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14


そして、新選組の皆が、江戸で過ごす最後の夜ーー異変は起きた。


「汐見先輩、まだ起きてらっしゃいますか?」

『相馬君?起きてるけど……、何かあったの?』

「来客です。何でも、先輩にお聞きしたいことがあるとかで。」

『私に……?』


一体誰だろう?

不思議に思いながら、私は建物の外へと出た。


「あっ……、千華さん。夜分遅く、申し訳ありません。」

『いや別に、里への文を書いてたから全然いいんですけど……君菊さん、どうかしたんですか?何か、私に用事があるって言ってたみたいですけど……』

「姫様が、あなたの招きに応じてこちらにいらしているはずですが……いつまで経ってもお戻りにならないので、何かあったのではと思いまして。」

『えっ……?何かの間違いじゃない?私、千姫を呼び出したりなんかしてないよ。』

「ーーそれは、本当ですか?今日の夕刻、姫様は松本先生を通じて、あなたからの文を受け取ったはずなのですが。」

『はあ……!?私、覚えがないんですけど。』

「ということは、何者かがあなたの名を騙って……?」

『何者か、って言われてもなあ……。千姫が江戸にいることや松本先生と知り合いだということを知っている人は限られてますよね?』

「……ええ。あなた方と松本先生以外には、お伝えしていないはずです。」

『ってことは、事情を知ってるのは私と千鶴と平助と、そして山南さん……ーー!』


……そうだ。
あの場に居合わせていた山南さんは、千姫と連絡を取る方法を知っている。

その時……。


「あれ、千華。それに確か、君菊さん……?」


私たちの話し声を聞きつけたのだろうか、平助が建物の中から姿を現した。


『平助、山南さんはどこにいるの?』

「山南さんなら、部屋で本を読んでるはずだけど……」

『君菊さんは、ここで待っててください!私、様子を見てきます。』


私はそう言い置いて、山南さんの部屋へと急いだがーー。
部屋の中に、人の気配はなかった。
どうやら私たちの目を盗んで、どこかに出かけてしまったらしい。


「千華、どうだった!?山南さん、いたか?」

『……部屋の中に、姿は見当たらなかったわ。』

「ってことは、まさかーー」

「すぐに、行方を追いましょう。嫌な予感がします。」


私たちは君菊さんと共に、山南さんの行方を捜すことにした。
私の名を騙って、千姫を呼び出すなんて……。
山南さんは、一体何を考えているのだろう?
嫌な予感が、溢れ出して止まらない。

……どうか、千姫の身に何事もありませんように。

その後、私たちは手分けして山南さんたちの行方を探していたのだがーー。


「くそっ、見つからねえな……!山南さん、どこに行っちまったんだ!?」

『……そろそろ、君菊さんと落ち合う時間よね。』

「そうだな。見つけてくれるといいんだけど。」


平助がそう呟いた時ーー。
不意に、つむじ風が巻き起こった。
そして……。


「お二人共、いかがでしたか?姫様の足取りはつかめましたか。」

『残念ながら……。君菊さんの方は?』

「……私の方も、手掛かりを見つけ出すことはできませんでした。」

『……ねえ平助、山南さんが行きそうな場所に心当たりはない?』

「そう言われてもなあ……あの人のことだから、オレが予想できるような場所に行くってことはねえんじゃねえかな。」

『それもそうか……』


胸の内の焦りが、どんどん大きくなる。
山南さんが千姫を呼び出した目的はーー。
やはり、羅刹についてもっと詳しい話を聞く為だろうか?
でも、それなら別に私たちに黙って千姫を呼び出す必要はないはずだ。

やがて、君菊さんが顔を上げた。


「……お二人共、ひとまず屯所に戻られてはいかがでしょう?」

「そうだな。もしかしたら山南さんが戻ってきてるかもしれねえし。」

『君菊さんはどうするんですか?』

「私はもう少し、姫様の行方を探してみます。姫様はあなたや風間千景と同じ純血の鬼ですから、人間やまがい物に遅れを取ることはないでしょうが……万が一、ということもありますから。もし何かあれば、すぐにお伝えします。それでは。」

『……ええ、君菊さんも気を付けて。』


君菊さんは、艶然と微笑んで頷いた後……。
そのまま闇の中へと、姿を消してしまった。


「千姫、早く見つかるといいな。」

『……うん。』


平助に頷き返した後、私たちは屯所へ向かって歩き出す。
そして、屯所に戻ってきた時ーー。


「おい千華、見ろ!あそこに立ってるのは……!」


平助が指し示した先には、山南さんと千姫の姿があった。
二人は何か言い争いをしている様子だが、ここからでは話の内容が聞き取れない。


「何を話してるんだ?……もう少し、近づいてみるか。」

『……ええ。』


二人に気付かれないように足音を殺し、距離を詰めた時ーー。
不意に千姫の視線が、こちらへと向けられた。
その時ーー。
山南さんが不意を突いて、千姫を抱き寄せる。
そしてーー。
山南さんが千姫の唇を、強引に奪った。


