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08


数日後。
新選組の名で新政府軍を刺激せぬよう、甲陽鎮部隊を名乗り、甲府城周辺を治めよーー。
幕府からの命令を携え、近藤さんが久し振りに屯所へと戻ってきた。
人目があるため待機を命じられた羅刹隊以外、ほとんどの隊士を連れての遠征だ。
大手柄を立てるいい機会だと、隊士たちは張り切っていた。
でも近頃は、戦いのたびに大切な人がいなくなるみたいで……。
鳥羽伏見以来の大きな戦いの予感に、私は不安を隠せなかった。

そんな、ある夜のこと。
私は土方さんに呼び出されて、広間へと向かっていた。


『なんか、窮屈だなあ、この服……』


白いワイシャツを腕まくりし、そして下は黒色のスカートと言われるものをはいている。
腰までで袖なしの黒と桜色の陣羽織を着て、薄桃色の桜が描かれている透けた腰巻きの着物。
刀を差すための白い腰紐を結んで髪の毛を右耳の位置で一つに結う。
そして最後にニーハイと言われた中世のヨーロッパなどで貴族が履いていた靴下と膝までのロングブーツ。
それが今の私の格好だった。
これから戦いに備えて私たちには洋装が配られたのだ。

それにしてもこのスカートといかいうもの、すごいスース―するんだが。
しかもこれ、女って完璧にバレない?
いや、別にいいんだけども。

広間に着くとふすまの向こうから、話し声が聞こえてくる。


「……やっぱりこの格好、変じゃねえ?すげえぴったりして、窮屈だし。」


この声は……、平助?
窮屈って、まさか……。


『土方さん、千華です。入ってもいい?』

「おう、入れ。」


招きに応じて、私はふすまを開けた。
そこにはーー。


「お、千華!見てくれよ、これ!やっぱりこの格好、おかしいよな?」

『…………』


目の前にいる人が誰なのかわからず、私は一瞬、呆然となる。


「……おーい、千華。聞いてんのか?」

『あ……』


目の前の人の声には、確かに聞き覚えがあるけれど……。
でもこの人は本当に、私が知っている平助なのだろうか?


「何だよ、呆れられちまってるじゃねえか。やっぱりこれ、変だって!土方さん。」

「ゴチャゴチャうるせえな。そんなもん、一日もありゃ見慣れるだろうが。千華だって、ちゃんと着てんだろ。」


土方さんに言われて平助の視線が私へと移る。
見慣れない私の姿に平助は目を見開くけど、すぐに頬を染めて視線をそらした。

え、何。
そんなに私の格好変かな!?
確かにスカートは履き慣れないけども!


「そもそも、何でいきなり洋装にしろって言い出したんだよ?京にいた頃は散々、攘夷攘夷って言ってた土方さんがさ。」

「銃を扱うにゃ、こっちの方が便利だからな。」

「げっ!それじゃオレ、和装のままでも良かったんじゃねえ?髷まで切られて、すっげえ格好悪くなっちまったみてえだしさ。」


平助はそう言って、恨みがましい目をこちらへと向けてくる。


『えっ?あ……違うってば。私、そんな、格好悪いなんて……』

「本当かよ?驚いた顔のまま、固まってたじゃねえか。」

『それは、あの……』


あの長い髪をばっさりと切ってしまった平助は、まるで別人みたいで……。
その、少しだけ、見惚れーー。


『ーーてただけだから。』

「ん?何か言ったか?」


目が合ってしまうと、我知らず顔が熱くなってしまって。


『う、ううん、何でもないの。その……よく似合ってるよ。』


視線を合わせられないまま、その一言を口にするのがやっとだった。


「そっか?ま、おまえがそう言うならしばらくこの格好でいてもいいか。」

「筒袖の品定めは、後にしろ。おまえらを呼びつけた理由は、別にあるんだからよ。」

「ああ、そういやそんなこと言ってたっけ。で、何なんだ?用件って。」

「……甲府での戦いについてだがな、もしかすると、負け戦になるかもしれねえ。」

『負け戦、って……何、そんなに厳しいの?』

「……城を先に取ることができりゃ、負けはねえはずだが。戦に【絶対】なんてことはねえからな。」


先日の鳥羽伏見の戦のことを思い出し、私は身震いする。
あの時、幕軍は薩長側の三倍の兵力を有していたというのに、あえなく敗北してしまった。
同じことが起きる公算は低くない、と土方さんは読んでいるに違いない。


『負けてしまうかもしれないなら、今回は戦わない方がいいとは思うけど……勝たない限り、上り目はないもんね。』

「ああ。このままじゃ、ろくに戦わねえうちに幕府側が負けちまうとも限らねえ。」

「……なるほど。ま、そうだよな。」

「負けるとしても、できるだけこっちの被害は軽くするつもりだ。おまえらは、その後の再起の支度をしておいてくれ。松本先生と協力して、ありったけの銃と銃弾を集めておくんだ。できるな?」

「ああ、わかった。つうか、土方さんって本当、転んでもタダじゃ起きねえ人だよな。」


確かに、平助の言う通りーー。
土方さんは鳥羽伏見の敗戦から、多くのことを学び取ったみたいだ。
戦況を楽観も悲観もせず、勝った時と負けた時の両方に備えて手を打っている。
けれど、一つ気にかかることがあった。
それは……。


『あのさ……、土方さん。今回は私、参加しなくていいの?』

「おまえはここにいろ。さっきも言ったが、今回の戦には勝てねえかもしれねえ。……まあ、ここも安全とは言い切れねえがな。」

「何だよ、それ?オレたちじゃ、こいつを守りきれねえってことか?ひでえこと言ってくれるよな。」

「別に、おまえの力を疑ってるわけじゃねえさ。……近頃、江戸市中に辻斬りが出るってうわさがあるんだ。」

『辻斬り……?』

「それ、オレも聞いたことあるぜ。夜出歩いてる奴が老若男女問わず殺される事件が、立て続けに起こってるってんだろ?」


そういえば……千鶴からそんな話を聞いたような……。


「ああ。俺も現場を見てきたが……ひでえもんだったぜ。仏さんは、元の形もわからねえほど滅多斬りにされちまってるときた。……京にいた頃、似たような話を聞いたことはねえか?」

『……!』

「ひょっとして、山南さんの……?」

「証拠はねえがな。」


まだ、京にいた頃ーー。
羅刹隊を率いていた山南さんは、夜の見回りと称して不逞浪士を斬って回っていた。
しかも、ただ命を奪うのではなく、死体を細切れにしてしまうという凄惨な殺し方で。


『だけど、今、江戸で殺されてるのって不逞浪士じゃない、普通の町人でしょ?いくら何でも、山南さんがそんなことするはずがーー』

「証拠はねえって言っただろうが。だが、万一の備えはしておくべきだろ。……今話したことは、山南さんには絶対に言うんじゃねえぞ。」

『それは、もちろん……』

「平助、おまえは留守中、山南さんから絶対に目を離さねえようにしろ。ついでに、千華のお守りもしとけ。……いいな。」

「……ああ、わかった。」


お守りって……。

明日からこの屯所には、私と平助、そして羅刹隊の人たちだけが残される。
何事も、起きなければいいけど……。

言い知れぬ不安が、風のように私の心をよぎっていった。


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