい。
不用意に言葉にしてしまえば、誤解を招くこともある。
だけど、これだけはどうしても伝えなくてはいけない気がした。


『……総司は、言ってたよね。自分から薬を飲んだって。羅刹になったのは、自分で選んだ道だって。』

「……言ったかもしれないけど、それがどうかした?」


総司は鋭い視線を私に向けたまま尋ね返してくる。
でも、私はひるまずに答えた。


『もし一度、正しいと信じた道ならーー何があっても貫き通して、真っ直ぐに歩き続けて欲しいの。』

「……千華が何を言ってるのか、よくわからないんだけど。」


総司は、苦しげに目を伏せた。


「僕は、剣にしかなれない。……人を殺すことしかできないんだ。正しいとか悪いなんて基準は、僕には元からないんだよ。近藤さんの為になるんなら、どんな相手でも斬ってみせる……今までずっと、そうやって生きてきたんだから。」


頑なな言葉とは裏腹にーー。
総司の瞳が、揺らいでいるのが見て取れた。
彼が今まで、どんな人生を送ってきたのか……。
どんな思いをしながら生きてきたら、こんな言葉を紡ぐようになるのかはわからないけど。
でも……。


『総司が自分のことを、人殺しの道具としか思えないのならーー』


私は大きく息を吸った。


『ーーそれは、それでいいと思う。』


もし彼が剣として生きたいのであれば、私が口を挟むべきじゃない。
そのことは、よくわかっているけど……。


『……でも、自分の心に嘘だけはつくべきじゃないと思う。』

「自分の心に……?」

『大切な人が怪我をしちゃってとても苦しい思いをしてるのは、わかるつもりよ。』


総司は、近藤さんのことが大好きで、すごく尊敬してるから……。
近藤さんの容態が思わしくないと聞いて、いても立ってもいられなかったんだと思う。


『……傍にいても、近藤さんにしてあげられることがあるわけじゃない。もし役目を全うして奉行所を守りきっても、近藤さんが助かるかどうかはわからない。』


だから、苦しくて苦しくて……。
自分にできるたった一つのこと、人を斬ることしかできなかったのだと思う。


『その気持ちは、よくわかるけど……でも、決して自分を見失わないで。……総司の役目は、本当に、感情に任せて剣を振るうことなの?自分には人を斬ることしかできないって……、本気で思ってるの?』


総司はしばらくの間、さもうっとうしげに私を見下ろしていた。
だけど、やがて……。


「……ねえ、千華。あんまり生意気なことばかり言ってると、いくら千華でも殺しちゃうかもしれないよ?」


彼にこうして【殺す】と言われたのは、初めてだ。


『総司……!』

「さっさと、どいてくれる?」


こいつは……っ!


『どかないわよ、絶対に。』


彼を、行かせてはいけない。
たとえ斬り殺されてしまったとしても、私は、できる限りのことをしなくちゃ。
総司はきっと、本気で言っているのだから。
私も本気で臨まなくては、何も伝わらないーー!


『どうしても行くつもりなら、私を殺してからにして!』


総司は、何か珍しいものを見るような眼差しでしばらく私を見下ろしていた。
右手にある刀で私を斬り殺すことなんて、彼にとっては造作もない筈なのに。
やがて、その睫毛が落とす影が微かに震えて……。


「……どうして、そこまでできるのかな。僕なんかを命懸けで止めたって、誰一人、褒めてなんてくれないのに。ただの馬鹿だって思われるだけなのに。それなのに、どうして……」

