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- ナノ -
13


新選組は江戸を離れ、流山を経て会津へと向かうーー。
そう告げられたのは、新八さんたちが離隊して少し経ってからのことだった。
何分、急な話だったので、隊士たちも会津行きの支度に大わらわの様子だった。
そして、私は……。


「あれ?千華。どこかに出かけるのか?」

『うん。流山に移る前に、医術の道具と薬を仕入れてこようと思って。本当は千鶴も一緒に行くはずだったんだけど、土方さんに呼ばれちゃってさ。』

「そっか。そんじゃあオレも、一緒に行ってやるよ。」

『えっ?でも……、いいの?』

「いいっていいって。ここにいても、雑用言いつけられるだけだしな。それに……」


平助は含みのある視線を、山南さんの部屋の方へと向ける。


「……今は土方さんもいるし、山南さんも勝手な真似はできねえだろ。」

『そう……それじゃ、お願いしようかな。』

「おう、ちょっと待っててくれ。すぐに支度してくるから。」


そして買い物へと出て、無事に買い物を済ませた私たちは、のんびりとした足取りで屯所への道を歩いていた。
通りの向こうからは、大勢の人が【ええじゃないか、ええじゃないか】とはやしたてる声が聞こえてくる。


「……しかしまさか、こんなに急いで江戸を出ることになるなんて、思わなかったよな。」

『そうね……』

「オレたち、これからどうなるんだろうな。土方さんは会津に行くって言ってたけど。会津での戦には、勝てるのかな……」

『…………』


以前なら、土方さんがいるから大丈夫だと何の疑いもなく思っていただろうけど……。
新選組は、鳥羽伏見、そして甲府で続けざまに敗北を喫している。
会津に行って、勝利する見込みはあるのだろうか?
それ以上に……、平助は会津に移って戦い続けることを望んでいるんだろうか?

そしてとある路地裏を通りかかった時。


「ーーまずい!千華、隠れるぞ!」

『えっ?』


私は平助に腕を引かれ、彼と共に物陰へと身を隠す。
通りの向こうから、足音が聞こえてきた。
……どうやら、若い男女のようだ。
夫婦だろうか?


「ったく、お師匠さんも、無茶言ってくれるよな。ええじゃないか踊りしてる連中の絵姿を百枚素描して持ってこいなんてさ。」

「でも、勉強になるでしょう?」

「そりゃあな。だけど踊ってる奴らに絡まれると、色々面倒なんだよ。あいつら、金持ちの家に上がり込んで家の中をめちゃくちゃにしたりするって聞くしな。」

「うちは、別に心配ないじゃない。盗まれる物なんて一つもないし。」

「もし商売道具を持っていかれたらどうすんだよ!紙だって絵の具だって、ただじゃないんだぞ!」


私と平助は思わず遠ざかっていく二人の背中に見入ってしまった。

あれは……龍之介と小鈴ちゃん?

固まってしまった私の隣で大きく見開いた目を震わせて、彼はぽつりと呟く。


「龍之介の奴……元気だったんだ。しかも、一緒にいた子……」

『小鈴ちゃんだっけ……?なんか二人とも元気そうだったね。顔……見れただけでも充分かな……』

「そうだな。せっかく幸せそうにしてんのに、今更オレたちのことを思い出させるなんて野暮だしな。」


そう告げた時の平助の表情は、新八さんたちが離隊してしまった時とは違っていた。
うまく言えないけど、胸の内の葛藤をさらけ出してでもいるような……。
やりきれなさや無念さがにじんだような表情だ。
平助はぎこちなく息を吸い込んで目を閉じ、やがてーー静かに息を吐き出す。


「あいつさ、まだ新選組にいた頃は、芹沢さんに毎日殴られてて、ここを出たらどうやって生きていけばいいのかわからない、なんて言ってて。自分の生き方を見つけられずにあがいてたところが、試衛館に流れ着く前のオレみたいで……何か、放っておけなかったんだけど……あいつ、ちゃんと自分の道を見つけられたんだな。すっげえ幸せそうだった。」

『…………』


【幸せそうだった】という言葉とは、裏腹に……。
平助の表情はまるで、置き去りにされた子供みたいに寂しげだ。
平助は私に背を向けたまま、呟き続ける。


「きっとあいつら、これから先もさ、二人で苦労していくんだろうな。いや、好きな相手と一緒にいられるんだから、どんなに苦労してもどうってことねえか。あと数年も経てば、かわいい子供が生まれたりすんのかな。子供もそのうち、どんどん大きくなって……爺さん婆さんになる頃には、たくさんの孫に囲まれてさ……オレはそんな幸せなんて、多分、絶対手に入れられねえけど。」

『平助……』


かつての友人が、幸せそうに暮らしているのを目の当たりにしてーー。
自分は羅刹となってしまい、声をかけることすらできなくて。
人間の彼らが当たり前に享受している幸せを、これから先も望めない。
その悲しさと痛みは、どれほどだろう。

そんな平助の姿をただじっと見ていることができなくて、彼にそっと寄り添う。


『……私がいるよ。他に誰もいなくなっても、私は平助の傍にいるから。』


触れている小さな背が、小刻みに震えている。


「…………馬鹿だな、おまえ。オレ、いつ寿命を使い果たしちまうかわからねんだぞ?そんなオレと一緒にいたって、いいことなんて何もねえだろ……」


自嘲するような言葉が、背中越しにぶつけられるけど……。


『私は……、いいことがあるから、平助と一緒にいるわけじゃないもの。』


もしかしたら、ずっと一緒にはいられないかもしれないけど。
別れの時は、私たちが思っているよりずっと早く訪れるのかもしれないけど。
それでも私は、平助の傍にいたい。

その気持ちが伝わったかどうかは、わからないけど……。


「……本当、物好きだよな。おまえって。」

『よく言われる。』


涙に濡れていた声は、少しだけ、元気を取り戻してくれていたように思えた。


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