18
夜を徹して山道を走り続け、東の空が明るくなり始めた頃ーー。
「……だいぶ走ったよな。少し休んだ方がいいか。」
『えっ、でも……私、まだ走れるよ?』
「無理すんなよ。羅殺のオレと違って、おまえはそんな体力ないだろ。」
『そんなことはーー』
「天霧が騒ぎを起こすのは、二日後の夜って言ってただろ?少し休んだって、手遅れにはならねえさ。……きっとな。」
『……うん、わかった。それじゃ少しだけ。』
「眠かったら、寝ちまってもいいぜ。オレが見張りしてるから。」
『眠くはないから、平気。ありがとう、平助。』
そう告げて、私は近くの樹木に身体を預ける。
足の裏や膝が、軋んで悲鳴を上げていた。
風間と別れた後ーー。
視界が悪い真夜中に、足場が悪い森の中をひたすら走り続けてきたのだ。
『……ねえ、平助。』
「ん、何だ?」
『覚悟は決まった?山南さんと、戦う覚悟……』
その問いかけに、平助は表情を固くした。
あれ以来、彼が自暴自棄な態度を取ることはなかったけど……。
まだきっと、割り切れてはいないと思う。
平助は小さく息をついて、寂しげな微笑みを浮かべる。
「……平気なふりをしてても、おまえには見抜かれちまうんだな。」
その後、彼は薄く目を閉じて、夜風に耳を傾けている様子だった。
そして、小さく息を吐き出した後……。
「本当に山南さんを斬れるのかって言われたら……正直言って、わからねえ。だってオレ、あの人がまだちゃんと新選組の総長やってた頃のことを知ってるもんな。」
『…………』
「……でもさ、思うんだ。人の縁とか巡り合わせってやつが、本当にあるのかはわからねえけど……あの人を止めるのは、やっぱり、オレの役目なんじゃねえかって。」
『どういうこと……?』
「もしオレが伊東さんを新選組に誘ったりしなきゃ、山南さんは羅刹にならなかったかもしれねえだろ?」
『平助、それは……』
【平助のせいじゃないよ】と言おうとしたけどーー。
その言葉は、彼の悲しげな微笑みで遮られてしまう。
「……いいんだ。確かに、オレ一人のせいじゃなかったかもしれねえけど。大きい原因の一つになったのは、間違いねぇと思うし……良かれと思ってしたことが、どんどん悪い方向に行っちまうこともあるんだよな。」
『…………』
「覚悟は、まだ決まってねえけど……あの人ともう一度会う時までに、自分の頭できちんと考えて答えを出すつもりだ。……他人に出してもらった答えに、安易に飛びついたら、またろくな結末にならねえだろうしな。」
『平助……』
穏やかな言葉の端々から、平助が今まで抱え続けてきた苦悩が垣間見える。
だけど彼はそこから逃げるのではなく、きちんと向き合って自分なりの答えを出そうとしている。
慰めや励ましの言葉をかけるのは、簡単だけど……。
それだけでは、気持ちは伝えられない気がした。
私は静かに立ち上がり、平助の傍へと歩いていく。
「ん、どうした?」
そして、彼の隣へと腰を下ろし……。
そっと、その手を握る。
「…………え?」
平助が、戸惑っている様子で身を固くしている。
『……ごめんね、突然。何か言葉をかけてあげたいと思ったんだけど、私、何も浮かばなくて……』
「だからって、おまえ……」
『あ……、ごめん。もしかして、嫌だった?』
確かに、突然手を握られても戸惑うだけかもしれない。
急に気恥ずかしくなって、慌てて手を離そうとすると……。
「い、いや!別に、嫌じゃねえんだ!ただ、その……びっくりしただけで。」
平助は慌てて、離しかけた手を握ってくれる。
「……ありがとな、千華。」
剣術の稽古で引き締まった彼の手は、少しだけ緊張しているみたいだった。
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