01
千鶴がどうしても行きたいというので、平助の説得は千鶴に任せて、私は留守番をすることにした。
私は皆の背中を見送った後、白い息を吐き出しながら夜空を見上げる。
真円に程近い月が、物も言わず佇んでいた。
肩に降りてきた銀狼を撫でながら月を見上げているとーー。
『……山崎君?どうしたの?』
「大変な知らせが入ったんです。広間に人を集めるのを手伝ってくれませんか。」
『大変な知らせ……?』
夜も遅く、外出している人たちが多いせいか、集まった隊士たちの数はさほど多くはなかった。
「総司は休んでいるようだったから、呼ばなかったよ。構わないかい?」
「はい、問題ありません。それより、事は急を要します。島田君たちがまだですが、先に話しましょう。」
『何があった?』
山崎君がこんなに焦っている姿を見ることなんて、滅多にない。
不安に駆られながら、私は次の言葉を待った。
「……もしや、伊東さんの暗殺に失敗したのかい?」
「いえ、それ自体は成功です。我々は伊東の死体を囮に、御陵衛士を油小路へとおびき寄せ、包囲しました。」
たった一言で知らされた、伊東さんの最期。
だけど山崎君は、感傷に浸る暇を与えない。
「ですがその際、永倉さんたちと御陵衛士、双方を包囲する形で、横槍が入りました……恐らく、薩摩の連中です。」
『そんな……!新八さんや左之さんーーそれに、平助や千鶴は無事なの?』
「敵の数はこちらを大きく上回っていましたが、恐らくあの方々ならば、しばらくは持ちこたえてくれる筈です。」
「早急に、援軍を送らなければならないね。動ける者は、私と千華と島田君とーー」
その時、何かを壊すような音が、どこかからか聞こえてくる。
『今の音は……?』
私と源さんと山崎君は緊張した様子で顔を見合わせた。
その時ーー。
「大変です!ーー鬼が、襲撃してきました!」
『鬼ってーー、なんでこんな時に……!』
「……こんな時だから、かもしれないね。状況を説明してくれ、島田君。襲ってきたのは、例の三人組かい?」
「いえ。刀を持った細面の男、一人です。確かあれは……」
「刀。風間千景か……!」
隊士たちは、一斉に外へと飛び出した。
そこにはーー。
まとわりつくような血の匂いと、物を言わなくなったおびただしい数の骸が広がっている。
『これは……』
……羅刹でなくとも、血に酔ってしまいそうな惨状だった。
「この骸は皆、羅刹隊……。これを、風間が一人でやったと?」
「羅刹隊ということは、討って出たのは山南さんか。」
『まずいな……山南さんは、今どこに?』
「……あちらです!」
島田君が指差す先にはーー。
ガキンッ!
「ぐっーー!」
「ふん。まがい物の力など、所詮はこの程度。哀れなものだな。生まれ変わって出直してくるがいい。」
山南さんと共に躍りかかった羅刹の一人が、風間の一閃で叩き斬られ、地に落ちる。
「おのれ……!」
「貴様は、他の雑魚よりは多少はマシだが……所詮は、まがい物の剣に過ぎぬ。」
羅刹隊でただ一人、山南さんだけがかろうじて食い下がっているけどーー。
それでも、相手にすらなっていない。
風間は迫る羅刹を一蹴しながら、悠然と歩みを進めている。
「……汐見さん、あなたは下がっていてください。あいつは我々が抑えます。」
『だけど……!』
「敵は、風間だけではない。いつ仲間が駆けつけてこないとも限らないからね。それに……羅刹が分別をなくして、襲ってくる公算も高い。」
『それならなおさら……あ、ちょっ!』
二人は私の言葉を無視して頷き合い、刀を構えながら駆け出していく。
「汐見君、中に隠れていてください。風間は、我々が追い払います!」
『あっーー』
島田君はそのまま、山南さんや源さんたちに加勢した。
風間がなぜ突然襲撃してきたのかは、わからないけどーー。
恐らく私が戦場に出ても、風間に勝てる勝算は少ないだろう。
そういえば……。
病でふせっている総司は無事なんだろうか。
もしも血に酔った羅刹たちに、襲われてしまったら……?
私は脇目も振らず、総司の元へと走った。
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