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01


慶応三年十二月中旬ーー。
王政復古の大号令が下され、将軍や幕府が地位を失い始めたことで、京の都は大きく揺れ動いていた。
薩摩と長州が手を結び、幕府と敵対するかのように、続々と軍が京に集結していた。
追われるように下坂した徳川慶喜公を初め、今まで京に座していた幕府側の人たちは、都から次々と姿を消していく。
……もちろん、新選組の私たちも例外ではない。
大坂城におわす慶喜公の盾として、京に集まった薩長軍を警戒せよーー。
そんな理由から新選組は、大坂と京を繋ぐ伏見街道の要所、伏見奉行所の警護を命じられていた。

……伏見の奉行所から見上げる月は、市中とはまた違って見える気がした。

私たちはこれから、どうなってしまうんだろう。

答えが出ないことを知っていても、言わずにはいられなかった。
薩長側の勢いは増すばかりで、いつ戦いになってもおかしくない程に緊張が高まってきている。
そう、まるで、耳を澄ませば、戦の足音が聞こえてくるみたいに……。


『……!?』


まさか、本当に戦の足音が?

驚いて、音が聞こえてくる方を振り返ると、そこにはーー。


「よっ、おはよ……って。なに、鳩が豆鉄砲を食らったみたいな顔してんだよ?」


平助。
今の登場の仕方は、ちょっと心臓に悪すぎ……。


『ううん、何でもないの。それより平助、おはようってーー、今起きたところ?』

「ああ、ついさっき。……ま、確かにおはよって時間でもないか。……不思議だよな。日の出前に眠くなって、日が暮れると目が覚めるなんてさ。」


彼が羅刹となって、そろそろ二ヶ月になるけど……。
平助の表情は、今までと何も変わらないように見える。
でも……、やっぱり羅刹になった他の人と同じように、日中眠っていることが多くなったと思う。
顔を合わせられる時間が減ってしまったのは、私としては、少し寂しい……。


『平助、身体のほうは大丈夫なの?今までと比べて、何ともない?』

「大丈夫すぎて、拍子抜けしてるぐらいだって。オレの身体だけじゃなく、周りも変わんねえよ。土方さんは相変わらず厳しいし……新八っつぁんや左之さんなんて、【馬鹿は死んでも治んねえって本当だな】とか、オレを見て笑うしな!」


きっと、新八さんや左之さんは……。
平助は何も変わっていないって、言いたかったんだと思う。


『平助が死にそうだった時は、左之さんたちもすごく心配してたんだから。』


……もちろん、私も。


『それに、平助が死んじゃったと思ってる人たちは、今も悲しんでるわよ……』

「八番組の連中とかか……あいつらには教えてやりてえよな。実は生きてるってさ。」


表向き死亡扱いとなった平助の葬儀の時は、多くの人が、平助の【死】を悼んでくれた。

もし私が死んだら、どうなるんだろう。
皆も同じように悲しんでくれるかな……。
里の皆は大泣きとか……?

そんなことを考えているとーー。


「千華?どうしたんだよ。暗い顔しちまって。」

『えっ?あ……きっと、平助の家族も心配してるだろうと思ってね。』

「オレの家族……?」


平助はなぜか気まずそうに、遠くへと視線を投げてしまう。

どうしたんだろう?
何か、気に障ることを言ってしまったのだろうか。


「……なあ。」

『どうしたの?』

「千鶴が、最初に京に来た時、家族をーー、綱道さんを捜してるって言ってただろ?」

『そうだけど……、どうしたのよ?突然。』

「あの時さ、実はオレ……、ちょっとだけあいつのことがうやましかったんだ……オレ、親を探せねえ立場だから。」

『【見つからない】じゃなくて、【探せない】……?』


どういうことだろう……。


「ああ。……おまえになら、話してもいいかな。伊勢に津藩って藩があるの、知ってるか?」

『聞いたことがあるような、ないような……』

「ま、江戸からはずいぶん離れてるしな。……その津藩はさ、【藤堂藩】とも呼ばれてるんだ。」

『……平助の苗字と同じ藩……?』

「そ。オレは父親の顔も知らねえんだけど、その藩とは関わりがあるみてえでさ。……たぶんオレ、藤堂藩のお偉いさんの隠し子だったんじゃねえかな。」


平助は【お偉いさん】と言っているけど。
藩の通称として使われているということは、もしかしたら藩主様の……?


「でさ、その父親らしい人が毎月、暮らしに困らねえだけの金を送ってくれてたんだよ。絶対に自分を探さないことーー、って条件付きでさ。」

『親御さんを探さないこと、って……』


もし私が彼の立場に置かれていたら、どんな気持ちになるだろう。
お金だけは送ってもらえるけど、お父さんがどんな人なのかわからなくて。
言葉を交わすことも、親である人を探すことすら許されないなんて。
だけど平助は、怒るわけでもなく悲しむだけでもなく、ただ自嘲するように笑った。
その顔に映る表情はきっと……諦め。


「オレ多分、間違いで産まれた子ってことだよな。だからさ、オレが死んでも悲しむ親なんていねえんだ……向こうにとっちゃむしろ、死んでてくれた方が都合いいんじゃねえかな。」

『平助……私はそんなことないと思うけどな。』


平助の親御さんがどんな人なのか、私にはわからない。
いい人なのか、悪い人なのか、平助が言った通りの人なのかも。
でも……知らないからこそ、思う。
平助の親御さんなんだから、きっといい人なんだろう、って。


『色々な事情で、平助を傍には置けなかったのかもしれないけど……でもきっと、ご両親は平助のことを大切に思ってたんじゃないかな。』

「おまえなあ……、今の話を聞いただけで、どうしてそう言いきれるんだよ。慰めなら、別にいらねえって。もう、慣れてるし。」

『お父さんとは会えなかったかもしれないけど、お母さんはどうだったの?』

「母上とは…………江戸の家を飛び出したきり、会ってねえよ。オレの父親がどんな人だったのかさえ教えてくれなかったし。オレも……、その頃はガキだったから、母上に当たり散らしたりしちまったしさ。」

『里にいた頃、里の者の出産を見させてもらったことがあるんだけど……出産って、命懸けなのよ。赤ちゃんは無事に生まれても、その後、亡くなるお母さんだって少なくないんだから。お母さんはそれだけの覚悟をして、たった一人で平助を生んでくれたのよね?』

「…………」

『それに、お父さんだって……仕送りをしてくれてたってことは、平助に幸せになってほしいと思ってたってことでしょう?どうでもいいと思ってたら、最初から、お金なんて送らないと思うわよ……』


本当は傍にいてあげたいけど、できなくて……。
お金なんかじゃ代わりにならないとわかっていても、そうするしかなかった。
……きっと、そうなんじゃないかと思う。

平助はしばらく黙っていたけど、やがて……。


「くくっ……。おまえ、幸せな奴ってよく言われねえ?」

『そんなことない!……と思うけど。どうして笑うのよ?私、何か変なこと言った?』

「悪い、悪い。」

『もう……!』

「でも、そっか。それなら……オレが死んだって知らせを聞いて、向こうでも悲しんでくれる奴がいたのかな。」

『その人たちに、いつか……【平助は生きてます】って言えるようになったらいいね。』

「……そうだな。」


私の言葉が、多少なりとも心に届いてくれたんだろうか。
平助の表情は先程よりも、明るくなっていた気がした。


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