『……放っておけないの、総司のこと。それに傍にいてって言ったのはあんたでしょ。』


私の返答に、彼は小さく笑ってくれた。


「…………変な子だよね、千華って。」

『何だって?』


なんて生意気な奴。


「…………ごめん、千華にあんなこと言うつもりなかったんだけど……」

『…………いいよ、別に。暴走した総司を止めるのはいつも私の役目でしょ。』

「……そうだね。」


ふっとお互い笑いあう。
私たちの間に微妙な沈黙が落ちた、その時。


「おい、そこにいるのってーー総司だよな!?」


この声は……。


「……ようやく見つけたぜ。こんな場所まで来てやがったのか。」

『左之さん、一君……!』

「……総司。派手に動き過ぎだ。もし他藩の者に見咎められたら、どうするつもりだったのだ?」

「見つかるようなへまはしないよ。見くびらないでほしいなあ。」

「……あんたの気持ちはわからぬでもないが、局長の容態は、峠を越えた。……命に別状は無いだろう。」

「ーー!」

『一君、それ本当?』

「信じられぬのであれば、奉行所に戻った後、己の目で確かめるといい。」

『うん、そうする。……良かったね、総司。』

「……本当なの、一君?本当に、近藤さんは……」

「俺がこういった場での冗談を好むかどうかは、あんたが一番よく知っている筈だが……これ以上、局長にご心配をかけるような真似はするな。」

「そっか……。近藤さん、助かるんだ。良かった……」


それ以上の言葉なんて、出ない様子だった。
総司の広い肩から、一気に力が抜ける。


「総司も総司だが……、千華、おまえも少しは自重しろよ?」


その言葉で、私は無断で飛び出してきてしまったことを思い出す。


『……あ、ごめん。一応千鶴には言って出たんだけど。』

「千鶴、どうすればいいかおろおろしてたぞ。」

『え、マジか。』


後で謝っとこう。

私が、うんうん頷いている時、遠くから、呼子の音が響いてきた。


「気付かれちまったみてえだな。ーー奴らが集まってくる前に、ずらかるぞ。」

『……はーい。』


私たちは大急ぎでその場から離れ、伏見奉行所を目指したのだった。


***


帰り着いた私たちを出迎えたのは、千鶴といつもより不機嫌な顔をした土方さんだった。


「……ったく、この大馬鹿野郎どもが。」


言葉こそぶっきらぼうだけど、土方さんはとてもほっとしていたように見えた。
きっと、私たちのことを……、総司のことを、すごく心配していたんだと思う。


「今回だけは、大目に見てやる。だが、二度と勝手な行動を取るんじゃねえぞ。」

「奇遇ですね、土方さん。僕も似たようなこと考えてたんです。近藤さんが助かったから、僕も今回は大目に見てあげようと思います。」

「ああ、そりゃありがとよ。」

「……ですけど、僕はまだ土方さんを許したわけじゃないんですから。」


総司は一方的に言い切ると、そのまま玄関に向かってしまった。


『えっと、私は……』


許しもなく外に出てしまった私は、やはりお咎めを負わされることになるのだろうか。
内心、はらはらしていると……。


「総司が飛び出していかなきゃ、おまえも出て行かなかっただろ?」

『……まあ。』

「となりゃ、総司が原因じゃねえか。あいつを無罪放免にしたのに、おまえにだけ罰を与えるなんてことはできねえだろ。」

『…………』

「まあ、これだけは与えるがな。」

『ん?』


ゴツンッ!

顔を上げた私の頭に落ちてきた強烈な拳骨に私は頭を抱えた。


『〜〜ッ!いったああ!』

「千華ちゃん、大丈夫!?」


慌てて千鶴が駆け寄ってくる。
土方さんはその様子をチラリと見ると。


「……少し休め。昨日からほとんど寝てねえだろ、おまえ。」

『あ……』


痛がる私にかけられたのは、驚くほど優しい声だった。


『……ありがとう、土方さん。でも拳骨する意味あった?』

「無断で出て行ったからだろ。」

『結局怒ってんじゃん!』


私はたんこぶができていそうな頭を押さえながら彼に背を向け、奉行所の中へと足を踏み入れた。
その時。


「……結局、全ての責任は俺にあるってことか。」


ぽつりと漏れた彼の呟きを、背中越しに聞いたような気がした。


[*prev] [next#]
[main]