05
そして夕方。
私は千鶴と一緒におにぎりを作った後、組長として動きまわっていた。
「千華ちゃん!」
『ん、何?』
「あの、おにぎり配ろうと思うんだけど……今大丈夫?」
『あ、ああ……ありがとう、千鶴。』
後ろにいる隊士に指示を出して私は千鶴が持つ盆の上に乗っている分を指差した。
『それ、まだ配るの?』
「うん。まだもらっていない人いると思うから……」
『んじゃ、手伝うよ。』
「え……?いいの?でも、仕事……」
心配そうにこちらを見上げる千鶴の頭を撫でて、大丈夫と伝えると彼女はニコリと笑みを見せてくれた。
近くにあった盆の上におにぎりを載せて配るのを手伝う。
『まだ、もらってない人いる?』
「こっちにもください!」
「あの、もう一つ食べてもいいですか?」
『はは、遠慮せずに食べろって。』
「じゃあ、俺も!」
隊士の皆が、どんどんおにぎりに手を伸ばす。
幹部の皆のは別に残してあるって言ってから、まあ、いいか……。
そんな風に思っていると、配っていたおにぎりは瞬く間になくなっていく。
やがて、おにぎりは最後の一個となっていた。
それに気付いたのか、手を伸ばしていた隊士の手が止まった。
『まだあるから、遠慮せずに食べろって。』
「ありがとうございます!」
若い隊士は、手に取ったおにぎりをうれしそうに頬張るのだった。
残ったら自分の夕ご飯にしようと思ってたけど……結局、おにぎりは一つも残らなかった。
……でも、隊士がたくさん食べてくれるのはいいことだし。
千鶴の分は確保してさっき渡したから、いいか。
次にご飯をつくるまで、我慢かな……。
キュルル〜。
…………。
空腹でお腹が音を立ててしまったらしい。
人前でなくてよかった。
水でものんでおこう。
その場を離れようとしたとき、不意に背後から声が掛かった。
「今のは、おまえの腹の音か?」
いつの間にか側に来ていた土方さんに、聞かれていた……!?
『あ……いや、これは……』
「隊士どもが夕飯を全部食っちまったらしいが、おまえは食ったのか?」
『……私はあとで食べるから、大丈夫よ。』
「……食ったのかって聞いてるんだ。」
『……いや、それが……まだデス。』
私がおずおずと答えると、土方さんはやれやれといった顔で、懐から何かを取り出した。
「ったく、しょうがねえな……ほらよ。」
そう言って差し出してきたのは、私が竹の葉で包んで千鶴が幹部の皆へ配ったおにぎりだった。
『これ、土方さんのおにぎりのはずだけど……』
「いいから食え。」
『いや、私より土方さんが食べてよ。』
断る私に、土方さんは少しむっとした顔で、差し出したおにぎりを見つめるとーー
「……もしかして、遠慮してんのか?半分ずつだ。これならいいだろ。」
おもむろにおにぎりを半分に割って、その片方を再び私に差し出した。
その有無をも言わさぬ様子は……断れるような雰囲気じゃなかった。
私はおずおずと半分になったおにぎりに手を伸ばす。
『……ありがとう。じゃ、半分いただきます。』
半分のおにぎりを受け取ると同時に土方さんは残った方を乱暴に口に運んだ。
そんな彼を見て、私も急いで頬張り……。
一口分を飲み込んだときには、大きな安堵のため息が口から漏れていた。
『はあ……おいしい……』
土方さんの前だというのに、お腹に食べ物が入った満足感が勝ってしまっていて……それがなんだかとても恥ずかしい。
でも、そんな私を気にすることもないように、土方さんはおにぎりを食べながら言う。
「他人にばっか気を遣ってねえで、飯ぐらい自分の分はちゃんと食え。わかったか?」
『ごめん……次からはそうする。』
「別に……怒ってるわけじゃねえ。」
そして、口に運んでいたおにぎりを止めてぽつりと呟いた。
「……ありがとうよ。」
『ん?……ううん、私なんかより、隊士の皆に食べて貰った方がいいし、私は後でちょっと食べるくらいで大丈夫だから。』
「そうじゃねえ……今日、おまえがここに残ると決めてくれたことにだ。」
『あ、そっち…………』
そう……今日、私はここに残ることを決めた。
安全なところに行こうと言ってくれた千姫の誘いを断って。
私はここに……この人の側に残ることを決めた。
土方さんは、そのことを喜んでくれて……。
「なに、惚けてやがる……さっさと食え。」
『…………うん!』
土方さんの言葉で、慌てておにぎりを食べるけど……。
違うことで、なんだか胸がいっぱいになってしまっていた。
土方さんは、私がおにぎりを食べきるまで、待っててくれていたみたい。
「あれっぽっちで腹はふくれたか?」
『ええ、もう大丈夫よ。』
「屯所内の事は雪村に任せたからな。おまえも、しっかり働けよ。あっちの方はおまえに任せたぞ」
『わかってるって!』
任せたと言われたことがうれしくて、背筋がぴんと伸びて返事をしてしまう。
そんな私を、土方さんは少し微笑んでくれたような気がした。
そして私の頭をくしゃくしゃと撫でた後、踵を返して建物の中に消えていく土方さんの背中を、私はずっと見つめていたのだった。
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