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06


年が明ける前ーー。
労咳と言う病名を隠しきれない程に、総司の体調が一気に悪化してしまった。
彼の身体を蝕んでいるものが何か知らされると既に察していた人々を除いて皆が驚き悲しんだ。
そして、本格的な治療が必要になった近藤さんと共に、大坂にいる松本先生のもとに向かうことになった。
そして、年が明けて慶応四年となった。
京の町では、相変わらずの厳戒態勢だ。
私たち新選組は、年末年始も関係なく伏見奉行所での待機を続けていた。
このまま何事もなく過ごせればいい……、そう思った矢先の一月三日。
入京しようとする幕府軍と薩摩藩との間にいさかいが起こった。
これがきっかけとなり、とうとう戦いの火蓋が切って落とされた。
総勢一万五千人余りの幕軍に対し、薩長連合軍の数はわずか五千人。
勝敗は火を見るよりも明らかーーなはずだった。
だがこの戦を賭ける薩摩・長州両藩の士気は凄まじく、幕府軍を圧倒した。
過去に、薩摩はイギリス、長州は英仏蘭米、そして幕軍と二度の戦闘を経験していた。
彼らはその経験を通して、洋式戦術を完全に自分たちのものにしてしまっていたのだ。
やがて伏見奉行所にも大砲が撃ち込まれ、火がついてしまう。
新選組は伏見からの撤退を余儀なくされていた。


『はぁ……きっつ……』

「大丈夫かね?少し休んだ方がいいかい。」

『いいえ、大丈夫よ。休んでる場合じゃないっていうことは、わかってるから。』


私は汗を拭いながら、ズキズキ痛む足を引きずって歩き続ける。
私たちは今、土方さんに命じられ、伝令として淀城に向かっている途中だった。
このままでは、薩長連合軍に押し負けてしまう。
援軍を呼び、少しでも戦況を有利にしようと考えてのことだった。


『……淀城の人たち、助けてくれるかな?』

「何としてでも、助けてもらわねばな。……トシさんの為にも、絶対に。あの人に、負けは似合わない。もう、あの人のあんな顔は見たくないからな。」

『…………』


源さんの言葉で、私は伏見での戦を思い出した。


───一月三日の夕刻、幕府軍と薩摩長州連合軍との戦闘が始まった。
伏見奉行所にも大砲が引っ切りなしに撃ち込まれ、地震が起こったのかと思うほどだった。


「土方さん、もう無理だ!奴ら、坂の上にバカでかい大砲を仕掛けてやがる!坂を登ろうとした端から撃ち殺されちまう。ありゃ、斬り合いに持ち込むのは無理だぜ。」

「……しかも奴らの持っている銃、射程が恐ろしく長い。あれほど離れているというのに、二発に一発が命中している。」

「新八と千華の奴はどうしたんだ?見当たらねえが。」

「新八なら、二番隊十五名と共に、敵陣へ斬り込みに行ってる。千華も零番隊十名と共に新八の隊と挟み打ちにするために斬り込みに行った。」

「敵陣に斬り込みって……、正気か!?どう考えたって、生きて帰って来られる筈がねえだろ!」

「…………」


土方さんは、青ざめるほど強く唇をかみしめ、その場に立ち尽くしていた。
外からは相変わらず、大砲の轟音が聞こえてくる。
ーー誰もが新八さんと私の死を予感した、その時だった。


「よっ、ただいま!今、戻ったぜ。」

『ただいま〜。』

「……新八!千華!」

「千華ちゃん!」


皆が、驚きの表情で私たちを振り返る。


「い、生きていたのか!?まさか……」

「おっと、幽霊じゃないぜ。よく見てくれよ、足もちゃんとついてるから。」


新八さんと私は、埃と泥、そして返り血で汚れた顔を手の甲で拭いながら笑ってみせる。


『ただ、敵本陣に飛び込むのはどうやっても無理だったわ。先に出て行った会津の部隊も、押し返されてるみたい。』

「……副長、この先に進むのはかなり困難かと。ご決断をお願いします。」

「…………」


土方さんは眉間に深い皺を寄せ、怒りの表情になる。
その矢先ーー。


「おい、何だこりゃ?どこからか煙が流れてきてやがるぞ。」

「大砲の火が、奉行所に燃え移ったか!さっさと逃げねえとやばいぜ!」

『土方さん、撤退よ!』


私の言葉にも、土方さんは顔を上げようとしない。


「トシさん……」


新選組は今までずっと、負け知らずだった。
そんな私たちが今、薩長連合軍になす術もなく押されている。
それは心血注いで新選組を作り上げた土方さんにとって、何より受け入れがたい事実の筈だった。
やがて土方さんの口から、諦めにも似たため息が漏れる。


「……なるほど。もう、刀や槍の時代じゃねえってことだな。」


固く握った両の拳には、うっすら血さえにじんでいる。
やがて彼は、怖いくらいに双眸をぎらつかせーー。


「…………ここは撤退だ。だが、まだ負けたわけじゃねえ。この借りは必ず返してやるからな。」


悔しさに瞳を燃えたぎらせ、そう言い放ったのだった。



「あの人がどんな思いで撤退の言葉を口にしたか……付き合いの長い千華にも、よくわかるだろ?負け戦なんてのは、一度経験すればもう充分だよ。私は、刀としてはまるっきり勇さんたちの役には立たないと思ってる。」

『そんな……!』


私が【そんなことはない】と言おうとするとーー。
源さんはゆったりと微笑んで、こう答えてくれる。


「ただ、こんな私でも、新選組を勝たせる為にできることはきっと何かあるはずだ。だから……、頑張ろうな。」

『うん……』


新選組の為にーー、近藤さんや土方さんの為に、きっと何かできることがあるはず。


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