『なっーー!』


予想だにしなかった行動に、私は立ちすくんだまま動けなくなる。
千姫は山南さんの身体を押しのけようと、もがいている様子だったがーー。
腕を押さえられている為、叶わないようだ。
やがて山南さんは、千姫から身体を離す。


「くっ……う……!げほっ!」


千姫の唇からは、赤い雫がこぼれている。

あれはまさか、血……?
いや、もしかしてーー。

やがて山南さんが、ゆらりとこちらを振り返る。


「……おや、藤堂君に汐見君。どこかにお出かけでしたか?それとも、わざわざ見届けにきてくれたのでしょうかね?ーー彼女が羅刹となる様を。」

「羅刹だって……!?山南さん、あんたまさか変若水をーー」

「……正確には、違いますね。私はもう、変若水などを必要とはしていません。この私の身体を流れる血そのものが、変若水と化しているのですから。私の血を与えれば人は羅刹となり、私が下したどんな命令にでも従うようになる。」

「何だって……!?」

「私はもはや、ただの羅刹ではありません。人の世の矩に囚われることなく血を求め続けた結果ーー羅刹を超える羅刹となったのです!」


山南さんの言葉がどこまで本当かわからないけどーー。
彼の瞳には、他の羅刹とは桁違いの愉悦と狂気が宿っていた。


「う、くっ……あ……」

『千姫、しっかりして!』


急いで千姫に駆け寄り、介抱しようとするとーー。


「彼女に気安く触れることは、許しませんよ。北の地に築く、我ら羅刹の国の盟主となってもらう身ですからね。」

『羅刹の国……!?』

「そうです。比類なき力を持った純血の鬼でさえも、この私の前に膝を屈した。彼女の存在は、千の言葉を尽くすより雄弁に我々の力を物語ってくれるでしょう。」


自分たち羅刹の力を、知らしめる為……?


『山南さん、そんなことの為に千姫を……!?』

「【そんなこと】とはご挨拶ですね。人より、鬼より優れた我々が、この国を統べる者となる。これ以上に崇高な目的があるとでも?」

「山南さんあんた、おかしくなっちまったんじゃねえのか?」

「私は、至って正気ですよ。……まあ、理解してもらおうとは思いませんがね。」


平助は、腰の刀を抜き放った。
そしてーー。


「そんなこと、させるわけにはいかねえ!力ずくでも、あんたを止めてみせるぜ!」

「……止める、ですって?藤堂君、君がそこまで愚かだとは思いませんでしたよ。君ごとき、左手だけでも叩き伏せることができますがーーせっかくですから、あなたの力を試させてもらいましょうか。姫君、出番ですよ。ーーそこの二人を殺しなさい。」


山南さんは妖しく光る瞳で、千姫に目配せする。


「誰……が……、あんたなんかの、命令を……!」


千姫は歯を食いしばりながら、山南さんの命令に抗う。
その髪は汗で湿っていて、額や頬には汗の粒がいくつも浮いていた。
山南さんの命令に抗うのは、相当の苦痛を覚えるものらしい。


「ほう……まだ正気を保っているとは、なかなか気丈な方ですね。さすが純血の鬼だけある。これは、躾け甲斐があるというものです。ーーあっさり従ってくれた彼らとは違って、ね。」


山南さんが思わせぶりに後ろを振り返った矢先ーー。


『ちっ……!』


無数の赤い瞳が、私たちを取り囲んでいることに気付く。
屯所の屋根の上、塀の陰、屋敷の中ーー。
どこにこれだけの数が潜んでいたのかと思うほどの羅刹が、私たちを取り巻いている。
私はすぐさま愛刀を抜いて、構えた。


「何なんだよ、こいつら……!羅刹隊にいた奴らは、風間たちの襲撃を受けた時や、鳥羽伏見の戦ーーそれからこの間の騒ぎで、ほとんど死んじまったはずだよな?」

『山南さん、あんたまさか、江戸の人たちを……!』

「……力を与え、人を超える生き物に生まれ変わらせてあげたのですよ。」


眼鏡の向こうに光る瞳には、罪悪感など欠片もなかった。
山南さんは、多くの人たちを羅刹に変えることに、何ら罪の意識を感じていないーー。


「……オレ、ずっと思ってた。山南さん、あんたはすげえ人だって。甘っちょろいオレとは違って、何を残して何を斬り捨てるべきか、情を交えず正しい判断を下せるーー新選組を大きくしていく為には、絶対に必要な人だって……だけどーー!こんなやり方だけは、何があっても絶対に認められねえ!」


