19
休憩を終えた私たちは、程なくして、木々の間から仙台の町を望める場所に辿り着く。
空にはすでに、朝日が昇っていた。
『平助、身体の方は大丈夫なの?』
「これくらいなら、平気だよ。心配してくれてありがとな。」
『そう……』
もしかしたら無理をしているのではないかと思ったけど……。
見ている限りだと、顔色はそんなに悪くないみたいだ。
彼は眼下に広がる仙台の町並みを見下ろしながら呟く。
「あれが、仙台の町だろ?お天道様が昇ってるのに、ずいぶんひっそりとしてるよな。」
平助の言う通り、もう皆、起き出してもいい頃なのに……。
町の通りは人もまばらで、忘れ去られた廃村のように静まり返っている。
『羅刹に怯えて、家の中に隠れてるのかしら?それともーーもしかして町の人たちはもう、全員……』
「……おまえはもう少し、算術を学んだ方がよかろうな。いくら何でも、この短い期間に町の人間を全て羅刹に変えることなどできまい。」
『風間ーー!』
「ずいぶんと暢気な行軍だったな。てっきり怖気付いて逃げ出したものと思っていたぞ。」
「ここまで来て、逃げるわけねえだろ!おまえこそ、まだこんな所にいたのかよ?いつもあれだけでかい口叩いてるから、とっくに羅刹を全滅させちまったんだと思ったのに。」
「……天霧に命じて騒動を起こさせた隙に城に侵入すると言ったはずだ。もしやと思うが……貴様の頭は、昨日した話すら覚えておらぬほど出来が悪いのか?」
「何だと、てめえーー!」
『平助!風間も、少し落ち着きなさいよ。今は、争ってる場合じゃないでしょ?同じ目的を持って動いてる、仲間みたいなもんなんだから……』
って言ってもこいつらはきっと……。
「仲間だと?笑わせるな。貴様らごときが戦力になると思うのか。特に、そちらの子犬ーー以前、江戸で辻斬りを働くまがい物共を斬るのを、ためらっていたではないか。そんな甘い考えの持ち主に、かつての同志を斬ることなどできるのか?」
「それは……」
風間の指摘に、平助はぐっと詰まる。
「確かにあの時は、覚悟が決まってなかったけど。それでも山南さんは新選組総長で、羅刹隊をまとめていた人だから。その始末を付けるのはきっと……、オレたちじゃなきゃいけねえんだ。」
風間は珍しいものを見るような目で、平助をしばしの間、見つめていた。
だが、やがて……。
「相変わらず、時代錯誤な連中だ。気合だけで勝利できる相手ではあるまい。」
「それは、オレだってわかってるけど……!」
「まあ、貴様が持ち合わせているのは、気合以外にないだろうからな。」
「何だと!?てめえこそ、達者なのは剣の腕だけじゃねえか!」
『平助、挑発に乗らないでよ……』
「ああ、そうだな!こんな人望なさそうな奴の言葉を本気にする必要なんて、どこにもねえもんな!」
「何だと、貴様……!」
二人を止めた方がいいのかなと思わなくもなかったけど……。
「本当のことじゃねえか。おまえみてえに性根が腐った奴が、他人に尊敬されるわけねえだろ。」
「戯れ言は大概にしておけ。一族の者で、この俺を敬わぬ者など一人とておらぬ。」
「本当か?あの天霧って奴に危険な役目を押し付けて、自分だけ楽してやがるじゃねえか。」
平助たちのやり取りはまるで、子供同士の喧嘩みたいで……。
こういう間柄を、どう呼べばいいんだろう?
悪友……?
とっさに頭に浮かんだその言葉が、あまりにもしっくりきてーー。
つい、笑みが漏れてしまう。
「あっーーおい、千華!何、笑ってるんだよ!」
『ご、ごめん。笑うつもりはなかったんだけど。二人共、すごく息が合ってるのがおかしくて……』
「合ってねえよ!」
「合ってなどおらぬ!」
『……っ……ふふ……、あははは……!』
ついに我慢できなくなり、私は声を上げて笑ってしまう。
「お、おい、何笑ってんだよ。ったく……、くくっ。」
私につられたのか、平助も笑顔になる。
「意味がわからぬ……。なぜ、貴様まで一緒に笑っているのだ。」
「い、いや、オレにもわかんねえって。ただ、何つうか……その……」
「…………」
「……くくっ……!くそ、駄目だ。こらえきれねえ……!」
「物を言う気が失せた。貴様はそのまま、笑い死ぬがいい。」
『あははっ……』
風間は、鬼の頭領だ。
今まで幾度となく新選組の前に立ちはだかり、時には隊士たちを斬り伏せてきた人。
そんな人と、今はこうして軽口を叩き合っている。
今まで敵だった人と共に、今まで仲間だった人を倒しに行くーー。
それは、とても奇妙な縁だった。
「とりあえず、仙台に着いたわけだし、まずは、城を目指すとするか。」
「貴様のことなどどうでもいいが、その娘は死なせるなよ。貴重な女鬼だからな。」
「うるせえよ!死なせるわけねえじゃねえか!ほら行くぞ、千華。こんな奴に構うのは時間がもったいねえ。」
『あ、うん……』
平助の後を追いながら、私は顔を引き締めた。
これから私たちは、山南さんを止めに行く。
かつて同志だった人と、戦いたくなんてないけれど……。
きっとそれは、甘い考えなのだろう。
もし、止める方法が他にないのだとしたら。
……私たちは、戦わなくてはならない。
決意を新たにしながら、私たちは山道を下りるのだった。
[*prev] [next#]
[main]