26
そして、翌日。
私たちが新選組で過ごす最後の一日は、瞬く間に過ぎていった。
忙しく駆け回っている隊士たちに会えなかったのは心残りだけど……。
これ以上、出発を引き延ばすわけにはいかない。
「そんじゃ行くか、千華。」
『うん、行こう。』
里への文は昨日送ったし、準備はできているだろう。
外に出ると、私たちの行く手を照らすように月が煌々と輝いていた。
平助の体調のこともあるから、出発は皆が寝静まる深夜だ。
それに、隊を抜けるとは言っても、私も平助も、隊士としてもう存在していない人間。
見送りの人なんているはずがないと思っていたけど……。
「……よう、二人共。」
「……遅かったな、待ちわびたぞ。」
「水くさいですよお二人共、見送りぐらいさせてください。」
「そうだよ、千華ちゃん、平助君。」
『ひ、土方さんに一君、それに、島田君と千鶴まで……!?』
「藤堂さんも汐見先輩も、薄情だな!オレたちに挨拶なしで出て行っちまうつもりだったのかよ!」
「お二人共、今まで本当にお世話になりました。」
野村君に相馬君も……!
「……何だよ、皆して。忙しいんじゃなかったのか?」
「確かに暇ではない。だが、戦友の門出を見送るぐらいはしてもよかろう。」
「お二人が仙台から戻ってきた後、会えずじまいでしたからね。無事で本当に何よりでした。……そしてお二人共、どうかこれからも無事でいてください。」
『そんな、皆の方こそ……』
「そうだよ、戦場に残るのは、そっちの方なんだからさ……」
「はは。確かに我々は、まだしばらくは戦から抜けられそうにありませんね。」
「だが、あんたたちは充分に戦った。敵とも、己自身ともな。そろそろ戦いを終えてもいい頃だろう。……幸せになれ。」
『……ええ、ありがとう。』
「言われなくてもわかってるよ。……ありがとな。」
「千華ちゃん……」
私は千鶴へと向き直って、彼女をぎゅっと抱きしめた。
『……千鶴、ごめんね。最後まで守ってあげられなくて。』
「ううん、いいの。千華ちゃんは今までたくさん私を守ってくれたよ。」
お互いを抱きしめる腕に力がこもる。
千鶴とは本当の姉妹みたいな関係だった。
私に兄弟はいないけど、それでも私にとっては千鶴は妹のようだった。
「千華ちゃん!」って私の後ろを笑顔でついてくる彼女に、どれだけ癒やされたことか。
少し離れて、千鶴の顔を見下ろす。
彼女は、涙を目に溜めながらも笑顔で私を見つめていた。
私が好きな、その笑顔で。
「……文、書いてもいい?」
『うん。』
「会いに行ってもいい?」
『うん。』
「…………っ」
こらえきれなかった涙が一筋頬を流れる。
くしゃりと顔を歪めて私を見上げる千鶴を抱きしめて、私はその頭を撫でた。
『……ありがとう、千鶴。』
「……っ……私こそ、ありがとう。」
『元気でね。またいつか。』
「……うんっ!」
『……皆のこと、よろしくね。』
私は千鶴に微笑みかけて、彼女の流れる涙を手で拭ってあげてから身体を離した。
「…………」
そんな私たちのやり取りを、土方さんは静かに見守っていた。
言いたいことはもうすでに言った、もう言葉は不要だと言いたげに。
「それじゃ……行くか!」
『ええ!』
私たちは、皆に背を向けて歩き出す。
「……達者でな……」
最後に、そんな声が、風に乗って聞こえた気がした。
ーー月の下での初めての彼らとの出会いから、本当にいろんなことがあったと思う。
この先、私たちと彼らの道が交わることはないのかもしれない。
けれど……。
『……あのね、平助。』
「ん、何だ?」
『私ね、新選組の皆のこと、大好きだった。』
今までの思い出が、胸をよぎっていく。
幕府や他藩に軽んじられる中、皆が懸命に名を上げようとしていたこと……。
新たに入隊した隊士たちの軋轢。
平助が御陵衛士として離隊してしまったこと。
そしてーー、油小路で命を落としかけ、羅刹となってしまったこと。
かつて新選組総長だった人を、討ったこと……。
千鶴と出会ってからたった四年半の出来事だったとは思えないほど、濃密な時間だった。
「……オレもだ。あそこで過ごしたことは、多分、一生忘れねえと思う。」
そのすべてに笑って手を振り、平助の手を取って歩き出そう。
出会いは、刃のように冷たい月の下。
そして別れは、とても優しい月の下で。
ーー慶応四年、夏のことだった。
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