胸の内の憤りをぶつけるように、平助は声を荒げる。


「オレたちは上洛してから五年間、ずっと京の人たちを守ってきたんだろ!?あんたは、新選組幹部だった頃の志まで捨てるつもりなのかよ!」


平助は絶叫するが、山南さんは眉一つ動かさない。


「……忘れてしまいましたよ。人であった頃のことなど。何の役にも立たない情などを、君はこれから先もずっと抱え続けるつもりですか?」


そう言った後、千姫の方を振り返りながら……。


「……鬼の姫君に羅刹の白無垢をまとってもらうのは、しばしの時間が必要なようです。お色直しに、少々時間を頂くとしましょうか。」

「待て、山南さんーー!」

『千姫ーー!』


山南さんに追いすがろうとする私たちの前に、羅刹たちが立ちはだかる。


「くそっ、おまえら、邪魔するんじゃねえ!」

『退いてよ!』


私たちは、刀を手に応戦するけどーー。
羅刹たちの数はおびただしく、後から後から私たちに迫る。


『ああもう邪魔!』


目の前の奴らを素早く斬り捨てて先へ行こうとするけどーー。
羅刹は次から次へと湧いてきて、斬っても斬ってもきりがない。
私たちの戦いを横目で見やった後、山南さんは千姫の方を振り返った。
そして、千姫と目を合わせると、彼女はそのまま意識を失ってしまう。
山南さんは、その身体を抱え上げーー。


「それでは藤堂君、生きていればまたお会いしましょう。君のその甘さを捨てない限り、何百回戦おうとこの私に勝利することはできないと思いますがね……」


二人の姿は羅刹の壁に阻まれ、見えなくなってしまった。


「おまえら、どけよ、このっーー!あの二人を追いかけねえと……!」

『これじゃ、先に進めない……!』


私たちが刀を振るうたび赤い煙が上がり、その全身が返り血にまみれてしまう。


『血を浴びないようにして!血に狂ってしまえば、平助はーー』

「無茶言うんじゃねえよ!これだけの数がいるのにーーくそっ、くそ、くそっ……!オレは……オレは、どうしてーー」


平助は、声を限りに絶叫しながらーー。
その手に握った刀で、羅刹を斬って、斬って、斬り続けた。
ーーそれから、どれだけの時間が経っただろうか。
私たちの周りには、おびただしい数の羅刹たちの骸が転がっていた。
辺りには濃い血の匂いが漂っていて、その中心には平助が立ち尽くしている。


「…………取り逃がしちまった。」


平助の全身も私の全身も、頭から血の池に浸かったかのようだった。


「ごめんな、千華。おまえの友達、助けてやれなくて……」


私は、首を横に振る。


『そんなこと……』


言葉が、出てこなかった。
ここにいたたくさんの羅刹も、元々は人間だったのだ。
しかも彼らは不逞浪士でも隊規違反を犯した隊士でもなくーー。
つつましく日々の暮らしを営んでいた、何の罪もない町人たち。
そんな彼らを、一刀の元に斬り殺すことになったのだ。
……心優しい平助が、胸を痛めていないはずがない。


「オレも、きっと……そう遠くないうちに、こうなるんだろうな。」

『……平助。』

「罪もねえ人間を、こんなに殺して……、自分だけ死にたくねえなんて、虫が良すぎるもんな。」


その言葉はまるで、自らの身を切りさいなむ刃のようだった。
いえ、彼はきっと今、己の言葉で自分の心を斬りつけ、責め立てているに違いない。
そして彼の心は、血の涙を流しているに違いない……。


「寿命を使い果たして死んだ後は、やっぱり地獄行き間違いなしかなーー」

『ーーお願いだから、喋らないで!』


私は平助の袖口をつかみ、彼の言葉を遮った。
涙が溢れ出して、止まらない。

どうして、優しい平助が……こんな思いをさせられなくてはならないの?


『……たとえ誰が何と言っても、平助に罪なんてないから。そのことは、私が一番よくわかってるから…………だから、お願い。それ以上、自分を責めたりしないで……』

「千華…………」


平助は一度だけ、私の名前を呼んでくれたけど……。
その後、【ごめんな】とも【ありがとう】とも言ってくれなかった。


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